第七十一話 大繩・借り人・リレー
「不甲斐ないです…………!!」
ちょっとグラウンドよりも奥に入ったところ。
アーチェリー部が使っている的があるところにて、俺と明は今のところ何も起きていないことについて話していた。
もう、大繩は始まった頃だろうか。
「いや、別にいいけれども…………」
こっちとしては、何か進展があってくれないと、ちょっと困る。
体育祭の後に会議で何をどうするかまとまらなくなってしまうし、夜西さんがかわいそうでもある。
この両片思いめ…………
「あとは、借り人か…………なんかできるか?」
「いざとなれば、競技外で関わりを持とうと思っています…………」
「…………」
別にこいつに手伝ってくれと頼まれたわけじゃない。
でも、夜西さんの恋を手伝うこと=明の恋を手伝うこと、につい最近変わったのだ。
何か手があればいいんだが。
「お前のあの陽キャパワーは夜西さんに向けれないのか?」
「そんなの!引かれちゃうじゃないですか!!」
「でも今のキャラで関わるならともかく、あの陽キャで関わるなら避けては通れんだろ」
「それはそうですが…………」
どうやら本人の中で心持がきっぱりしていないらしい。
こういう時無理を言うのは違うな。
「ま、無理することないけど、まずいと思うなら頑張れよ?」
「…………」
明はなんだか決まらない顔をしている。
「…………なんだ?」
「いえ、その…………」
すごく言いづらそうだ。
どうしたのだろう?
「なんかあるなら言っていいけど」
「では申し上げます」
そう言って明は巣っと背筋を伸ばしてきっぱり言った。
「あなた様のような方にそう言われましても、何一つ響きませんでした」
「…………おぅ…………」
俺は体を翻して明に背を向けた。
俺みたいな奴(陰キャで意気地なしで不登校未成年飲酒者etc)に言われても、まあ確かに。
夜西さんが俺を頼ってくれるので勘違いしていたが、俺は恋愛のRも知らない人間だった…………!!
「じゃ、じゃあな
また後で」
「あ、お待ちください!!!」
俺はそのままあは知ってその空気から脱出した。
ーー明視点ーー
主人が逃げてしまわれた。
それはもうすごいスピードで。
私は伸ばした手をまた腹の前に組んで、笑みをこぼした。
「そんなに走れるのでしたら、リレーは心配ございませんね」
あの方はもともと運動はできる方でした。
それを見越した母様が影様を一度陸上部に入部させたのです。
誰よりも速かったです。
昔からそういうことをするのが好きで、まともに運動会に出たことがなかったからこそ驚きでした。
結局少しして面倒と言い始めて退部されましたが、今も運動が嫌いなことはないようですので、大丈夫でしょう。
影様の唯一の使用人として、主人の晴れ舞台。今日はちゃんとこの一眼レフでしかとお撮りします!!!!!!
ーー影視点ーー
グラウンドに戻ると、もう大繩は終わっていた。
『全校生徒はグラウンドに集合し、クラスで四列に並んでください』
そんな放送があちこちでかかっている。
借り人とリレーは全校生徒で見て、そのまま閉会式まで行うのだ。
それがまた、俺のこのいまにも吐きそうな緊張と不安の元凶でもあるのだけれども。
俺は、自分のクラスの旗が掲げられているところに歩いて向かった。
ふと隣のクラスを見ると、さっきまで話していたはずの明がもうそこにいた。
あいつはおそらく姿現しか何か使えるのだろう。
「おい、満月!」
後ろからそんな男の声が聞こえたと思えば、肩をがっしり掴まれてしまった。
「アンカー頼んだぞ~~!!」
どうやら一人じゃないらしく、もう何人かのガタイのいい高身長の男が絡んできたらしい。
「あ、はい…………頑張ります…………」
「おう!」
「うっ…………!」
そうして背中を一度張り手された。
「これ、付けてくれよ」
そう言われて手渡されたのは赤色のバンダナだった。
「これ…………」
「選手だって分かりやすいだろ?」
確かにそうだが、俺は髪を上げたくない。
まあ、髪あげなくてもいいか。
「お前の素顔も気になるしな!」
おっと、逃げ道が塞がれつつある。
「いや、髪はちょっと、上げづらいというか」
「でも走りづらくねえか?」
「それは…………」
走りづらくはない。
でもそう言ってしまえばきっと、自信があるようにとられてしまう。
なんて答えたら…………
「満月君」
そんな声が聞こえて顔を上げると、そこには夜西さんがいた。
「凪じゃねえか!
借り人の選手じゃねえだろ?いいのかよこんなとこにいて」
「まだ時間じゃないのでな」
夜西さんがいつもの片言じゃない。
やはり人数が少ないと大丈夫なのか。
男どもはみんな俺のことなんか忘れて夜西さんに夢中だ。
「それよりも、そこの男子に何か強いているように見えたが?」
「そんなことねえよ!
