第七十八話 修学旅行② 奈良
「鹿だ~~~~!!!」
一日目の目的地である奈良に到着したわたしたちは、バスに荷物を置いて早速奈良公園で鹿と戯れていた。
「あわわわ…………!」
さっきまでの威勢のあった優愛はどうもシカに好かれやすいようで、もう囲まれて逃げられなくなっている。目当ては手に持った大量の鹿せんべいっぽいけど。
凛はさっきから鹿から逃げている。
鹿に追いかけられているのではなく逃げている。
寄る鹿来る鹿すべてよけている。
おそらく鹿が苦手なのだろう、表情がかなり恐怖が買っている。
「ん…………」
そうやって周りを見ているとわたしの後ろにいつの間にか一匹の鹿が寄ってきていた。
わたしは手に持っている鹿せんべいをそのウルっとした目の鹿に与えた。
ぼりぼりとすんなりと食べてくれた。
「なかなか愛らしいものだな」
すると夜西さんが周りの木々を見ながらこちらに歩いてきた。
風に髪が揺れて素晴らしく風流なのだが、見上げている先には少し目線を下げれば明さんがいる。
そう思うと夜西さんカワイイ。
「いいの?向こう行かなくて」
わたしの隣で足を止めた夜西さんにからかうようにそう言った。
「…………!
無理…………」
そう言って夜西さんも鹿にせんべいを与えた。
さっき影からのメールで「自信あるそうです」ということだったが、どうしてか弱気に見える。
「助けて~~!!!」
「助けろ~っ!!」
とうとう優愛と凛が助けを求め始めた。
「少し行くか」
「うん」
わたしと夜西さんはそう言って二人の方に向かおうとした。
すると後ろからさっきまで影と一緒に夕君がすっと走り抜けていき、凜のほうに向かった。
凛は夕君に手を引かれて日陰のベンチに連れていかれた。
なかなかイケメンなことをするんだな。
「どうしたんですか」
後ろから小走りで影が走ってきた。
「優愛のこと助けようと思って」
「…………ああ、なるほど」
影は優愛のほうを見ていろいろと悟ったらしい。
「行ってきましょうか?」
「いいの?」
「はい」
影はまた小走りで優愛のほうに向かって行った。
するとなぜか優愛の手に持ってる鹿せんべいを影のバッグに入れて、影が走り出した。
すごいスピードで。
「あ~~ひどい目にあったぁ」
鹿の群れから逃れた優愛がそう言いながらこっちに寄ってきた。
「あんなにいっぱい鹿せんべい持ってたらそうなるよ」
「はーい」
優愛はそう言って肩を落とた。
「逃げれました」
影がそう言って戻ってきた。
すると優愛に一束だけせんべいを渡した。
「その、持つなら一束ずつ…………で」
「うん!わかった!
ありがとね!」
優愛はそのせんべいを取ってまた鹿のほうに勢いよく向かって行った。
あれだけ囲まれてなお鹿を恐れないというのはなかなかすごい。
「…………素直な人ですね」
「まあそういう子だから」
感心するように言う影にわたしはすこし感傷気味に言った。
ん?それってわたしが素直じゃないってこと?
まあいいけど。
「ちょっと自分夕のとこ行ってきます」
「は~い」
影はさっき夕君の行った方向とは少し違う方に向かって行った。
どこへ行くきなのだろう?
というか、あっさり夕君のことを呼び捨てにしているのはどうしてなのだろうか。
ーー影視点ーー
俺は鹿せんべいを携えながら、明のグループの近くまで行った。
「はは!マジで食べんじゃん!」
そう言ってはしゃいでいる明に、俺は背中を向けた。
すると向こうも後ろ歩きで俺のほうに背中を向けてきて、背中合わせになった。
「俺にずっとついてくるつもりか?」
「そうですよ」
二人とも小声でそう応答した。
薄々、新幹線の時から俺に付いてきている節があったがやはりそうか。
「じゃあちゃんと夜西さんのこと守ってやれよ」
「…………!!
影様を、ですから…………!!」
俺はちょっと取り乱している明を置いて葉菜のもとに戻った。
ーー葉菜視点ーー
「おっきーーーー!!」
東大寺に来たわたしたちは、その巨大な大仏(廬舎那仏?)を見ていた。
その大きさに優愛は大はしゃぎだ。
大きさもさることながら、なかなか周りも絢爛なものが並んでいる。
「ふむ」
夜西さんは持参のカメラで大仏を撮っている。
かなり本気で。
「夜西さんは歴史好きなの?」
「ああ
歴史を知っていると本が面白くなるからな」
夜西さんは胸の前にカメラを持ってそう答えた。
…………そんなセリフ、言ってみたい!
向こうでは凛と夕君が話している。
夕君が大仏を見上げながら凛に教えを享受しているらしい。凛は大仏を見上げながら首を縦に振っている。
夕君も凛の扱いに慣れているっぽい。
影は一人で大仏の足元を見ている。
「何してるの?」
わたしは影にそう問いかけた。
「いや、こういう模様とか塗装とか今やろうとするとどれだけ大変なんだろうと思って」
「へ~~そういうこと考えるんだ~~」
「…………!」
わたしの肩の上から顔を出してそう言った優愛に対して影は体をびくっとさせながらも、身を引いたり足を下げたりするのはこらえていた。
それを自覚した影は一息胸をなでおろしながら息を吐いた。
これが成長か。
「お~~い!!
