第八十話 修学旅行④ 京都
さて翌日。修学旅行の三日目。
わたしたちは早速バスで京都に移動した。
もちろん昨日の王様ゲームの効力により、凜が部屋のかたずけをして、優愛がわたしたちのカバン持ち、飲み物いっぱい奢る、等々の命令による弊害が明らかに出てきた。
「…………なんかあったんですか?」
歩いて京都の町中を移動していると、影がそう聞いた。
わたしではなく優愛に。なかなか野太い男になったものだ。
ちなみに優愛は大量の荷物を持ち背負っている。
「…………敗北者じゃけぇ」
優愛は必至な顔で取り繕いながら、渋くそう言った。
見た目通りかなり重いのだろう。それでもちゃんと持つのはさすがと言ったところか。
影は見かねて、優愛が無理やり肩にかけているバッグと手に持っていた荷物を持った。ちょうど全部の三分の一というところか。
「いいの?」
「さすがに心が痛んだりしますね」
影は優しい。わたしと凛が持ち合わせない感情を持っている。
優愛というのはいつもされている倍のことをし返されて当然の人間であるからして。
「それにしても、古いな」
夜西さんはいざこざしているわたしたちを横目に最前で歩きながら周りの古民家などを見ながらそう言った。
今向かっているのは金閣寺。京都ということでやはりどこまでも歴史の授業だ。そのあとには神社やらなんやら、最後に清水寺と続いて行く。ただ、みたらし団子とか、そういうのは楽しみだ。昨日のたこ焼きもおいしかったしね。
「あ!団子屋さん!」
「優愛。今は買えないよ」
「むぅ」
どうやら昨日の大騒ぎと今の重労働によって少し疲弊している優愛は、さっきから甘いものに目がない。今も目がいろんな店を見渡している。
現在は先生について行っているだけなので自由に物を買うことはできない。
「明さん。呼び出せたの?」
わたしは優愛の様子をうかがいながら、影にそう聞いた。
そう言えば夜西さんを誘う口実を用意するのを忘れていたと、内心かなり焦っている。
「はい。ですがその様子だと、やってませんね」
「すいません」
わたしは少し肩を落として謝った。影は目線をこっちにやることなく続ける。
「大丈夫ですよ。二人でやりましょう」
「うん」
やっぱり、いつの日からか影は積極的になった。何にというのは学校などじゃなくて二人の恋路についてだ。夜西さんへの友情に似た何かなのか、明さんへの昔馴染みから来る温情なのか。何かが影を変えている。そもそも体育祭を夜西さんたちのために休まなかった時点で、影はかなり変なことをしていた。知らないクラスに顔を出したり、いきなり部活に入ったり、図書室に入り浸ったり。影にそこまでのことをさせるのは何なのだろうか?
…………きっと、お人よしというか、優しさがまた、星ちゃんの時みたいに働いているのか。
ーーーーー
「きんぴかーー!!」
歩くこと随分。そろそろ疲れたころに、わたしたちは金閣寺に着いた。
優愛は、秋の紅葉に染まり切った葉と水面を背景に、ぽつんとある金閣寺を指さしてそう言った。
「金箔だからな」
後ろから最近聞いていなかった声がふと聞こえた。
優愛は勢いよく後ろを振り返ると、目つきを変えた。
わたしもゆっくりと後ろを見るとそこには制服の上に着たパーカーに片手を突っ込みながらこちらに手を振る晴斗がいた。
「あ」
影が思わずそう声を漏らしてしまい、焦って口を手でふさいだ。
「なんでここに…………!?」
「そんな嫌な顔すんなよ。傷つくだろ」
晴斗はそう言いながらこっちに近づいてきた。
「よっ」
「うん」
「葉菜ちゃんに近づくな」
優愛はわたしの腕を引っ張って私を後ずらせた。
「まぁまぁ。なんか見ねえ顔のやつらとつるんでんだな。「波もたたない少女」と、凜のパシリと…………そこに居んのは満月家の長男か
顔ぶれが独特過ぎるだろ」
晴斗は一人一人目をやりながら淡々と人物を特定し、最後には顔をひきつらせた。
「え、じゃなくて満月君のこととか夕君のこととか、よく知ってるね」
