04 珍客(1) ※挿絵あり
動物の姿に変えられた人間と聞いて、アランは目を輝かせてポーシャに確かめた。
「このアヒルが人間なの?」
驚くアランにポーシャが優しく諭す。
「人間が魔法によってアヒルの姿に変えられたものよ。絵本にもそういう場面が描かれているでしょう?」
少年はこくりと頷いた。
「わかるんですか、呪いをかけられたことが?」
「呪いではありません。呪いをかけるということは、術を使う人間も命がけなんです。これは悪ふざけ程度の術ですよ」
だが、腑に落ちない点もある。悪ふざけに過ぎない低級の術が、こんな辺境の森にまでやってくる理由になるのだろうか。
「じつは、手紙を預かってきました」
ホプキンズ氏は外套のポケットから取り出した封筒をポーシャに渡した。
上質な封筒には宛先も差出人も書かれていない。封印に使われた蝋に押された紋章は魔法使いの名家と称えられる家のものだ。しかも、その当主は――。
「バール長老からの依頼ね」
あの長老が、個人的に紋章つきの便りをよこしたのだから余程のことだろう。
「……立ち話で済みそうにないわね。みんななかに入ってちょうだい。まずは手紙に目を通さないと……あなたたちの話を聞くのはそれからよ」
ホプキンズ氏と一羽のアヒルに向かって屋敷のなかに入るよう呼びかけた。
「あなたも足の汚れを落としてから入ってきてね、アヒルさん」
魔法使いの言葉に、アヒルは即座に反応した。
「俺の名前はディランだ! アヒル呼ばわりするのだけはやめてくれ!」
飛べない翼ではあるが、必死にばたつかせて不満を訴える。
「わかったわ、ディラン。森のなかには、今のあなたを餌だと思っている捕食者たちがたくさんいるの。安全な屋内に避難していてほしいのよ」
理由を説明してディランに移動するよう促した。
「わかった」
アヒル、もといディランはぺたぺたと屋敷のなかへ進みはじめた。それを確かめてから、ふとホプキンズ氏の意味深なまなざしに行き当たる。
「あんたが本物の魔法使いなら、アイツをもとに戻してやってくれ」
これまでのかしこまった態度から一変し、砕けた口調でホプキンズ氏は懇願する。ポーシャは、その言葉遣いのほうが彼の性分に合っている気がした。
「それも、手紙を読んでからの話になりそうです」
ポーシャは微笑を浮かべたが、決して安請け合いはしなかった。
+ + + + + +
広間に通された客人たちは、屋敷の主に勧められた椅子にかけながらもどこか落ちつかない様子だ。
ひとりと一羽を待たせているあいだに、アランはポーシャに頼まれてお茶の支度をしたし、魔法使いは託された封書を開けて内容に目を通す。
『ポーシャへ
諸々の事情が重なり現在私の手は塞がっている。正直に言えば貴殿に譲るには惜しい研究対象だ。
だが、早急に彼らの力にならなければ魔法使いの威信にかかわる。是非とも私の代わりにディラン・ホワイト殿をもとの姿に戻してやってほしい……』
そこまで読んで再度ある文節へ戻る。
――貴殿に譲るには惜しい、研究対象?
つづきを読みはじめたポーシャは、便箋を封筒へ戻してディランと名乗ったアヒルのもとにとって返した。
「?」
アヒルが不審そうに魔法使いを見上げる。鳥の目なのでわかりづらいが、睨まれているようにも思えた。
「すべてを生み出す光よ、在りし日の姿を今ここに導け」
一見、乙女が詩を諳んじたようにしか見えなかった。
だが、光がアヒルの全身を包み込んだ次の瞬間、バチッと音と立てて集約していた光が部屋中に弾け飛んだ。
火薬が燃え尽きたようなにおいが部屋のなかに充満する。
「不干渉体質……!」
ポーシャは目を瞠り、はじめて興奮を押し隠せないといった様子でつぶやいた。




