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桜桜にして咲く櫻  作者: nor
第三章 椛(高二秋編)
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第八十一話 修学旅行⑤ 言葉の裏

「私は明さんのことが好きだ」


 そんな言葉を言い放たれた直後、俺の頭にはいろんなことが思い浮かんだ。


 ああ、可愛いな。こういうのを言えるのはこの人だからだろう。

 なんて返事すればいいんだ?軽々と言ってしまってはいけない言葉が次の言葉だ。

 この思いはあの人は知っていたのだろうか?だとしたらやはり狡い方だ。

 ああ、幸せだ。


 そんなたくさんの思いが込み上げたのはほんとに一瞬で、俺は気が付けば頬を赤らめ、開いている片手でワイシャツの襟を掴んで口元まで持ってきて目線を逸らしてしまった。

 どんな考えよりも、どんな思いよりも、感情が先に行動へ繋がってしまう。


「…………」


 俺は周りに人がいることなんてすっかり忘れて、ワイシャツを離し、ちゃんと夜西さんを見た。

 なんで、そんなに泣きそうな、触れたらパリンと割れてしまうガラスのような顔で、俺を見るのだろう?

 …………好きな人がそんな顔をしているというのに、俺は答えを出せない。断らなければならないとまで思っている。

 俺には影様の使用人という立場がある。この立場はそう簡単に考えてはいけないものだ。次期当主という言葉がどれだけ重いか。あの人はそれを知っても尚反発する。


 あの方は何故、俺にあんな話をしたのだろう。

 昨日わざわざ呼び出し、俺をここに連れてくる目的までもって、達成している。聡明な方だ。だからこそ、あの方は意味のない行動はしない。

 影様にとって、夜西さんの情報なんてどうでもいいはずだ。知れば厄介だとまで思ってるだろう。

 なら、やはり、昨日の質問には意図が――


『言葉の裏を見ろ』


 いつの日か、あの方に言われたことを思い出した。

 言葉というのはいろんな意味を孕みます。無いはずなのに、感じることができる。そこが魅力なのだそうだ。

 ならあの質問の意図は…………


「…………夜西さん」


「…………な、なんだ?」


 俺はそう言って戸惑う夜西さんに一歩近づいて、笑みをふりかけた。


 影様。やはりあなたはずる賢く。聡明で。お優しい方です。

 そんなの、俺が断る意味すべてを否定するようなものじゃないですか。


「俺も、夜西さんのことが――」


 同時に日が落ちて、暗闇が一瞬周りを照らした。

 俺はそれに乗じ表情を崩して言う。

 言ってはいけない。いけなかっただろう言葉を。


「大好きだ」


ーー葉菜視点ーー


「あ、いた」


 見学の時間が終わってすぐ、影が姿を消したので、少し古民家の並ぶ道の暗い裏路地に来れば、そこには何かスマホを見つめる影がいた。


「葉菜。ちょっとこっちに」


「?」


 わたしは手招きされるがまま影に近づいて行った。

 すると、イヤホンをわたしの右耳につけてくれた。


「…………」


 何やら人混みの雑多な音が聞こえる。


「何の音?」


「夜西さんにつけたマイクからの音声です」


「え」


 つまりは盗聴器を取り付けたのだろうか。

 なかなか大胆なことをしているものである。


「大丈夫なの?それ」


「ままいいじゃないですか

 それより、今は二人のことが大事です」


 影は強制的に会話を切ってその音声に耳を澄ませた。

 しばらくして、裏路地にまったくの夕日も届かなくなったころ、「好き」なんて音が聞こえてきた。


「ちゃんとやってるみたいだね」


「そうですね」


 影はイヤホンを取り外した。


「もういいの?」


「あとはあの二人次第です。それにどうせまともに聞こえません」


 確かに、音声に雑音が多く過ぎてさっきからあまり声が聞こえなかったのは事実だ。


「盗聴器は後で回収お願いします」


「盗聴器って言っちゃってるし」


「結局自分が色々準備したんです。少し仕事してください」


「…………ごめんなさい」


 反論の余地もない。実際の所わたしが何もしていないのは事実だ。

 影は敬語ではあるが、態度はあまり変わらない。学校関係でもそれは関係ないようで、最近はあまり敬語とため口に態度のギャップを感じない。


 影は耽るかのように上を見上げた。


「…………どうして、こんなに積極的になったの?」


 わたしはせっかくの二人きりの機会にずっと疑問に思っていたことを口にした。

 影は最初乗り気ではなかった。そりゃそうだ。無理に連れてこさせられた学校で恋愛相談とは、ここまで気が乗らないものはないだろう。

 でも途中から、少なくともここ数日かなり積極的だ。

 不可解と言えよう。


「ん…………なんでしょうね

 強いて言えば、同情のようなものでしょうか

 おせっかいをするつもりも、正義感に駆られてるわけでもなく、ただの同情」


 影はまた、そんなぼかした言い方で答えた。

 それじゃ何もわからない。


「夜西さんにってこと?」


「はい」


 それだけ言って、影は何も言わない。

 多分聞くまで言ってくれないだろう。影は慎重な人だから。


「…………どこに同情したの」


 わたしが少しトーンを落として聞くと、影は目線を下に向けた。