「情報だけは入ってくるんでな」
「…………そう言えばグループの仲間は?」
優愛は警戒心を残しつつも柔らかい口調で言った。
後ろには特に関係のありそうな生徒はいない。
観光客もかなり賑わっているし、逸れたとか。
「あぁ。部活のやつらと組んだんだけど、あいつらすぐに女と一緒に周りてぇって言い始めてよ」
「見捨てられたのか」
「ちげぇよ…………
多分。」
凛の鋭い言葉で晴斗は少し元気をなくしていった。
優愛は隣で「夏祭りと言い、可哀想な奴」と呟いている。
優愛も晴斗を心から嫌っているわけではないらしい。
「一緒に周る?」
「ちょっと!」
わたしがそう提案すると優愛が反発してきた。
優愛が憐れんでいたから言ったのに…………
「いいのか?」
「そこの男子たちもいいでしょ?」
晴斗の希望と怪訝さを含めた声を聴いて、わたしは夕君と影にそう問いかけた。
二人ともゆっくりと頷いた。
凛と優愛はあまりいい顔をしていないが、まぁ仕方ないだろう。
ーーーーー
「こうなるわけか…………くそ」
金閣寺の見学を終えて、やってきました古民家の立ち並ぶthe京都な町。
そんなところの石造りの道を歩きながら、晴斗はそんな愚痴を吐いた。
「私達に付いてくるってことはそう言うことだからな」
凛は相変わらず夕君の隣で歩きながら文句ありげにそう言い放った。
今の晴斗の様子を説明しよう。
まず両手にバッグ、肩にもバッグ。ここまでは当たり前のことだ。優愛が目の前に出てきた下僕に仕事(王様ゲームの命令)を背負わせるのはこの世の摂理である。
そして同時に、わたしたちの手には代わりにいくつかのお菓子やらが乗っている。
ただ、わたしたちの財布からは一円も減っていない。
不思議だ。
「満月君たちも買ってもらえばよかったのに」
わたしが後ろを歩く二人にそう言うと、夕君は首を激しく横に振った。
「さすがにその量の奢り+っていうのは気が引けますね」
「いい子だねぇ
はむ」
優愛は影の気の良さに感心しながらわたしの右手にあるみたらし団子を一つ食べた。
「ちょっと!わたしのなんだけど!弁償を要求す~~~」
わたしは優愛の手元にあるラテのストローに口を持っていった。
「ん~だんめ!!
いくら間接キスが欲しい私でも、このラテはダメーー!!」
ちょっと余計な単語が入っていたが、まあいいだろう。ともあれそのラテはいただく。
というかみたらし団子の時点で間接キスでは?
わたしと優愛が戯れていると、後ろで何やら影の声が聞こえる。
ーー影視点ーー
目の前で謎の攻防戦が繰り広げられる中。俺は隣でわらび餅を食べている夜西さんに視線を移した。もちろん夜西さんが買ったわらび餅だ。でも荷物はあの男に持たせるらしい。
さっきから後ろに一定の距離で明が付いてきてる。
夜西さんはおそらく気づいていないだろうが、昨日一昨日、なんだかんだあっていたから少し寂しそうだ。
明ももう少し近づいてくればいいものを、夜西さんから距離を取っているらしい。
…………昨日。少し言い過ぎただろうか。
「夜西さん」
「なんだ?」
夜西さんはわらび餅を両手で大事そうに持って、ふっとこちらに顔を上げて答えた。
やはりこの人はどんな画角でも似合っている。
少し吹く風の靡く音さえ風流だ。
「今日の最後、清水寺に行くじゃないですか」
「ああ、そうだな。時間的に日が落ちていそうだが」
「そうですね、帰るころにはそうでしょう」
夜西さんを呼び出すのは極めてシンプルだ。明と違って、言えばいい。
「清水寺からバスに乗り込むまでの時間に明が話したいことがあるらしいです」
「…………話したい事、か」
夜西さんが少し声量を下げて言った。
わらび餅を見つめながら何かを考えているようだ。
「待ってれば来ると思いますので、会ってやってください」
「…………ああ、分かった」
夜西さんはそう言ってパクっとわらび餅を食べきった。
手持無沙汰になったからか、晴斗?という人からバッグを回収しに歩行速度を上げた。