でけぇぞこれ!」
これは明さんの声だ。
なかなか偶然に出会うものだ。
振り返ってみてみると、明さんは後ろ歩きで友人たちと話していて、真後ろにいる写真に夢中な夜西さんに気づいていないらしい。
「「あたっ」」
とうとう明さんの背中と夜西さんの腕がぶつかった。
「「…………」」
二人とも割り切れない気まずい顔をしながら少しずつ距離を離していった。
「…………甘いですね」
「甘酸っぱいね」
「葉菜ちゃーん
何の話ぃ?
スイーツ食べ行こうよ!」
わたしと影は一回顔を見合わせてから「大丈夫でしょう」というアイコンタクトを取り、優愛の言う通り大仏殿を出て、土産屋へみんなで向かった。
みんなで買ったプリンはなかなかおいしくて、優愛の言うことも中々いいこともあるものだ。
夕君と凛は一つを半分こしていたから、優愛がうらやましがってわたしにあーんをねだってきたのは面倒だったけど。
もう夕方だ。
随分赤い木々と空の赤が溶けている。
先生からホテルへの案内が来て、わたしたちはまたバスに乗り込んでいった。
ーーーーー
「ふぅぅぅぅ…………!」
部屋に着くなり、凜は二つ目のベッドにバッグを放り投げてそのまま倒れこんだ。
「疲れたぁぁぁ」
わたしたちが各々好きなベッドに行く中、凜はそう言って動かなくなってしまった。
「まあ、移動って疲れやすいからね」
「私葉菜ちゃんの隣ーーー!!」
結局、ベッドは夜西さん、凛、わたし、優愛という順になった。
男子二人は、別の部屋で相部屋だ。
夕君と影は仲があるっぽいし向こうは大丈夫だろう。
「すぐに夜ご飯だが、まあ、少し休んでいてもいいか」
夜西さんはそう言ってベッドに静かに座り込んだ。
なんか所作が優愛よりお嬢様だ。
「葉菜ちゃん!
今なに考えてたー?」
「いやぁ?
何もぉ」
「絶対失礼なこと考えてた!!」
わたしはベッドに座る暇もなくこの狭い部屋の中で追いかけまわされてしまった。
「うるせぇぇぇーーーー!!」
凛は足をバタバタとしながら耳を掛布団でふさいだ。
夜西さんはなんだいつもに増して真顔だ。
真剣というべきか。
ーー影視点ーー
「…………夜ご飯、行く?」
部屋について早々、夕はそう言って来た。
夜ご飯までかなり時間がある。
今から行っても、会場でかなり待つことになる。
「一旦荷物置かね?」
「そ、そうだね」
本当に入って早々、まだ靴も脱いでいない状態だった俺たちはやっと部屋に上がった。
二人部屋なもんで、ちょいと狭いが、まあ十分だろう。
俺は荷物を窓側のベッドに置いてベッドに座り込んだ。
夕も同じく荷物を置いて座った。
…………気まずい。
なぜ気まずいか?
文化祭の日の俺たちの別れなんだったよ。
あんなちょっと感動的な?別れしといて、今「やあ」とはならん。
まあ、今は二人きりだ。
少しぐらい普通に接してもいいんだが。
「…………夜西さんとつながりあるんだね
意外…………」
「ん?ああまあな
ちょっといろいろあって」
「色々?」
「いつか言うよ」
「うん」
時間ってのは不思議で、そんな一言達だけですぐ過ぎて行ってしまった。
今日初めて夕の笑顔を見た気がして少し安心した。
ーー夜西視点ーー
「…………」
「葉菜ちゃーん」
「ハイハイ」
夜ご飯も食べ終わり、私達はお風呂に入っていた。
向こうでは波島さんと四栁さんが互いの体を洗っている。
「よいしょ
隣失礼」
お風呂の中でそう観察していると、隣に水尾さんが来た。
「あの二人は仲がいいのだな」
「てよりも、付きまとわれているようにも見えるけどな」
水尾さんはあきれたようにそう言った。
主人を愛す首輪の無い犬と、飼いならせない飼い主。
ふむ。しっくりくるな。
「にしても、やっぱスタイルいいんだな…………」
「?」
水尾さんは下から上に目線を滑らせて言った。
「君だって立派なものを持っているじゃないか」
「うるせ…………」
「なぁにしてんのぉ!」
「うお!」
突然後ろから入ってきた四栁さんに、首に手を回された水尾さんは驚いてそう体を震わせた。
すぐに、水尾さんの目線が下に行った。
「…………胸お化けが」
「胸お化け!?」
そう言われて後ろに体をそらした四栁さんは、それを少し揺らしながら驚いた。
「そうそう、優愛は少しぐらいそれを切り落とすべきだよ」
波島さんが四栁さんの隣に静かに座った。
「そんなこと…………
いや、切り落として移植すれば実質…………」
「キモいこと考えないで」
「あいた」
何かとんでもないことを言おうとした四栁さんに波島さんがチョップを仕掛けた。
なかなか優しいチョップだ。
こういう。和気藹々さには久しぶりに会ったな。
それこそ、記憶がないくらいに。
ーーーーー
「ふう
いい湯だったな~~」
お風呂から上がった私達は、部屋に戻る廊下を歩いていた。
「あとで男子部屋凸るぅ?」
「やめといたほうがいいと思うなぁぁ」
四栁さんが悪だくみの顔をしながら言うと、波島さんが苦笑いしながらそう言った。
「…………わたしは賛成」
「なんで」
少し恥ずかしそうに水尾さんはそう言った。
『どこ行くんだよぉ!』
「…………!」
今。なんか明さんの声が…………
「夜西さんはどうする?」
「え」
四栁さんが私の顔をのぞいてそう言って来た。
私は反射で足を止めてしまった。
「わ、私は少し用を思い出した
先に行っていてくれ」
「そっか!
