05 珍客(2)
「不感症?」
ポーシャの口から零れ落ちた言葉にアヒルが黒いくせ毛(この場合は羽だが)を逆立てる。
「バール長老がたしかにそんな風なこと言ってた気がするけど、ふ、不感症って……?」
ホプキンズ氏が必死で笑いを噛み殺し魔法使いに尋ねた。
「魔法不干渉体質。魔法の干渉を受けない珍しい体質のことなの。魔法を解く以前に、あなたはアヒルに変えられるはずがないんだけど……」
――長老が悔しがるはずだわ。
魔法不干渉体質と思しき人間が専門家と遭遇する機会は滅多にないため文献に残された記録も少ない。
その存在は都市伝説扱いされ、魔法使いの養成学校でも「いるらしい」と紹介されるのみ。
そんな特異体質の人間が目のまえにいる。
存在している!
しかも、手紙の内容は魔法で変身させたはいいが、もとに戻せないという相談だ。
「そうねぇ……」
ポーシャは、無意識に腰に手を当ててディランと名乗ったアヒルを頭から爪先まで念入りに観察した。
アランが用意してくれた紅茶をスプーンで一掬いして、くちばしのなかに流し込んでやった。
「はあ……腹の底から温まる。生き返るな」
ぶるるっとアヒルが体を震わせる。反応は人間のそれと変わらない。
アヒルと魔法使いが対峙するあいだ、ホプキンズとアランは固唾を飲んで両者を見守っている。
「それではホワイトさん」
「ディランでいい。率直に聞かせてもらう」
そう言いながらも、ディランは一度言葉を区切った。その間に緊張感が漂う。
「その……俺は人間に戻れると思うか?」
「正直わかりません」
即答だった。相手にぬか喜びをさせることはできない。どんな効能があるかわからない薬草をいきなり試せないのと同じだ。
「治せるという確約はできません。でも試してみる価値はあると思います」
「何か方法があるのか?」
ディランが身を乗り出して問い質す。
「アヒルに姿を変えられたということは、あなたの身体が一時的に魔法を受けつけたんです。そのときの条件をきちんと分析して、再現できるならばあるいは……」
アヒル、もといディランはホプキンズ氏と目くばせした。ふたりにしか交わせないやりとりがあるかのようだ。
「ならば、試してみてくれ! 今すぐに!」
ディランが地団駄を踏むようなステップで椅子の座面で飛び跳ねる。
しかし、ポーシャが応じる気配はない。
「言ったでしょう……まずは分析です。それに今のあなたの状況も確認しなければならないんですよ?」
ポーシャは自分のお茶を飲みきってから、ディランにもお茶の補給を忘れなかった。
「アヒルに変えられてからどれくらい経ってるの?」
「たしか、五日目に王都を出発してきたから一週間くらいだな」
五日間、王都で名だたる魔法使いがこの一羽のアヒルに冷や汗をかかされていたのだろう。
「あなたをこんな目に遭わせた魔法使いはさぞ青くなっているでしょうね」
人間を動物の姿に変える……どんな理由があろうと魔法使いが使ってはいけない術のひとつである。これが上層部に知れたら厳しく処罰されるのは必至だ。
「どこかの貴族のお抱え魔法使いだって言ってたな。もう拘留されているらしい」
ディランの言葉に魔法使いの口許が綻んだ。
「ならば事情聴取は済んでいるはずね。詳しい書類を取り寄せないと」
「俺は明日にでも王都に戻るけど……何か手伝えることはあるかな?」
ホプキンズ氏の言葉に、ポーシャはかぶりを振った。
「今のところ剣士の出番はないわね」
「あれ、なんで……俺、剣士だなんて言ったっけ?」
職業を言い当てられたことが意外だったのだろう。呆然とするホプキンズ氏の横でアヒルが彼の失敗を指摘した。
「荷物のなかから剣の柄が飛び出していたぞ。腰に提げてない鞘に手をかける癖が目立っていたのはどういうわけだ?」
ディランの言葉に友人は閉口した。