今から一緒に走るんだ、親睦って大切だろ?」
そう言って一人の男がまた俺の肩に腕をまわした。
「そうかもしれないが、あまり踏み込みすぎない方がいい
きっとその子は顔を見せるのが嫌なのだろう」
夜西さんの顔がいつもと変わらないはずなのに、少し怖い。
「そ、そうなのか?満月」
「え、まあ、はい…………」
俺がしおれながら言うと、男たちは一気に申し訳そうにして頭を下げた。
「すまなかった
こちらの態度が足りてなかったみてぇだ」
「いや、大丈夫です…………!
髪はあげませんが、バンダナ!つけますね!」
「満月お前…………」
そう言って男どもは顔を上げてから、俺のことを抱きしめたりなんだろして揉みしだいた。
「じゃ!リレー始まる前にアップしとけよ~~~」
好きなだけ俺のこと持ち上げたりしてから、彼らは二組の所に向かって行った。
「ああいう人たちはいい人が多い
あんまり言葉数が少ないと勘違いされても仕方がないんだ」
「…………そうですね」
何を言われようとも苦手は苦手だ。
でも、少し印象がプラスになった気がする。
ーー夜西視点ーー
満月君の手助けをした後、クラスで並んで、みんなとグランドにしゃがんでいた。
借り物は、各クラスから5名代表者を出し一人がお題のボックスから紙を取って、お題に沿った人を連れてゴールする。そして二番目の走者がまた同じことをする。という具合に進んで、先に五人がゴールしたところが勝ちだ。
三組のほうを見ると、明さんは列の一番後ろだ。
つまり最後の走者らしい。
「スタートーー!!」
火薬のにおいとともに競技は始まった。
少し興味があるのはお題の内容だ。
一体どんな内容のものなのか。
例年、結構攻めていた気がするが。
「五組の人ーー!」
まあ普通か。
「先生!」
まあ普通。
「今日告白した人~~!」
…………いや普通じゃないな。なんだそれ。
いるのか?
「は~~い!!」
いるのか。
「彼女いる人~~」
普通…………じゃないな。ちょっとさっきのほうが衝撃が強かったらしい。
「火食べたことある人~~!!」
「ニッケルハルパ持ってる人~~」
「マラカス壊したことある人~」
「封印されし右手がうずく人~~」
「スマホなくした人~~~」
最も驚くべきことはそのすべてに該当者がいることだ。
世界はどうも広いらしい。
「俺が好きな人!!」
向こうの知らん陽キャがそんなことを言って一人の女子を連れ出していた。
あんなのもあるのか。
もしも明さんが引いたら…………
ボン!
やばい頭が沸騰して爆発してしまう。
というかもうしてしまった。
見るともう明さんの番だ。
ボックスまですごいスピードで走っていった。
引いて、少し戸惑っていたがすぐにこちら、二組側に走ってきた。
ちょっと期待してしまった。
こちら側に来たということは、私のことを連れて行ってくれるんじゃないかって。そんなことあるはずないのに。
「しゃべったことない人ぉ!!」
そう言って明さんは私に手を差し伸べた。
「…………わたし?」
「駄目ぇ?」
そんなわけがない。
私はすぐにその手を取って、二人で走り出した。
少し転びかけたが、明さんはとっさに私の手を引っ張って引き寄せてくれた。
顔が熱い。
明さんってこんな横顔なんだ。
こんな声してるんだ。
こういう匂いなんだ。
息が荒い。走ってるからかな。
よく考えたら私の走る速度に合わせてくれてる。優しいな。
こんなに目がきりっとしてて、髪もサラサラなんだ。
そっか…………知らないことがこんなにいっぱい。
「明さん…………」
「なんすか?」
「閉館後の図書館
いつでも来て、いい」
「…………!
いいっすね!」
そうして私たちはゴールした。
「三組一位でゴーーール!!」
どうやら一位だったらしい。
「…………意外と、うれしいものだな」
「ありがとうございました、夜西さん」
「ああ」
そう言って私たちは手を放して離れていった。
名残惜しいのと同時に、今度話すのがこの上なく楽しみだ。
ーー影視点ーー
「話せましたか?」
ゴールのほうでは壇上でヒーローインタビューが行われている中、夜西さんが帰ってきた。
「ああ、話せたよ」
「どうでしたか?」
「期待するといい」
夜西さんはそう言いながらしゃがんだ。
少し顔のほてりが残っている。
「君はいいのか?
そろそろリレーが始まるだろう」
「ああ…………そう、ですね」
俺はしぶしぶ立ち上がった。
向こうの壇上では人が変わって明がインタビューされている。
夜西さんはあいつから目を離さない。
「緊張することはない
誰もが勝ちを狙っているのは事実だが、人の努力を見ようとしているのもまた事実だ」
「…………ありがとうございます」
俺は少し向こうにさっきのマッチョたちがいるのが見えて、そこに向かって走った。
着くと、みんなでちょっと走るということだ。
俺はみんなの横についてジョギングをした。
「満月!