「…………夜西さんの噂って聞いたことありますか?」


「? いや、特にないけど」


 夜西さんに関するうわさなんて大体、「無口」だとか「無表情」だとかそんなんばっかだ。


「自分は別に噂を信じるたちじゃありません

 でも自分で少し仮説を立ててしまうことはあります」


「…………どんな?」


「聞くんですか、仮説ですよ」


「聞く。聞かして」


 多分。これ以上は過干渉だ。でも聞かなければ、何も知らないまま何か地雷を踏みぬいてしまうかもしれない。


 影は一つため息を吐いてから、話を始めた。


「なんで、夜西さんは吹部と図書部を兼部していると思いますか?」


「芸術関係が好きとか?」


「一人の時間を減らすためです」


 影は淡々とそう答えた。これ以上は詮索するなと言わんばかりに。

 実際。それ以上深追いできなかった。


「なんで夜西さん以外の図書部員が幽霊だと思いますか?」


「…………」


 なんて答えたらわからず、押し黙ってしまった。

 影は近くの壁を手でなぞりながら答える。


「噂を聞いたからです」


 噂。いったいどんな。


「なんで、無口で無表情なのか

 それだけ深い傷を負ったんでしょう」


 傷。精神的な意味だろう。でもそんなそぶりは全くなかった。


「なんであんなに、美人なのでしょう

 おそらく親も綺麗な方がいらっしゃるのでしょうね」


 親に似て育ったと。

 まあそうだよね。わたしだってよくお母さんに似ていると言われたものだ。

 影は壁をなぞる手を下ろして、語り始めた。


「星舟高校は私立の中でもかなり頭もよく、いろんな人材がいます

 それこそ、御曹司、いいとこのお嬢様とか

 なんでそんな人が集うのか。それは一重に、この高校は子供を隠すのにちょうどいいんです

 山の多い田舎にあり、設備が整っていて、金で学校を黙らすことができ、情報も隔離できる。だからこそ自分のバカ息子バカ娘を隠し、普通の社会に流せるルートとしても用いられる。運が良ければいろんな情報が手に入り、人の縁さえも手に入れられるかもしれない

 そんな高校で腫れ物にされる人。それは関わること自体がリスキーな人です

 夜西さんの噂というのは――」


 影はこっちを向いて言う。


「ある現役アイドルの隠し子、という噂です」


「…………アイドル?」


「はい」


 影はやはり淡々と云う。


「俺一回だけ見たことがあります。藍色の髪をした、夜西さんに似たアイドルを。あの夏祭りで」


「…………あ。オタクの濁流の原因になったアイドルグループのセンターの人」


「そうです。あの人たち調べたら今流れに乗ってる売れっ子アイドルでした

 その隠し子。いわゆる炎上の種。それは掴んだってなんの役に立たない情報であり、危険物です。だから図書部の人は幽霊となり親譲りで顔もいいわけです」


「なるほど」


 なんとなく感心してしまった。

 確かに筋が通る話だ。まあ、仮説の域は出ないけど。


「でも、心の傷とかは?」


「考えてみてください。アイドルの親。まともに構ってもらっていたのでしょうか。そもそも自分の身の上を誰にも話せないような環境。自分自身が親の仕事の地雷である環境とはどれだけ息苦しいものなのか。親に似た笑った顔を見せず、声も無くし、人との関わりを遮断し、孤独に生きる。どんな人生なのか」


 想像。いや、もうその言葉だけで胸が苦しくなる。


「だから、夜西さんはそれでも居場所のあった吹部と、違う世界へ行ける本へと逃げ道を作ったんでしょうね」


「…………それが可哀想で図書部に入ったの?」


「いや、最初は本当に本目当てでした

 ただこのことに気づいたら、できる限り、図書館に居座るようにしましたけど」


 つまり影は夜西さんの孤独を埋めるために、あの図書館に通ってたのか。


「あの二人の恋路に積極的になったのは、影が修学旅行の後。学校に行かなくなっても、夜西さんの近くに誰かがいるようにするため?」


「…………その通りです」


 そこまでしてしまえばお節介と言わざる負えないかもしれない。でも、これに関してはこのお節介を肯定したい。


「夜西さんは家族の事情に振り回された、星みたいな人だと思ってしまいました。それに明まで関わってくるとなると後に引けないじゃないですか」


 確かに星ちゃんみたいな話かもしれない。家族にいろんな物を押し付けられていて、しかもそれがあまりに重すぎる。


「…………その噂って明さん知ってるの?」


「知らないはずないです。だから、あの告白は成功しますよ

 あの告白は最初。夜西さんが明の凝り固まった心にどれだけ波風立ててくれるかだと思っていました

 でも、夜西さんの告白と、明の想いがあれば、それだけできっとあの恋はいいものになりますよ

 明が告白を断る俺の従者という理由を取っ払っておいたので」


 影はどこか嬉しそうにそう言った。

 憂いではない。心配でもない。幸せそうに、嬉しそうに。


「では帰りますか」


「そうだね」


 わたしは影と一瞬目を合わせてから帰ろうと後ずさった。

 

「…………!!」


 すると、どこからか出てきたガタイのいい男たちが現れ、影を連れ去った。

 気づく間もなくわたしも、気を失ってしまった。

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