08 ことの経緯(2)
ロバート曰く貴族のボンボンと魔法使いらしい男をまえに店中の人間が凍りついた。
それと気づかなかったのは、魔法使いの目印ともなる杖が壁に立てかけてあったせいだ。
――魔法使いか……厄介だな。
ディランは不利な状況に内心舌打ちした。
魔法は飛び道具以上に始末が悪い。どんなに相手との距離を詰めたところで、攻撃を受ければ確実に痛手を負う。
――どうするか。放っておくわけにもいかないしな。
職業上、治安を維持するためにもこういった揉めごとは早期に解決しなければならない。
すでに逃げ出す客もではじめた。足早に支払いを済ませる者から、小走りで逃げていく者と色々だ。
「ディラン、俺がヤツらの気を引くから背後にまわって抑えこめるか?」
「バカ! どんな攻撃を受けるかわからないんだぞ。勝算もなく突っ走るヤツがあるか!」
ディランの言葉は、ロバートの耳には届いていなかった。貴族らしい男に捕まっているアビーの姿に釘づけになっている。
――まずいぞ。
悪友は虐げられている女性に同情的なのだ。男にひどい目に遭わされている姿を見ると頭に血がのぼる傾向にあった。
「待て、被害を拡大させるんじゃない。冷静になれ!」
「俺は冷静だよ……これ以上被害を拡大させたくないだけだ!」
止める間もなくロバートが店の中央に躍り出た。
――無茶しやがって!
ロバートが敵の視界に入るまえに、ディランはカウンターを飛び越えて身を隠す。同じように屈みこんで災難をやり過ごそうとする店主と目があった。
こうなればロバートの言うとおりに攻撃を仕掛けるしかない。だが、それが通じる相手だろうか?
下手をすれば共倒れだろう。
「おい、ボンボン! おまえ、隣町の貴族の家の出なんだって?」
「む……それがどうした!」
ロバートが「家」という単語を発したとたん、男の顔色が変わった。
相手の注意を逸らすことはできているが、一方の魔法使いはそうはいかない。こちらが接近しているとわかれば仕掛けてくるに決まっている。
――剣で対抗できるか?
雷など落とされては堪ったものではない。
魔法を使えない相手に対して傲慢な態度で臨む一部の魔法使いがいるが、これは一番性質が悪い。
客はあらかた逃げてしまったが、一般人を相手に魔法を使う等あってはならないことだ。
対抗できる魔法使いも、魔法に対応できる魔道具もない。
「親父さんは息子がこんなところで酒や女にうつつを抜かしているのを知ってるのか?」
「黙れ! おまえには関係のないことだ!」
相手の動揺を誘っているあいだに、ディランは物陰を渡りながらすばやく移動する。
――魔法が直撃しなければ大丈夫か?
以前、突風を繰り出されて吹き飛ばされたという剣士の失敗談を聞いたことがある。巨漢を撃退した術と似たようなものだろう。
「今すぐにでも警邏の人間におまえの家まで走ってもらってもいいんだぞ?」
「なっ……」
確実に相手への距離を詰める。どちらにせよ接近戦で挑むしかない。相手はふたりいるが、制圧すべきは魔法使いのみ。戦力外ボンボンはあとでどうにでもなる。
「レガート! あのお喋り男をブタにでも変えてやれ! いや、アヒルがいいか? 酒場で腐ってる貧乏剣士に目にもの見せてやれ!」
レガートとは白髪の魔法使いのことらしい。
魔法使いは一瞬困惑したが、杖を構え直す。
そう、呪文を唱えるのに集中するはずだ。
――今だ!
床に落ちていたフォークを魔法使いたちの足下へと放り投げた。
「ひっ、なんだ?」
金属音に驚いたボンボンは咄嗟に魔法使いにしがみついてしまった。杖を落とし、身動きがとれなくなった魔法使いはそれでも呪文を紡ぎつづける。
しかし剣士も隙を逃がさなかった。
すばやい身のこなしでディランが敵の懐に飛び込み、剣の柄で当て身を食らわせる。もう一方の拳で顔を殴打したのと、白髪の魔法使いが呪文を完成させたのはほぼ同時だった。
「う……っ」
直後。ディランの全身を痺れともつかない衝撃が駆け抜け、周囲に光と煙が迸った。




