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星屑の森の魔法使い  作者: 灯野あかり
第2章 星屑の森の魔法使いとくせ毛のアヒル
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07 ことの経緯(1)※挿絵あり

挿絵(By みてみん)


 すべてはあの夜からはじまった、とディランは振り返る。

 すっかり日は沈んでいたが、珍しく定時に仕事の引き継ぎが済んだので仲間と一杯引っかけてから帰ろうということになった。


「俺のオススメの店があるから、つきあってくれよ!」


 しきりに誘ってきたのは昔からの悪友ロバート・ホプキンズだった。

 気の利かないディランとは対照的で洒落ものだし、話術に長けているぶん女の扱いにも慣れている……はずだ。


 だが、ロバートの悪い癖は、誰にでも優しいことだった。

 どの女性にも分け隔てなく接しているため、本命から浮気を疑われていつも似たような理由で逃げられてしまう。


「寂しそうにしているご婦人を放っておけないだろう?」


 よく言えば博愛主義、悪く言えば女性に見境がない。


 それについて、ディランは何度も忠告してきたが、本人に改める気配が微塵もない。

 そんな彼が最近入り浸っているのが『女神の樽』という酒場だった。華やかさ欠けるが、男たちの隠れ家として居心地のいい店だ。


「ロイ、いらっしゃい!」


 店に入ってすぐに出迎えてくれたのがエリーという娘だった。

 店主の姪で、ロバートのお気に入りだ。彼女はこの界隈で噂になるほどの器量よしと聞いていたが、どうやら友人の贔屓びいきらしい。


 輝く金髪にくびれた腰。細かなところにも気が利くし、男が好みそうな化粧を施しているがディランの好みではない。もちろん、友人には自分の意見を伏せておいた。


 それに、エリーのおかげで店が繁盛しいてるのはまちがいない。彼女を目当てに来店する客もロバートだけではなかったのだ。


「エリー!」


 店の奥から彼女を乱暴に呼びつける声が聞こえてきた。


「こっちで酌をしてくれないか。きみの顔を見るためにこんな汚い店に顔を出しているんだ。支払う飲み代ぶんの給仕はしてもらいたいものだな」


 身なりのいい二十代半ばの男が、椅子にふんぞり返ってこちらを睨みつけていた。痩せぎすな男は、酒場の喧嘩では戦力外であることは誰が見ても明らかだ。


「ごめんなさい、ロイ。ちょっと行ってくるわ。あの人、店の上得意だから……」

「気にしないで。俺はいつでもきみを待ってるから」


 エリーの手を握ったロバートが余裕の笑みでわがままな客へ応じるように促した。


「エリー!」


 急かすような男の金切り声が飛ぶ。


「これだから、余裕のない男は嫌だね」


 エリーの背中を見送って、ロバートたちはカウンターで店主に酒を注文した。

 火種になりうる娘が離れてくれたのでディランは安堵する。


「おまえも大人げないぞ。相手を挑発するのはやめろ」


 見るからに気位の高い金持ちで、庶民のたむろする店には場ちがいだ。それさえもわからない見識なのだから、相手にする器ではない。


「わかってるさ。どうせ偉いのは家柄重視で持てはやされている親父さんなんだろ」


 おどけながらロバートはグラスに注がれた琥珀色の液体を飲み干す。


 彼の欠点は女性が絡んだときに露見することが多い。貴族を毛嫌いしている帰来もあり、ディランが理由を尋ねても他の話題にすり替えられることがほとんどだった。


 しかし、ロバートが揶揄したくなる気持ちもわからないではない。虎の威を借る狐、とはあんな態度を言うのだろう。


「やめてくださいよ、お客さん!」


 エリーの悲鳴ともとれる声が響く。

 例の鼻もちならない客が、嫌がる彼女の腰に手をまわして抱き寄せようとしていた。


「あんた、いい加減にしなよ!」


 隣のテーブルの客が見かねて止めに入った。日ごろ酒樽を担いでいそうな巨漢だ。

 しかし、助けに入った大男は数メートル先の、他の客のテーブルに吹き飛ばされた。誰も手をふれていないのに。


 テーブルや椅子が倒れ、グラスや皿の割れる音が店内に響き渡る。


「きゃああぁっ」


 エリーが絶叫した。


 看板娘を捕らえている男には同席者がいたのだ。ローブを纏った陰気そうな男が。


「口に気をつけろよ、今日の私には頼もしい助っ人がいらっしゃるんだ! 魔法使いの大先生がね……っ」


 白髪頭の痩身男は、落ち窪んだ目だけがギラギラと光っていた。


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