じゃあ後でね~~」
というわけで、三人は私を置いて廊下を進んでいった。
私は肩の力を抜いてから、さっき聞こえてきた声のほうに、足音を消して歩いて行った。
ーーーーー
ホテルの東階段。
私は足を止めて、壁に隠れて立っていた。
向こうの階段の踊り場では、明さんと一人の女子が向かって立っている。
「陽君、ごめんね
急に」
「大丈夫だよ。どうせ部屋も暑苦しいからな」
そわそわとした女子の声と、元気な明さんの声が聞こえてくる。
「…………」
ああ。わかってる。
今から起こりそうなことぐらい、私でも予想が付く。
『告白』だろ?
正直思っていた。
私はあまりに遅すぎるのではないかと。
修学旅行マジック。ああ、ある。確かにある。今私が望んでいるものだ。
しかし、どうだろう、それを同じ人に向かって多数の人が望んでいたら。
成績優秀。顔もたち、明るい性格。優しくて、一軍のトップ。
そんな明さんに、私だけが思いを寄せている?
ありえない。ほぼ確実にもっとたくさんいる。
だから、この修学旅行マジックを起こすためには条件がある。
最も早く告白すること。
つまり早い者勝ち。
先を越されることが、この四日間の最悪なシナリオ。
そんなことはわかっていた。
分かっていたが。
…………勇気だけは、出なかった。
私はどうやって告白をしようと考えていた?いつしようと思っていた?
そういうことをできる限り考えずに、未来を先送りにしていたから、こうやって負けるんだ。
いつだって私は、人が苦手だった。だから私の周りからは人が消えていく。
また一人。今日。この瞬間にも。
「好きです!付き合ってください!」
雑談と、笑いを起こしながらしゃべっていた二人は、気づけばそんな告白がなされていた。
本当に、告白目的だったのか…………
「…………!
ありがとう、小春ちゃん」
小春。という名前なのか。
覚えておこう。私が目指すべき、勇気を持った人の名前だ。
これからこの二人は付き合っていく。
いつまで続くだろうか?結婚まで行くだろうか?
恨みよりも、幸せを願っておこう…………
「え…………」
気が付くと、一滴。涙のような液体が私の足元に落ちた。
いや、涙だ。悲し涙。
…………幸せを願っての涙なら、うれし涙だろう。でもこれは絶対に違う。
やっぱり。失恋には恨みを持ってしまうのか。
「でもよ、そういうのはもっといい男にとっておいた方がいいぜ?」
…………ん?
明さんは何を言っているのだろうか。
それじゃまるで、振るみたいな口ぶりじゃないか。
「ど、どういうこと?」
「気持ちは嬉しい。人に好かれるってのはいいことだ
でも、俺はもう心に決めたやつがいるんだわ
その言葉は返すよ
もっと運命だって思えた男にあげてやってくれ」
…………振ったのか?
修学旅行マジックは?
っていうか『心に決めたやつ』って?
ああ。もう。
涙の意味が…………変わるじゃないか。
「えっと、その…………」
「ほら泣くなよ!
小春ちゃん友達と修学旅行行くの楽しみだって言ってたじゃんか
…………ほら!!」
「うわ!」
少し覗くと、明さんが女子を持ち上げてクルクル回っていた。
「ほら、元気出たか?」
明さんはそう言って優しく女子を階段の近くに下ろした。
「う…うん!!
…………その、じゃあね!」
「ああ。また明日!」
そう言って、両者とも笑って別れて行った。
女子は勢いよく階段を駆け下りて、明さんはこっちに向かって歩いてきた。
「…………!」
私はすぐに走ってその場を離れた。
告白の現場というのは、のぞき見するものじゃない。
やるのだったらばれちゃいかんだろう。
今日。学んだことがあった。
一つは、『修学旅行マジック』なんてないこと。
二つは、『明さんには好きな子がいる』こと。
最後に、『フラれても笑っていられる』こと
ああ、やっぱり。
「明さんを、好きになってよかった」




