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桜桜にして咲く櫻  作者: nor
第三章 椛(高二秋編)
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第八十四話 帰ってそして

「…………」


 修学旅行を終えて家に帰ると、そこにはやはり明と当主様がいた。

 廊下に立っている明の顔はすっかり従者モードで、当主様もあまりいい機嫌ではなさそうだ。

 要件なんて一つしかないのだが。


「…………来たか。次期当主よ」


「…………話なら短めに。疲れてるんだ」


 俺はあの盆の時に言われた通り特に敬語を気にせずに喋った。

 そこに違和感を覚えた明は一瞬手が動いたが、すぐに動きを止めた。


「そうじゃな。旅というのは非日常を与えてくれるが、同時に疲労を覚える物じゃ」


 俺はそんな言葉を聞きながらソファに座り、テーブルの椅子に座っている当主様のほうを見た。


「…………()()の話か」


「そうだとも」


 即答。同時に重苦しい声だ。

 あまり大事(おおごと)にしたくなかったのだが。そうか、耳に入ったのか。


「結果的にはヤクザの特定に貢献したんじゃないか?」


 あの襲って来た奴らはあそこらへんに最近出てきたヤクザ集団だと聞いている。

 だから金もなく、あんなとこに閉じ込めたわけだ。

 そしてその多くを捕えられている。


「結果的には、そうじゃな

 じゃが、そこの使用人が護衛の役目を果たせなかったのもまた事実

 いくら助け出せたからと言って、それを無視することはできん

 お前はまだ、我が一家の次期後継者じゃ」


 その言葉に、俺たちは何の反論もできない。

 許されていない。


「…………罰でも与える気か?」


「相応の物をな」


 …………まずい。

 従者というのは立場が弱い。俺に対する責任を従者がとる時もしばしばある。今がそういう時だ。

 せっかく導いたこの、夜西さんとの物語が、こんな奴に破綻させられてしまう。

 俺は強く拳を握って明の顔をうかがった。

 でも、明の表情は変わっていない。

 だとしても、俺はここまであいつを連れてきた責任がある。


「あの場にはもう一人攫われていた奴がいる

 波島葉菜という高校の生徒だ

 もし、罰則を受けさせるってんなら、そいつを助けたことに対する褒美もやってくれよ

 一般人を助け、ヤクザの特定。十分な功績なはずだ。大衆ウケするだろ」


「ふむ…………」


「おやめください、影様」


 当主がやっと頭を悩ませたかと思えば、明が口をはさんできた。


「私は業務内のこと以外はやっておりません

 一般人の救出含め業務であり、護衛の失敗は職務怠慢です

 この場合。私に褒美を賜る権利などどこにも――」


「従者よ。あまり主人に口をこたえるな」


「…………失礼しました」


 ピリッと、当主様の声が響いた後、当主様は立ち上がって玄関へ向かって歩き始めた。


「分かった。この件に関しては目をつむろう」


 そう言うと、うちの家の様々な死角から黒服の人間たちが出てきた。

 俺はさすがに立ち上がって玄関近くまで行った。


「これは…………」


「プロの大人でさえ、わたしを守るのに一人では足らんのじゃ

 そう思えば、その業務。過多だったと言っても仕方がない」


 ササっと動いた護衛の一人が当主様に靴を履かせ、もう一人は扉を開けた。

 見れば外にもかなりの人数がいるようだ。


「突然失礼した

 ゆっくり休んで、例の課題に向き合うがよい」


 そう言って去っていく背中に、明は深くお辞儀をした。


「…………お見送りをしてきます」


「ああ」


 そう言って、明も先を追って外に出て行った。

 俺はソファに戻って座り直し、体に入っていた力を抜いた。あの人との空間は、無駄な力が体を駆ける。


「ふう…………」


 そんなことを言っても、なんだかんだ三日間力が入りっぱなしだったことに、俺は今更気が付いた。力が抜けると同時に、かなりの疲労を一気に感じる。久しぶりの登校に続く陽キャとの修学旅行。文化祭で今生の別れみたいなのした夕との再会。学校一の美少女のコイバナと、親につけられた従者の明のコイバナに付き合わされて、挙句の果てに誘拐。

 あまりに、怒涛過ぎた日々だ。

 明日は二年生だけ休日でみんな、休む、だとか、寝る、だとか言っていたが、俺にとってはもうあの学校には当分行かないし特に特別感がない。


 でもまぁ、今くらいはちゃんと休むか。


ーー明視点ーー


 ご当主様のお見送りを終えたのち、私は家の中に戻りました。

 こうなるのは、もう昨日から分かっていました。

 だから夜西さんを置いて、そそくさとこの家にやってきたのです。

 明後日からの学校が、一体どうなるのか。そんなのまったく予想もつきません。


「影さま…………」


 リビングを見渡すと、ソファに座り込んだ影様の姿がありました。

 いきなり部屋が広く見えて、この久しぶりの家があまりに静かで、淋しい空間なことに若干の違和感を覚えます。

 歩みを進めて影様の顔を覗くと、そこには髪に隠れた寝顔がありました。

 色々ありました。迷惑もかけました。世話を焼かれてしまいました。疲れていない方がおかしいでしょう。


 私は毛布を影様の体に柔くかけたのち、どうしようかと迷いました。

 手入れの行き届いた家に「あれ、わたしの仕事…………」と、少し寂しくなりましたが、スマホを確認すると夜西さんからラインが来ていて、ちょっと浮足立って家を立ち去りました。


