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桜桜にして咲く櫻  作者: nor
第四章 銀樹(高二冬編)
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第八十六話 新しい作戦

 十一月に入って随分寒さがやってきた。

 まだまだ冬には遠いが、それでももう紅葉も散り、道が少し淋しい。

 影は相変わらず学校には来ない。まあ、当たり前っちゃ当たり前だが、やはり違和感だ。

 ただし今は、そんなどうでもいいことよりも大事なことがある。

 覚えているだろうか。修学旅行で実った恋が()()であることを。

 そしてわたしたちの、至ってはわたしの目標は二つの恋であったことを。


 そう言うわけで、わたしと凛、優愛は例の先生に会いに行った。


「廣瀬先生。すいませんでした」


 わたしは理科準備室の扉が閉まってから、すぐに頭を下げた。

 すると優愛がずいぶん驚いたようにしてから、同じように頭を下げた。


「え!?いやいやぁ。生徒の安全が一番ですから

 危うく自分の生徒が一人誘拐されかけたんですぅ

 謝られる筋合いもありませんし、先生からは感謝したいですよぉ。無事に戻ってきてもらってぇ」


 先生はあわあわと慌てながらそう言葉を並べた。

 影の話によると犯人はヤクザだったらしいが、本当に悪質だ。

 

 わたしは顔を勢いよく振り上げて胸を張った。


「じゃあ!先生の恋路!これまで以上に協力します!」


 わたしは恐らく冷静な方の人間だろう。

 だがまあ、優愛のような無邪気さというのは使いどころを見つけていくべきだと思う。

 こういう、ひよってる人の背中を押したりね。


ーーーーー


「今年中に告白するという目標はどうしますか?」


 わたしたち三人は先生が用意してくれた丸椅子に座った。

 わたしが問うと、先生は背筋を伸ばした。


「そこに変わりはありません!」


 先生は高らかに宣言をした。

 その自信が一体どこから来るのか甚だ疑問だが、まあいいや。この先生はそういう人だ。


「ちなみに修学旅行では本当に何にもなかったんですか?」


「いやぁ、それがねぇ」


 優愛の問いに対して先生はあいまいな反応を見せた。

 もったいぶっているので三人で何度かアタックすると、先生はくっちをやっと開いて話してくれた。

 本当に、なんでこんなことしてんだろと、こういう時は思う。


ー ー 廣瀬視点 ー ー


 葉菜さんと満月さんの捜索が終わって少し落ち着いたとき。

 もう時計の針は真上に近くて、これから見回りとかもしなければいけないと思うと、嫌でも少し気が落ちました。

 でも本当に二人とも無事に帰ってきてよかったです。

 この学校の立場的に、社会の闇に消されてしまうところでしたし、何より誰かにとって悪い思い出にならなかったことが奇跡ともいえるでしょう。


「大丈夫ですか?」


 ホテルのエレベーター前の踊り場のベンチで休みつつポケットの中に手を入れた時、後ろから高橋先生から話しかけられました。


「ご心配ありがとうございます。大丈夫です」


 私はすっとポケットから手を出して、目をつむりながらそう返しました。

 すると隣にコトっという音と一緒に何かが置かれる感触がしました。

 目を開けてみてみると、一杯の缶コーヒーでした。


「夜は寒いですよ」


 そう言って、高橋先生は立ち去って行ってしまいました。

 今思えば、感謝の言葉の一つ出したかったですが、あの時はただ、その見たことのない真面目な表情と聞いたことのない鋭い声に心を揺さぶられていて頭がよく働いていなくて、口を開くことさえも忘れてしまいました。


ーー葉菜視点ーー


 先生はそんな話を手短に話してくれた。


「いつもの先生じゃなかったんですか?

