第六十九話 体育祭 昼休み
バレーの試合が終わった後、俺は教室に戻ってお昼ご飯を食べていた。
いつの間にかいなかった夜西さんは早くも教室に戻っており、弁当を出していた。
「…………やはり美味しそう…………」
夜西さんがこちらを見てそうつぶやいた。
人が多くて狭いところだと、夜西さんは少し静かに片言になる。
「…………食べますか?」
まだ一口も食べていないので、俺はお弁当をそのまま差し出した。
「君は食べないのか?」
「すこしのどの通りが悪くて」
さっきから食べようとはしているのだが体がまったく受け付けないのだ。
「体調不良…………?」
「いや、というよりも…………
もっと精神的な方です」
夜西さんがどの食材を取ろうかと選ぶ中、俺はそう答えた。
「確か、クラス対抗リレーのアンカー…………なってた」
「やめてくださいよほんと…………
それが一番ストレスなんですから…………」
「あまり、思い詰めること…ない」
そう言って夜西さんはヒョイと唐揚げをつまみ上げて口に頬り入れた。
「ごくん…………!
どうせ、君以外のメンバーはやる気だろうが、他の人はどうも興味がないからな」
「そうだといいんですけど…………」
夜西さんは唐揚げを飲み込むとまた吟味を始めた。
「ちなみに……気づいてるか?」
「何にでしょう?」
「視線」
そう言われて少し周りを見ると、男子はともかく数人の女子からもまるで針のような視線が俺に突き刺さっていた。
「…………それ全部あげます」
「そうか」
すると夜西さんは俺のお弁当を持ち上げて自分の机に持っていった。
俺は机の中からブックカバーのついた小説を取り出して読み始めた。
走るのなんていつぶりだろうか。
中学の最初。母さんに言われて陸上をやったぶりだ。
家では別に運動していないわけじゃないから体がなまってるわけじゃないが、走りとはまた違う。
どうせ、最後に全員に追い抜かされて終わるのがオチだろう。
「…………ありがとう
おいしかった」
そう言われて俺の机の上に俺の弁当箱が置かれた。
「もう食べたんですか?」
「お腹いっぱい」
どうやら、食い意地があるらしい。
「聞いていなかったですが、夜西さんって競技何やるんでしたっけ」
そう言えば、俺たちや明の競技ばかりで夜西さんのを知らなかった。
次がバスケ、玉入れ、大繩、最後に借り人とリレーという感じなのだが。
「私も玉入れだ」
「そうなん…………
え、そうなんですか…………!?」
一瞬脳の処理に時間がかかった。
「あまり明君と戦いたくないが全力を尽くすとしよう」
すでに食べ終わっていたのか、空のお弁当を閉めながら夜西さんはそう言った。
かなり気合が入ってるらしい。
ーー葉菜視点ーー
「なんか結構惜しかったね」
わたしたち三人が教室で机をくっつけてお弁当を食べていると優愛がそう言って頬杖をついた。
お行儀が悪いと言いたいが、まあいいや。
「なんか異常に強いのいなかったか?」
「三組の男子ね
全勝だったはず」
三組は明さんがいるクラスだ。
トーナメント戦で行われた試合だが、三組男子は敗者復活戦など何もなく単純に綺麗な一直線だった。
噂によると、一人の男子がほぼすべての点数をかっさらったらしい。
誰かは想像がつく。
「あの男子がいなかったら一位だったのにな~~」
「まあまあ、二位だったんだしいいじゃん」
そう、二位だったのだ。
普通にトップ入りである。
まあ、私も結構頑張ったしな。
「凛はバスケと大繩で、優愛は借り人だっけ?」
「そう!」
「私は、部活も少しあるけどな」
部活ということは吹部か。
夜西さんは何も言っていなかったし、彼女は何もしないのだろうか。
「「…………」」
一口弁当を食べると、優愛と凛が目を見合わせて何か煮え切らない顔をしている。
「どうしたの?」
「いや、その
例のH先生がな…………」
廣瀬先生だな。
「凛たん
Y先生のほうがいいよ」
廣瀬由喜先生だな。
「…………なんかあった?」
「「…………」」
二人はなかなか口を開かなかったが、凜が話を始めた。
「試合中にY先生と会って、話聞いてたんだよ
例の件で」
「話しかけるってやつね
どうだったの?」
「それがな、話しかけれはしたらしいんだ」
「よかったじゃん」
「でも…………」
優愛がそう言って申し訳なさそうま顔をした。
「…………なんてしゃべりかけたの?」
「「…………」」
嫌な予感がする。
ー ー 廣瀬先生 ー ー
「こんにちはぁ高橋先生」
「はい!こんにちは!」
職員室でテストの丸付けをしていると、高橋先生は部活から戻ってきて隣の席に着きました。
私はその横顔をちらっと見てから息をのみました。
あの子たちにあんなに言われて、大人としての、教師手のプライドはボロボロです!
ここで勇気を出して払拭しなければ、あの子たちの期待に応えられません!
「あ…………う………」
「…………?」
何か言おうと口を開きましたが…………どうしましょう!何を言おうか考えるのを忘れていました!
「どうかしましたか?廣瀬先生」
「あ…………そのぁ」
私はとっさに下を向いてしまいました。
早く何か言わないとただうなっているだけの変人です!!
何か言うこと、何か言うこと…………!
あ、そう言えばあの子たちが話題を考えてくれました!
よし…………!
えっとたしか…………
「高橋先生」
「はい…………?」
えっと確か、恥じらいを持ちながら、照れ顔で…………
「私が先生のこと好きって言ったらどうします…………?」
「…………はい?」
よし!
やっと文章を話すことができました。
…………あれ?
今私なんて言いました?
「~~~~~~~~~!!」
ー ー ー ー
「それで慌てて取り繕ったわけだ」
「そ」
わたしは水筒の水を飲みながら、そう言った。
あれだな。空回りがフルスイングしてるな。
天然×鈍感。さて想像だが…………
「そのあと、高……T先生が『そ~だったら、この上なくうれしいっす!』みたいなこと言ってY先生が照れてまともにしゃべれなくなって、T先生のマシンガントークとともに振り回されて、一方的に仲が深まったと思われて時々話す仲になったとか、そういうオチ?」
「…………まったくもってその通りだが
なんなのお前
予測というかテレパシーかなんかの領域だろ」
違う。オタクの特殊能力である。
「でもじゃあ、次のステップに移行したわけだ」
「そうだけど…………ちょっとふざけ過ぎっちゃったかな~って」
珍しく優愛が反省ムードだ。
「結果的にいいほうに転がったんならこれでいいんじゃない?」
「…………そう?」
すると優愛が顎を手で包んで、すごい悪者の顔をしながら
「そうかなぁ~~~へへ」
と言った。ずっとせせら笑いが止まらない
やっちゃった。
そう思っていると凛がわたしに近づいてきて耳打ちした。
「せっかく優愛をおとなしくさせるチャンスだったってのに…………!」
凛は凛で振り回されてうんざりしていたらしい。
「ごめん…………!」
わたしは手を合わせて小声でそう言った。
「へへへ…………」
優愛の頭の中には今なにが妄想されているのか…………
それは誰も知らないが、ろくなことではないだろう。




