10 魔法使い(1)※挿絵あり
濁った緑色の液体。
独特の異臭を放つそれは、ディランが一日三回飲まなければならない薬である。
「うぅ……っ」
飲み下した液体の味は形容しがたいものだった。アヒルなので一気飲みできないところがさらに苦しい。ポーシャが口直しにスプーンで水を飲ませてくれるのがせめてもの救いだった。
治療1日目にはじまった試みだ。
最初にどんな薬草が入っているのか説明されたのだが素人にはわかりづらく、成分に関して学ぶのは断念した。
――コレで大丈夫なんだろうか?
ポーシャが打ち出した対策は、なんと「体質改善」作戦だった。
一度はなにかの作用で魔法を受けつけたのだから、ディランの場合は体質を変えられるのでは、という考えらしい。ポーシャが保証はないと言ったのはそのためだ。
肉体的に厳しい実験を強いられるかと思っていたディランの予想は大きく裏切られた。
浄化作用のある薬草を煎じて飲み、十分な休息をとる。そして適度な運動……斬新な治療法と考えていたのだが、蓋を開けてみれば単純すぎたのである。
――そこらへんで風邪をこじらせたときと変わらないじゃないか!
とはいえ、彼女を信じてなんでもやると言った以上、彼女の治療方針に異を唱えることはできない。
アヒルの体とはいえ、体を動かす習慣を忘れないためにも魔法使いの屋敷周辺を散策することにしている。
庭先で走りまわることもあれば、ポーシャの薪わりにつきあうことも増えた。
がんっ、ガタガタ……
――また失敗か。
一見アヒルが大きな梼に座って日向ぼっこしているだけだが、ディランはポーシャの仕事ぶりを観察している。
問題は、彼女の薪わり作業を眺めているうちにじれったく感じるようになったことだ。
「もっと腕の力を抜いたほうがいい」
「え?」
口をはさむのを遠慮していたディランだったが、効率の上がらないやり方に思わず声が出ていた。
「斧に振りまわされてる。振り上げたらあとは腕の力を抜くんだ」
適度な高さまで斧を振り上げるのは、華奢な彼女にはたしかに難しい。
「斧の刃を薪に当てようと意識しすぎて腕に力が入ってる。無意識に薪を割る瞬間腕が衝撃を吸収してるんだ。それじゃ腕のほうが疲れちまうぞ」
ポーシャは呆気にとられている。
「振り上げたら、素直に斧を下ろせばいい。あとは重力が仕事をしてくれる」
「……」
魔法使いは言われたとおり、斧を掴んだ手の握力をやや緩めた。振りかぶり、あとは力を抜きながら斧を振り下ろす。
タン!
気持ちいい音が響き、薪は真っ二つに割れた。
「できた……!」
驚きと喜びにポーシャはディランに視線を注いだ。
「アヒルでも薪わり指南はできる。これでも一人前の剣士だからな!」
ディランは得意げに胸を逸らせた。
なるほどね、と言いながらポーシャは何度か同じ作業を繰り返してコツを掴んだようだ。
――覚えがいいな。
感心しながらも、彼女の作業が危なっかしく見えるのはディランが男だからだろう。
「なんで魔法を使わないんだ? 薪わりくらいなんとでもなるだろう?」
当然といえば当然の質問に、魔法使いは作業をつづけながら答える。
「ディランは剣士だからって生活全般に剣を振りまわしたりする?」
「……いや」
剣は常に腰に提げていたが、いざというときにしか鞘から抜くことはない。むやみに使えば無駄な犠牲を生む。
「魔法が使えるからといって力に依存してはいけないの。とくに道具が必要ない私たちにはね」
魔法使いには、鼻もちならない輩が多いと思っていたが、それは自分の目が届く範囲だけだと気づいた。
「剣」と「魔法」という力の使い方がちがうだけだ。
魔法使いにも自分と同じ信念を持つ者がいることを、その日ディランは知ったのだ。