 その、ド天然鈍感ドジ少年じゃなくて」


「ちょっと言葉に語弊があるようにも思えますけどぉ

 全然いつもの先生ではなかったかなぁ」


 先生は優愛の質問を聞いて、一指し指を顎に当ててそう言った。

 この先生も先生で時々あざとい感じがある。


「一応後でちゃんとお礼はしましたよぉ、大人ですからねぇ」


「その時は普通だったのか?」


「特に何の違和感もなかったかなぁ」


 先生は首を少しかしげて、膝に手を置いて体を少し揺らした。


「じゃあ、普通に疲れてたんですかね」


「でも、あの先生に疲れるとかなくないか?」


「そうなんだよねぇ」


 なかなか酷い会話だけど、事実なので仕方がない。あの先生が修学旅行で疲れているなら、毎日同じくらい疲れているはずだ。1日に一回叫び声を聞くのだから、あの先生にとっては毎日が修学旅行と同じくらい疲れる日々だろうし大した差はそこにない。

 …………でも確かに修学旅行中、絶叫もポンコツも見てないかも。

 それをおかしいというのはいささか通常ではないけど。


『あぁぁーーーーーーー!!!!↑』


 そんなことを考えていると、窓の外から誰かの叫び声が聞こえてきた。

 誰の声なのかはその場にいた四人全員、脊髄反射に近い感覚で分かった。


「…………気のせいだったんじゃないですか?」


「かも……知れないですねぇ…………」


 高橋先生の疲れた姿は、わたしたちにとってコンビニの弁当の底上げ具合ほどに想像が付かない。

 同時に聞こえてきた叫び声が、その認識を確実なものにして、その高橋先生のめったにない姿を見た本人でさえ自分の眼が嘘をついたと断定した。


「廣瀬先生もあんまり疲れてるところ見ませんけどね」


「ん~~そうですかぁ?

 いつも肩が痛くて困りますよぉ」


 廣瀬先生はぐるぐると右肩を回した。

 同時に右にある以外にもたわわなそれがわたしの眼には痛々しく、自虐的に映った。


「…………?

 葉菜さん顔が怖いですよぉ…………?」


「え?ああすみません。世界の闇を見ていたもので」


 か細い声で言う先生の様子からして、かなりひどい顔をしていたのだろう。ちょっと恥ずかしいが、元はと言えばこの先生が悪い。全て悪い。

 肩が痛いってなんだ?先生だから腕を上げっぱなしで授業してるみたいな話か?それともその重たそうなものをぶら下げてるって話か?なんなんだこの世界…………


「葉菜ちゃん…………大丈夫だよ…………」


 優愛は椅子をこっちに寄せて腕をわたしの体に回してそう呟きかけてきた。

 見ると、なんともその瞳がわたしの胸を凝視している。

 わたしの平然と保てていたかもしれない心がぷつんと切れて、目をかっぴらき、優愛を見つめた。


「な…………何…………?」


「覚悟」


 わたしはそう言って優愛を椅子から引きずり出し、どこからともなく手に取った蛇腹の特大はりせんで優愛をぶちのめした。

 わたしがテンポよく優愛を打って優愛は「い゛て゛っ」と叫びつつ時々「もっとぉ」とか言っている地獄絵図を横目に凛だけは正気になりつつ、


「本題…………入りますか?」


「そうですねぇ…………」


 とドン引きを隠すことなくそう言って、わたしの怒りはただ理科準備室の扉の前で優愛へと発散され続けた。


ーーーーー


「う゛うん!」


 椅子に座り直したわたしは一度大きく咳払いをして、膝の上に拳を置いた。

 優愛は隣の席でぴんぴんしている。というかなんだか満足げな表情だ。

 困惑が残る凛と廣瀬先生は一回目を合わせてから深くうなずいて、割り切ったらしい。


「でぇ…………本題ってなんですかぁ?」


 先生は空気を取り戻すようにそう言って、わたし達に問いかけた。

 すると優愛がすっと姿勢を正して背筋を伸ばした。


「先生。修学旅行で告白みたいな話だったじゃないですか」


「ん、まあ、そうでしたねぇ」


「でもできなかったので、次は少しハードルを下げてチャレンジしませんか?」


「それはいいですねぇ!」


 先生的にとってもやはりいきなりの告白というのはあまりに唐突で無理のあるものだったらしく、先生は笑顔になって胸の前で手を合わせて少し安どしていた。


「なので、今度はこうしませんか?」


 というわけで、優愛は立ち上がり先生の目の前に迫った。


「『クリスマスデートに誘おう作戦』とかどうでしょうか?」


 陰が落ちた満面の笑みがあふれた優愛の顔が先生にどんな風に見えたのがわからないけど、先生はか細く震えた声で「はい…………」と小さく答えた。

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