明はおそらく、告白はしない。
なぜなら、あいつは夜西さんが好きでも付き合う欲望がない。
いや、訂正しよう。欲望を表に出さないのだ。俺がいるから。
だから濁す必要があった。あいつは夜西さんと二人っきりというのは避けたがるだろうから。
でも夜西さんは違う。付き合いたいし告白もしたい。
ならこの恋。夜西さんがどうやって明を落とすかにかかっている。
最初は確かに、早く付き合ってしまえと思った。でも、そんな簡単じゃない。これはただの両方想いじゃない。片方にブレーキがかかっている。
明の、俺の従者であることへの思いを引っぺがし、ブレーキを外す。それは一重に、夜西さんの、思いの強さにかかっている。
ーー明視点ーー
「じゃあな!」
夕方。清水寺にて、俺は友人と別れてから人ごみを後ろに感じながら手すりを掴んだ。
大きなテラスのようになっているこの踊り場は、南を向いていて横から夕日に照らされている。
夕日も赤いというのに、紅葉の椛などの葉も、また眩しいくらいに色づいている。
日が暮れればライトアップされるだろうこの場所は、やはり時によって姿を変えるらしい。
この雑多の声を聴く耳も、今はどれだけ機能しているだろうか。
「…………」
横に誰かが俺と同じように手すりを掴んで外を眺め始めた。
俺はそのなんとなくの気配と、夕日によってさらに目立つ藍色の髪に、見ずとも誰だか分かった。
どうやら主人は俺を騙したらしい。
「夜西…………さん」
俺は勇気を振り絞ってそう声をかけた。
少なくとも最近はしゃべることがあった。図書館は俺の幸せな空間だ。
でも、なぜだか今回ばかりはどこか緊張してしまう。
「…………話が。ある、って聞いた」
人ごみのせいだろうか、夜西さんはかなりもごもごとそう言った。
よかった。この耳もまだ使えるらしい。
目は、少し赤らんだ耳をとらえている。夕日か?
というか、あの主人はそういう体で呼び出したのか。本当に狡い方だ。
まあ嘘をつく必要はないか。
「それはちょっと俺が聞いていた話と違うな
誰から言われたんですか?」
「…………満月君に」
「自分はその人に、用があると言われて来た」
少しの静寂。
どうやらあの人はおせっかいを働いたらしい。
きわめて影様らしくない。こういうところでは、干渉しない方だと思うのだが。
…………何かあるんだな。
「そういう、ことか…………」
どこに納得したのだろう、さっきまでの訝しみのような雰囲気が晴れた。
どこまでも表情のないこの人は、横顔まで綺麗なんだな。
「満月君とは、腐れ縁と聞いてる、けど」
「まあ幼馴染ではある、けどまあ最近はめっきり飽きられてるかもな」
「そういう人には、見えない」
「まあお優しい人だから」
俺はそう言ってから少しまずいと思った。
お優しい、なんて普通言わないだろう。
まあ、この人ならいいか。
「私が頼んだんだ」
夜西さんは吹っ切れたかのように少し声を大きくしてそう言い放った。
前髪が風で後ろに靡いて顔がよく見えるようになった。
ふわっと、甘い匂いがする。
「頼んだ?」
「手伝ってくれと」
「…………何を」
これは訊いていいのかと迷ったが、聞かなければここから去ることができない。後悔か、幸せか。いづれも決断しないと得られない。
「こういう状況を、だ」
こう。と言った夜西さんはこちらに向き直った。俺も片手を手すりから降ろして向き合う。
俺の後ろから指す夕日は夜西さんの顔を綺麗に照らしている。
こういう。どういう?
清水寺に、二人でしゃべられる状況。いや、それだけじゃないだろう。きっともっと俺たちの変化すべてをひっくるめた。そういう状況。
「私は」
夜西さんは初めての表情をして言い出した。
どんな表情を見せたとしても俺にとっては初めて見る。いつだって無表情な夜西さんだからだ。
でも、そんな、涙を出しそうなのに笑っている表情は、少し心苦しい。
こっちの心まで動揺してしまう。
夜西さんは唇を離して、再度言う。
「私は明さんのことが好きだ」




