第七十六話 最後の会議
翌週月曜日。
授業が終わった後。わたしは図書室に向かっていた。
今日は夜西さんの恋事情会議の日だ。
先週。つまり体育祭の翌週は修学旅行グループの顔合わせでつぶれてしまったが、今日は夜西さんからの招集があった。
とっくに十月になり修学旅行が近づいてきた今、何か話したいことでもあるのだろうか。
図書館に着いて、わたしは扉をガラガラと開けた。
中にはすでに二人とも机の周りに座っていた。
「…………何してんの?」
「あ…………」
薄暗い、電気もついていない図書館の中。
影は肩に何か頭を乗せながら硬直していた。
わたしはその光景を見ながら部屋の電気をつけた。
一瞬のホワイトアウトののち全容が明らかになった。
「…………サイテー」
「いや!これは違くて…………!!」
「女の敵」
「うっ…………!!」
影の肩には目をつむった夜西さんがいた。
これから好きな人との恋路を進もうとしている人にこんなことするなんて、なかなか影も低能である。
「んん」
「あ…………」
夜西さんは光が嫌だったのか、唸って影の肩に目を当てるようにまた寝入った。
「…………助けてくれません?」
「サイテー」
わたしはそう言いながらも、影たちとは逆の位置に座った。
ーーーーー
「んっ、んん…………!
失礼した」
結局、わたしたちは夜西さんを起こした。
影曰く、わたしが来るまで無言で待っていたら、うとうとし始めた夜西さんがそのまま肩に乗ってきたらしい。
そういうことならば仕方がないと妥協し、二人で夜西さんの体を揺らしたのだ。
なんだろうか。寝ていた時のほうが今の本を抱いてヘッドホンを肩にかけている夜西さんより表情があったような気がする。
「寝不足なんですか?」
「少し、最近なかなか寝付けなくてな」
影の心配に机の横に立ってわたしたちを見ている夜西さんはそう答えて、姿勢を正した。
「なんか用でも?」
「いや、忙しいというわけじゃない
ただ、最近はあまりに疲れることが多くて…………」
先週の木曜日、何かあったらしい。
「それよりも、君たちに伝えたいことがいくつかあったのだ」
わたしと影はその言葉を聞いて夜西さんのほうをちゃんと見上げた。
すると、夜西さんは髪を垂らしながら深く頭を下げた。
「ここ数週間。本当にありがとう」
「え」
予想外の行動にわたしたちは言葉を失ってしまった。
「君たちのおかげで、私の停滞していた歩みは確実に進み始めている
感謝してもしきれないほどに」
「…………いいんですよ別に
わたしたちも好きでやったことですし」
わたしがそう言うと夜西さんはゆっくり顔を上げた。
「そう言ってくれるのはありがたいが、私は一つ決めた
修学旅行までは私一人で頑張ってみようと思う」
「…………いいですね」
夜西さんの覚悟はそうして固まったらしい。
影のおそらく死ぬ気で探した相槌は正解だったようだ。
「だが、私はやはり不甲斐ない
故に修学旅行の日は、二人にも手伝ってほしい
私の背中を、ただ押してほしいんだ」
つまりは、夜西さんは告白をしようと決心したんだろう。
「いいけど、夜西さんはいいの?早いとか思わない?」
「思わない
私と明さんは週に一回会うくらいの関係だ
それで関係を創っても恐らくある一定の場所で停滞する
それならば物は早いほうがいい」
「そうですか」
否定とも肯定とも取れない影の返事に場の空気が一瞬止まった。
「――明は相手のことをよく知ろうとする奴です
その代わりよく自分を隠すんです
できる限り素で仲良くしてやってください」
「…………分かった、ありがとう」
夜西さんはそう影に言った。
「わたしはほんとに声をかけることしかできないけど、頑張ってね」
「ああ」
夜西さんはそうして、席に戻った。
いつも影は含みのある言い方をするものだ。
何かに気が付いているのだろうか?
ていうか、夜西さんが隣に来ただけで一瞬で目逸らすとか、さっきまでのかっこよさが地に落ちていくな。
「ところで二人とも、先週の顔合わせではまるで初対面のようにしていたが、何かあったのか?」
「すぅ…………」
「あ~えっとぉ」
なんだか自然と知らない振りをしていたが、そう言えばここでかかわりがあった。
「わ、わたしの友達、優愛っていう子いたでしょ?
その子、わたしが男子と会ってるとかなるとかなり怒ると思うから、できればこの会議のこととか諸々秘密にしてくれない?」
「なるほどな、分かった
それくらいのことならば任せろ」
そんなところでわたしたちは解散となった。
やはり影は図書館に残って本を読むらしい。
すっかり図書館の住民になってしまったのはいいことなのかどうなのか…………
ーー十数分後ーー
「あ、葉菜ちゃん!」
下駄箱に行くと、優愛が待っていた。
「あれ、帰ってなかったの?」
「うん
一緒に帰りたかったし」
わたしと優愛は一緒に靴を変え始めた。
「凛は?」
「今日は部活だもん」
とすると夜西さんは兼部だから図書室に居られるのかな。
よく思えば吹奏楽部と図書部兼部とはなかなかにすごいことだ。
靴を履き替えた後、わたしたちは校門から出た。
「もう十月か~」
「寒くなってきたねぇ」
そろそろコートを出さないといけない時期になってきた。
「修学旅行の時期は紅葉してるかな」
優愛は歩道にそびえる木を見ながら言った。
ところどころ色が違う。
「してるんじゃない?
今年は寒くなるの速いし」
例年に比べて、今年は若干温度が下がるのが速いと思う。
「じゃあ、冬。雪とか降るかな」
「かもね」
この町は毎年雪が降るようなところではないが、時折降ることがある。
それこそ昔。優愛と一緒に見たものだ。
そうしてわたしたちは歩いて帰った。
ーーーーー
だんだん紅葉していく木を見つつ、時は過ぎ、修学旅行の日は近づいて行った。
どうやって回るのか、どこを見るのか、部屋割りはどうするのか。
そんな話し合いも段々増えていき、影もそれなりに打ち解けていた。
青羽夕君はそれでも、なかなか人としゃべるのは苦手なようだ。
このカウントダウンは、同時に夜西さんの大切な日への物でもある。
一日一日いつものようで、大切な日々を過ごしながら修学旅行は始まっていく。




