第七十七話 修学旅行① 出発
修学旅行初日の早朝。
わたしたちは新幹線に乗り込む駅のターミナルで並んでいた。
現地集合で朝が早いので、みんな顔が眠そうだ。
「はぁねむぅい~」
隣にいる優愛はあくびしながらそう口にした。
「昨日ちゃんと寝た?」
「寝ようと思っても寝付けなかったぁ」
「珍しいね
寝つきの良さが取柄なのに」
「そんなに私取柄無いの!?」
わたしの言葉に反応して優愛のふわふわとしていた声がいつもの元気のいいものに戻ってきた。
「一般の方の迷惑にならないよう早く乗り込んで下さ~~いぃ」
向こうでは担任が新幹線への乗車を促している。
周りにはたくさんの人がごちゃごちゃと散在していて、わたしたちのような修学旅行生は邪魔に思われていることだろう。
ふと後ろを見ると、少し離れたところに凛と夕君がいた。
二人とも楽しげに話している様子だ。
「あ」
そのまた後ろの方にある柱の陰に、何やら見覚えのある人影が見える。手をお腹の前に礼儀正しく組んで、鋭い目つきとよくわからない表情の少女。
夜西さんではなくて。
「どうしたの?葉菜ちゃん」
「いや、東さんって付いてくるんだっけ?」
「そのはずだよ」
「なるほどねー」
東さんはこちらに気づいて軽く会釈してくれた。
わたしも少し頭を下げた。
でも、あの様子じゃ護衛というよりかは背後霊的な、そういうホラーに出てきそうなキャラに見えてくる。
「…………いない」
「葉菜ちゃん。行こ?」
わたしがきょろきょろと周りを見ていると、優愛がそうわたしの裾を引っ張ってきた。
わたしたちはそのまま新幹線に乗り込んだ。
ーー影視点ーー
「人が多いな」
朝っぱら。俺は夜西さんとともに新幹線に乗る列に並んでいた。
ちなみに真後ろには友達と話している明がいるが、夜西さんは前みたいにたじろいでいない。
「…………荷物多くないですか」
俺は隣にいる夜西さんの周りにあるでかいバッグを見ながら若干引き気味に言った。
「ものが多いからな
これは美容品
これはおやつ
着替え
おやつ…………」
「おやつ多くないですか」
バッグを一つ一つ指さしながらそう言う夜西さんに、俺はすかさず突っ込んだ。
「腹がすいては戦ができぬというだろう」
「別に戦うわけじゃないでしょう」
一体この人には何が見えているんだろうか。
「…………明とはどうですか」
毎週木曜日。会っていることはほぼ分かっている。
問題は何か進展があったのか。
「毎週喋っているよ」
「そうですか」
「ああ、もう不安はない」
おお。
そこまで言うくらいの親密さか。
俺は少し明のほうに手で『あっち向いてろ』とジェスチャーした。
「そんなに喋っているんですか」
「ああ、毎週約十分少々…………」
「…………え?」
十分。
いや分からない。これは長いのか短いのか。
恋路から最も遠い男にはわからない…………!!
「ちなみにそれ以外の時間は何を?」
「本を読んでいる」
「二人とも…………?」
「二人とも」
俺はそれを聞いて質問をやめた。
そう言えば思い出したのだ。
夜西さんの『恋人』のハードルの低さを。
男女がしゃべっていることはすなわち『いちゃつき』であり『恋人』同士の行動である。と思うくらいに夜西さんはそこのハードルが低かった。
本人の不安を誘導するようなことはしない。
しかもこれは俺と葉菜にとってある程度結果が見えていることでもある。
でも、この夜西さんの認識のずれを見るとなんだか無性に俺のほうに不安が込み上げてくる。
…………あとちょっとしたイラつきも。
ーーーーー
「…………なんで自分が隣なんですか」
新幹線に乗り込むと、おもむろに夜西さんが俺の隣に座ってきた。
どうせグループで一緒に周るというのに、なぜわざわざそんなことをする必要があるんだ?
「後ろを見ろ」
「…………?」
俺はそう言われて、首と目線を夜西さんの後ろの席に動かして耳を澄ませた。
「トランプやろうぜ!
