03 深まる秋(3)
男性の年齢は三十前後だろうか。赤みがかった茶色の髪は念入りに梳かされている。
細い顎のラインと目鼻の配置も良く、端正な顔立ちと表現して申し分はない。
だが、貴族たちが漂わせる品格というものには欠ける。
そんな彼の焦げ茶色の瞳にポーシャの姿が映り込む。
「魔女、ですか」
いまだに田舎では女性の魔法使いを魔女と呼ぶ者がいる。その呼び方には女性特有の魅力と魔法という未知の力に対する畏怖がこめられているようだ。
「お許しください。あなたのような見目麗しい淑女に対して魔女だなんて失言でした。でも噂でお聞きした印象から、もっとご年配の方と想像していたもので……」
荷車を下ろした男は、物凄い勢いで言い訳を並べる。男性のわりにはずいぶん舌の運びがいいと感心してしまうほどだ。
「あなたが、王都の魔術師養成学校の首席記録を塗り替えたポーシャ・ウォレンさんですね?」
養成学校を離れてだいぶ経つので、自分の記憶を手繰るのに少々時間を要した。
「ええ、まあ……たしかにポーシャ・ウォレンは私ですが、あなたは――?」
ようやく男性は初歩的なミスに気づいたらしい。
「これは大変失礼しました。私は、ロバート・ホプキンズと申します」
にこやかに名乗って、当然のごとくポーシャの手をとり軽く口づけた。紳士然とした挨拶に堅苦しさを覚えるものの、魔法使いの関心は別のものに向かっていた。
「でも正直言って助かりましたよ。森に引きこもった魔女なんて聞いていたのでどんな変わり者かと心配していたんですが、あなたのようなお美しい方が……」
放っておくと話の本題に入れないだろうとポーシャは止むを得ず話の腰を折った。
「ホプキンズさん、要件を手短にお話しいただけると助かります。アレと関係あるのではありませんか?」
そう言って指さしたのは、荷車に載せられた大きな麻袋だった。注意を引いた理由は、こんもり膨らんだ麻袋が規則的な動きを見せているからだ。
「えっ、あの……やっぱりわかります?」
「ええ。ずいぶん怪しいですよ」
ホプキンズ氏の手を退けて、ポーシャは荷車のそばへと歩み寄る。興味をそそられたらしいアランもついてきた。一応ホプキンズ氏に了解を得てから袋の口を結んだ麻紐を解き、なかを覗き見る。
「……」
もっさりした白い塊に、ちょっとだけ黒い点が打たれた物体が呼吸しているのがわかる。
「……?」
目を凝らしても状況は変わらない。
だが、白い塊がびくりと揺れて、そのくちばしが天を仰いだ。真上から覗き込んでいたポーシャと、ソレの目が合ったことはまちがいない。
「な、なんだ?」
「え?」
慌てたソレが翼をばたつかせたため、麻袋が揺れ動く。反射的にポーシャは後ずさりした。横倒しになった麻袋からようやく這い出てきた生き物が正体を現す。
「アヒル……?」
そう口走ったアランは目を皿のように丸くした。
――なるほど、そういうことか。
そう、アヒルだった。
全身を白い羽毛に覆われ、頭頂部のみ黒い羽がくせ毛のようにはねているのが特徴的だが、どこからどう見てもアヒルにしか見えない。
「どうなってんだ……ロイ! ここはどこだ?」
「すごい! アヒルが喋った!」
「アヒルじゃない!」
物言うアヒルにアランが歓声をあげたが、肝心のアヒルのほうは不貞腐れているように見える。
「驚かないんですか?」
両者を静観するポーシャにホプキンズ氏が意外そうに尋ねた。
「これまでも変わったものをたくさん見てきましたから」
荷台の上で身動ぎしないアヒルをじっくり観察してから、ポーシャは肩を竦める。
「もっとも、魔法で動物に変えられた人間にお目にかかるのは久しぶりです」
「「!」」
魔法使いの言葉に、ホプキンズ氏とアヒルが息を飲むのがわかった。