上着は脱がないのか?」
「日光が少し苦手でして」
「そうか!」
やはり、とても素直な人だ。
俺みたいなひねくれものとは真反対の。
「お前がアンカーで、俺は今少しほっとしているぞ!」
「…………どういうことですか?」
「俺と満月以外もう息が切れているからだ」
周りを見ると、少しながら息が荒くなっている。
「勝ってほしい以上に、頑張れよ!!」
「はい…………!」
そうしてアップが終わり、生徒会と体育委員に誘導されて少し水分を取ってからグラウンドに立った。
「…………くそ」
やっぱり人の声と視線は嫌いだ。
どうしても視線が下に向かう。
「あ…………」
そうしているうちに、第一走者が走り出した。
始まってしまったんだ。
…………速い。
ガタイとは想像がつかない速さだ。
やはり俺が足を引っ張るらしい。
だんだん前にいる人が減っていく。
とうとう、俺の番が来てしまい、俺は位置に着いた。
今、俺のクラスである二組と五、六組がトップで並走状態だ。
このままくれば俺の足で順位が決まる。
よりによってアンカーとして最も緊張する場面だ。
勝たなきゃいけない。みんなの期待がある。
勝たなきゃいけない。みんなからの応援がある。
『誰もが勝ちを狙っているのは事実だが、人の努力を見ようとしているのもまた事実だ』
なんで逆説で、勝ちと応援があるんだ?
『勝ってほしい以上に、頑張れよ!!』
頑張ることと勝ちはイコールだろ?
何が違うんだ。
みんなどういう意味合いで言葉を使っているんだ?
頑張るってどういう意味なんだ?
ふと手を見ると、まだバンダナをつけていないことに気が付いた。
「…………結果じゃなくて、人の努力を見る…………」
そんな人の善意に甘え切った哲学。許されていいのか?
そんな都合のいい解釈…………
「「影!ガンバ!」」
「え?」
どこからか、そんな声が聞こえてきた。
見ると、うちのクラスの応援隊が見つかった。
みんな、怖いくらい笑顔だ。
「…………応援の意味を、はき違えるな」
俺はそうつぶやいてから、体育委員に脱いだ上着を放り投げ、バンダナをキュッと締めた。
後ろ十数メートルから足音が聞こえる。うちのクラスだ。
「え~~~い!!
頼んだぞーー!」
やるからには勝つ。
今の一番を出すことしか、その方法はないんだ。
俺は後ろに手を出して小走りを始めた。
「ほい!!」
そのバトンの感覚をしっかり確かめてから、俺は全力で走り始めた。
両隣にはまだあの二つのクラスがいる。
もっと速く走らなきゃ!
俺は足の回転速度を少し上げた。
「あ…………!」
すると無理が生じて足が絡まり、俺は転倒してしまった。
周りからの音が一瞬何も聞こえなくなった。
どうしよう。
こうなればもう一位は…………
『影、諦めないで』
静寂のように思える中からそんな葉菜の声が聞こえて、五感はやっと戻ってきた。
まだバトンの感触がある。握ってる。終わりじゃない。
「応援の、意味をはき違えるな…………!」
俺はもう一回立ち上がって、全力疾走をした。
全力疾走。言うだけならいいが、かなり難しい。
俺はもう、人を追い抜くとかじゃない。
自分の限界のドアをけり破って、走っている。
去っていく風景が見たことのない速さで変わっていく。
周りの人に気が付いたのはゴール数秒前だった。
気づけば両隣にさっきの二人がいた。
あと少し。あと一歩。少しでも速ければ…………
「ゴ~~~ル!!!!」
白線を踏むまでの短くとも、この上なく長い時間が終わるのと同時に、そんな実況の声が聞こえた。
「一位は…………」
俺は走っている勢いを殺しながら実況を聞いた。
「五組~~!!!」
…………二組じゃない。
すんででダメだったか。
「二着は二組でした~~」
俺はやっと止まって、芝生の上に倒れこんだ。
「はあっ、はぁっ…………!」
荒い息の音と、緑に落ちていく俺の汗が、かなり昔のことを反芻させた。
確か中一のころ。同じことがあって部活辞めたんだったか。嫌な記憶だな。
「満月…………!」
顔を上げるとそこには俺に手を差し伸べているさっきのマッチョ男がいた。
「すみません…………!俺…………」
そう言いながら俺はその手を取った。
すると突然がしっと握られて、体が空中に浮いた。
「そ~~れっ!!」
周りにいた男どもは俺のことをキャッチするのではなく胴上げの要領で、俺を持ち上げた。
「ちょっ…………これ…………!!」
「よくやったぁ!二位だぞ!
あの状況から巻き返せる奴はお前しかいなかった!!
胴上げだ~~~!!!」
「「「そ~~れ!ほ~~~~れ!!」」」
俺はかなりの恐怖を感じながらも、それを楽しんでいた。
思えば、中一の時はみんな俺に死んだ目を向けていた。
あの時より随分。いい気持ちだ。
結果は一緒なのにな。
そうして、閉会式が行われて、体育祭は終わった。
夜西さんの恋路も少し前進。
いい一日だった。
快晴。雲一つない空を見ながらの胴上げのあの景色。きっとこれから二度と味わうことのないものだったことだろう。
二学年全競技総合結果
一位三組
二位五組
三位二組
以下略。




