第九十三話 パーティナイト
12月24日。世間ではクリスマスイブとして、何なら翌のクリスマスよりも盛り上がるのではないかというこの日。学校はいよいよ冬休み前の最終登校日だった。朝のホームルームと、一時間目のクラスの時間で延々と配られる課題にうんざりしつつも、二時間目の終業式にわたしたちは向かった。
この学校の学長は結構人気で、いつもお話が短く端的で面白い。
いくつかジョークを挟みつつ、一番の本題は受験と卒業に関してだった。
始業式で言ってもいいだろうにどうしても今だったらしい。
わたしは特にかかわりのある先輩がいるというわけでもないので、あまり関心がわかなかったが、ふと、晴斗のお兄さんはどうしているのだろうと思った。
進路先を知っているわけじゃないから一月の受験なのかは分からないけど、もしそうなら今時期は気が気じゃないだろう。あの告白の日以来一回も言葉を交わしていないし、どんな様子なのかはあんまりわからない。それでも少し、応援したくなるのはあの人が本当の善人だからなんだろうな。
四時間目の大掃除を終えた後、三人で帰っていると、車道を挟んだあんまり人のいない方の歩道に身長差が顕著な男女二人の人陰が見えた。
夜西さんと明さんが随分仲良さそうに歩いているらしい。夜西さんも真顔ながら雰囲気が楽しそうだ。
「あの二人。付き合ったって噂だよね」
「部活でもそんなこと言われてたな」
優愛と凛は憶測の話をしている中、わたしは全部知っちゃってる分口を開けずに気まずそうに目の前を見て歩いた。
「や、夜西さんも誘ったの?クリスマスパーティー」
わたしはぎりぎりの平然さを保ちながら優愛に話しかけた。
「誘ったよ!でも『行けたら行く』って言われちゃった」
「それ来ないやつだろ」
行けたら行く=行かない、とかいう日本語の謎を目の当たりにしながら私はちらっと明さんのほうを見た。
明さんの笑顔はいつも見る。陽キャグループの中心だ、そりゃずっと笑い散らかしている。でも、今の明さんの笑顔はきっと夜西さんの前でしか出さないようなものがして、明さんが夜西さんを特別に見ていることをどこか悟ってしまった。
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12月25日。
クリスマスパーティーの日になって、私は誰もいない家の誰もいない自室でカップラーメンを食べながら宿題をしていた。
カップラーメンはあまり家計によくないかもしれないが、随分影のおかげで食費が浮いている。少しくらいいいだろう。
夏休みの宿題とかを私はあんまり苦に感じたことがない。夏休みの時は星ちゃんもいたからなかなか手が付かなかったけど、それより前はやることのない私にとって最大の暇つぶし材料だった。XだかTwitterだかyoutubeだかはあんまり興味がわかないし、特段学業に興味を持っているわけでもないけど勉強してる方が有意義っぽいし満たされる感覚がする。
影と一緒に居るのも優愛に見られると厄介だから、今日は別行動。暇すぎてバン供している理由のほうが勿論大きい。
「廣瀬先生…………大丈夫かな」
目の前の前も見たような問題に嫌気がさしたとき、私はふとそう思った。
どうしたって好きな人に何かを断られるのは辛いだろうし、寂しくもなるだろう。私は好きな人がいたことがないからよく分かんないけどきっとそういうものなはずだ。
今日のパーティーに来るかは知らないけど、少し慰めの言葉をあげてもいいかもしれない。
ピ~ンポ~ン
「葉菜ちゃ~~~~~ん!!」
「!
は~~~~い!!!」
わたしは予定通りの掛け声を聞くと、どたどたと古くて傾斜のきついな木の階段を駆け下りて、ソファに置いておいたバッグを片手間にとって、靴に飛び込んで扉を開けた。
「お待たせ」
「ううん。今来たとこ」
「そのセリフいうにはちょっと早いかな…………?」
待った?まで言わなければその返しはちょっと場違いというものである。
「言ってみたかったの!」
頬を膨らませて優愛はわたしの手首をつかんでこちらに背を向けた。
頑張って鍵を閉めると、優愛はそのままわたしを引っ張って走っていった。
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到着したのは優愛の家…………の敷地内にあるホール?会場?みたいないわば鹿鳴館である。
中に入ると、まだ黒服の人やメイド姿の使用人さんたちが忙しそうに準備をしていた。
「ちょっと早かったんじゃないの?」
「葉菜ちゃん用の席あるし、先いてもらおうと思って」
「…………嫌な予感がs」
「こっち」
優愛はそっけなく言いつつすごい力で一気にわたしの腕を引っ張った。
そのせいで体がびくっと動いて文章が止まってしまった。ちょっと不機嫌なのだろうか?
少し歩いて、二階への階段を上ると、もう完成された豪華な席がそこにあった。ちょうど修学旅行メンバー分の席がある。
「ここでみんな食べる感じ?」
「そ!いいでしょ特等席で」
「…………そうだね」
わたしは言われるがままにフカフカそうな黒くて低い椅子に座って、優愛も隣の席に座った。
それからはただ、おしゃべりをした。途中でぶどうジュースが出てきたけど、びっくりするほどおいしかった。
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17:30
会場の時間だ。
一気にではなく少しずつ人が入ってきた。
みんな高そうな服を着て、使用人を従えている大人達だった。
毎年。この瞬間が一番嫌いだ。少ししてわたしがほぼ空気と認識され始めればいいのだが、見るからに場違いなわたしは最初のほうは結構目立つのだ。
明らかに安い服。軽いメイク。黒髪も意外と少ない。
ほんと。嫌になる。
「あ。先生じゃない?あれ」
立って一回を見下ろしていた優愛はそう言ってわたしの方を見てきた。
優愛も周りと一緒でフリフリのスカートにおしゃれな髪飾り。特徴的な髪の結い方も、目立ち過ぎず少なすぎないメイク。向こう側の人間なんだなと、やっぱり思う。
「どれ」
わたしも重く立ち上がって優愛の隣に立って、下を見下ろした。
「ほら、あれ」
「ほんとだ…………」
優愛の指の先には少しいつもよりも着こんでいる廣瀬先生がいた。
「…………なんかさ」
「うん」
「「場違い」」
人の波から離れて棒立ちしてあわあわと視線を泳がせていかにも挙動不審な廣瀬先生は、なんというか、浮いていた。