ーー凛視点ーー


「あ”ーーー帰ってきたぁ…………!」


 私は夕が家の鍵を開けるのと同時に中に入り、ソファに飛び行った。

 家を随分空けてたから、家の電気はつけっぱでカーテンはしっぱなしだ。

 いつも干してある服も、今はキャリーケースの中だから部屋が少し広く感じる。

 もちろん荷物は玄関におきっぱである。


「休んでもいいけど、片づけ手伝ってよね」


 夕が荷物をテキパキと荷物を家に運んでいる中、私はテキトウに「は~い」と心底溶けた声で返事をした。


「…………あと、手洗ってね」


「お前も洗ってねえだろぉ?」


「じゃあ、僕が手を洗いに行けるように手伝って」


「…………はいよ」


 さすがに良心が痛み、私は両手でソファを押して腕立て伏せのように起き上がってから玄関に向かった。


ーーーーー


 なんだかんだ夜も深まって、夕飯時になった。

 そのころにはすでに粗方片づけ終わり、夕も洗濯を回している。

 今からご飯を作るのも、見ていて可哀想だと思った私は「外行くか」と言って、近くのラーメン屋に夕を連れて行った。


「凛何にするの?」


 券売機には、醤油塩味噌、それぞれ濃いめ薄め。それからご飯、チャーハン、餃子なんかのお供まで。こぢんまりしたお店の風貌によく似合う文字達が並んでいた。


「醤油かな」


「じゃあ僕味噌で

 他は?」


「いい」


 夕はそう言って二枚食券を買って、店員に渡した。

 そのまま誘導されるがまま、私達は四人掛けの席に座った。

 座ってから見渡すとやはり私たち以外のお客さんは居なくて、四人掛けに通されたのもごく自然だった。


「昔来たっけここ」


 夕はセルフサービスの水を二つ持ってきてくれたのと一緒に、私にそう聞きながら座った。

 私は小声で「ありがと」と言いながら質問に返した。


「引っ越してきた日に来たろ」


「ああ、あの時ね」


 夕は少し笑いながら水を飲んだ。


「新居にいざ行こうって時、迷ってこの辺り散策したやつね」


「家着いたらもう暗くて、引っ越し業者さん困惑させちまったんだよな」


 春休み三日目くらいの出来事だ。初めてあの家に行って、初めて夕とお泊りした日。


「結局業者さんには帰ってもらって、道端で見つけたこのラーメン屋さんでご飯食べたんだよね」


「なんか懐かしく感じちまうな。二年も経ってねえのに」


 時の感じ方っていうのは、こういう時はほんと不思議だ。思い出してみれば長いような、短いような気がする。

 葉菜みたいな奴は時間をどう感じるのだろう。


ーーーーー


 肌寒い風が強く吹く中、ラーメンを食べ終えた私達は家への帰路をたどっていた。


「うまかったな」


「懐かしい味だったね」


 よく思えば、去年も同じ味を頼んだ気がして、人間は一年ちょっとじゃそんな変わらんのだなと悟りを開いた気分になってしまった。


「…………」


 少し頬の赤い夕の隣を歩く私は私の二の腕あたりにある夕のその顔を見ながら、すっと自然に手を差し伸べた。

 触れた手のひらはやはり冷たくて、反射で握りこんでしまった。


「…………どうしたの?」


「寒ぃだろ」


 私はこちらを見上げてきた夕の顔から眼をそらしてそっけなくそう答えた。

 ちらっと眼だけ下を見ると、夕が若干笑っている。


「…………なんだよ」


「たった二回しか一緒に寝てないだけじゃん

 寂しかったのかな~?」


「うるせえ!」


 私は顔がだんだん煽り顔になっていく夕の後ろに立ち、脇に手を入れて持ち上げて、くるくると回った。


「ちょっとちょっと!出る!ラ―メンが―――――!」


 夕の雄たけび(声高いけど)を聞きながら私は、やっと戻ってきたこの雰囲気にとても満足していた。


ーー晴斗視点ーー


「…………なんでいんだよ」


 優愛たちと別れた後、駅から少し出たところに兄ちゃんが柱に寄りかかって待っていた。


「迎えに来た」


「別にいらねぇけど」


「一人で帰ってくるよりかはいいだろ」


 有無を言わせずそう言って歩き出した兄ちゃんに、俺は後ろをついて歩いた。

 見える背中はやはりでかくて、背も俺なんかより高く、兄ちゃんの先の道が俺には見えない。

 もちろん顔も。

 どんな顔をしているのだろう。どうしてここに来たんだろう。何を考えているのだろう。

 そう言う問いに少し予想がついて、俺はやはり寂しく感じた。

 兄ちゃんは俺と違う。葉菜との別れ方がとてもあいまいだ。

 諦めがついているのだろうか?本当に俺だけの善意で動いているのだろうか。


 ああ。駄目だな。人の、兄ちゃんの善意まで俺は素直に受け取れなくなっちまった。


「晴斗」


「…………なんだよ」


「おかえり」


 こちらを少し振り向きながらそう言う声には、あらゆる疑いを薙ぎ払う何かを感じて、俺は自分の表情を自覚してから少し顔を逸らして、


「…………ただいま」


 と、小さく返した。


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