どうせ持って―――」
明だ。
こいつ、さっき並んでるときから思っていたが修学旅行中ずっと俺についてくるつもりか。
俺は意識を前に戻した。
「…………何してるんですか」
夜西さんは椅子の前のほうに姿勢を正して座っていた。
「気にするな」
「…………席変わります?」
「…………そうしようか」
俺と夜西さんは新幹線が出発する前に席をチェンジした。
夜西さんはおそらく後ろに明がいて背中為替になっているという事実に耐えきれなかったのだと思う。
新幹線はすぐに動き出して奈良へ走り出した。
頬杖をついて外を眺める夜西さんの横顔は、誰かを思いだたせる様だった。
ーー葉菜視点ーー
「スピーーー…………」
「寝てるし…………」
さっきまで「窓側がいい!!」と叫んでいったのはどこへ行ったのか、優愛は隣でぐっすりと寝てしまっている。
「興奮で眠れなかったんだろ」
席を回して見合っている凛は隣にいる夕君の方に腕をまわしながらそう言った。
もう新幹線が動いてから大分時間がたった。
優愛もこれだけ寝ていれば到着先ではさぞ元気なことだろう。
「…………」
相変わらず夕君はうつむいて目を合わせてくれない。
しゃべったことこそないが、今日から三日間一緒に過ごすのだ。
ちょっとくらいかかわりを持っておきたい。
「夕君は凛と仲いいの?」
「名前…!まあいいか…………」
わたしが夕君にしゃべりかけると凛が反応してきた。
「…………ん、うん
その、まあ」
「幼馴染とか?」
わたしがそう聞くと、夕君はブンブンと首を縦に振った。
やっぱりしゃべるのは苦手なのだろう。
あんまり無理に話しかけることもないか。
「…………はっ!!」
そんなことを考えていると優愛がいきなり体を起こした。
「やばい!寝てた!」
「おはよ、優愛」
優愛はすぐにバッグの中を探り始めた。
「別に寝ててもいいんだぞ
昼飯の時起こすから」
「駄目だよ!
折角の新幹線なんだから!」
そう言って優愛はカードを取り出してわたしたちに見せてきた。
「テッテレー―
何じゃ者ジャ~~」
「カードゲームか」
「うん!!
四人でやろ!!」
そう言われて夕君は一瞬体をビクンと震わせたが、しぶしぶゲームは始まった。
ーーーーー
さて、皆様にカードゲームのルールを説明しよう。
カードにはイラストが描いて会って数は数種類。
つまり何回か同じ絵柄が出てくる。
そこで。
裏返しにしたカードの山を置く。
トップのカードを一枚めくる。
初めて出たイラストだった場合。名前を付けて山の下に。
二回目以降に出た場合。最も早くイラストにつけた名前を言った人がカードをゲット。
最後にゲットしたカードの枚数が一番多い人が勝ち。
つまり記憶ゲーである。
そう記憶ゲーなのである。
「クッソ…………」
「うわぁぁぁん!!」
「…………ふっ」
わたしの圧勝ということである。
凛や優愛が悔し涙を流す中、わたしはカードで風を仰ぎ、勝者の笑みを浮かべた。
「わたしが記憶勝負で負けるわけがなかろう?」
「記憶お化けがよ!」
そう言われても、実際そうなので何も傷つきはしない。
わたしは体を乗り出して睨みつけてくる凛から視線を外して夕君のほうを見た。
よく見れば、二位は夕君か。
しかも、わたしの圧勝ではなく夕君とは意外といい勝負している。
小声だったけど、少し高めの声だから聞き逃すことはなかった。
途中途中「ちゃんとゲーム参加してくれるんだ」とも思うくらいにはゲームを楽しんでる様子だった。
夕君は人と話すことが苦手なだけで、人とのかかわりそのものには恐怖はないらしい。
「もう一回!もう一回やろ!!」
「また勝つよ?」
「いいからやるぞ」
優愛のねだりに凛まで乗ってきた。
しかもすでに夕君がカードを回収し始めている。
やるしかないのか。
そのあともトランプとかしりとりとかしながら時間を過ごしていった。
途中で出てきたお弁当はめちゃめちゃおいしかった。
味は影の料理と肩を並べるかな。
~旅のしおり~
一日目
駅現地集合
移動開始(途中乗り換えあり)
奈良到着
見学
ホテル
就寝
二日目
起床
移動
大阪到着
見学
ホテル
就寝
三日目
起床
移動
京都到着
見学
ホテル
就寝
四日目
起床
移動
お土産屋さん
琵琶湖昼食
移動
到着解散




