第六十六話 くっついちゃえよ
「…………」
言われた通り空き教室に来ると、影が席に座っていた。
「…………来ましたか」
「何してんの」
わたしはそう言いながら扉を閉めて影に近づいた。
影はなぜか机に突っ伏していて、窓から照らす夕日のせいで、顔が真っ暗になりどんよりしていた。
「ちょっと、いろいろありすぎまして…………」
「あっそ」
わたしは影の斜め前の席に座って足を組んだ。
目の前の黒板はずっと使われていないからか、少し汚れている。
「なんでこんなとこに呼び出したの?」
「少しご相談がありまして」
「なるほど」
わたしは九十度周って影のほうを向いた。
「あの、驚かないで聞いていただきたいんですけども」
「うん」
「…………あの二人、多分両想いっすね……」
マジ?
「…………マジ?」
わたしがそう聞くと、影はブンブンと首を縦に振った。
「それでそんな地獄のどん底みたいな顔してるわけね」
わたしは少し息を吐いて、考えた。
「…………影
多分今、影と同じ言葉が思い浮かんでるっと思うんだけど」
「自分もそう思います」
「言う?」
「言いましょう」
そう言ってわたしは足を崩し、二人で夕日に向かって座りなおした。
「「すぅ~~~~~~~っ…………」」
わたしたちは一緒に思いっきり息を吸いこんだ。
一度、目を合わせてから叫ぶ。
そう…………
「「くっついちゃえよ~~~~~~!!!」」
カーカーと、カラスが飛んでいった。
もう一度二人で目を見合わせると、二人ともちょっと恥ずかしがっていた。
ーーーーー
「明さんも夜西さんも、なんか……なんかなぁぁ…………!」
わたしは影からもろもろ聞いた後そう言って、頭をがむしゃらにかきむしった。
「あんまりやると髪が崩れますよ」
「ん…………」
影はわたしの髪に手を伸ばして崩れた前髪と後ろ髪を直してくれた。
「…………」
わたしが少し呆けていると、影がいきなり
「…………あ、ああ!すいません、つい癖みたいなものでして…………!!えっと、その!!」
みたいにめっちゃ取り乱していった。
「いいよ、ありがと」
「え、ああその
はい。どういたしまして」
影はやっと動きが止まり落ち着いた。
「で、話戻すけどさ…………
これはかなりやばいね
だってやばいじゃん、え、やば」
「語彙。語彙探してください」
冷静さを欠いていたことに気が付いて、わたしは胸をなでおろして一つ息を吐いた。
「これどうしよ」
「どうするとは?」
「これを二人だけの秘密にしておくか、あの二人をくっつける足掛かりにするかっていうこと」
「…………悩ましいですね」
おそらくこの二つの案は人によって答えが異なるだろう。
秘密にしておくということは、二人の煮え切らない気持ちを放置することになるし、時間が惜しい。
言ってしまえば確かに二人をくっつけることはできるかもしれないが、ある意味夜西さんの今の気持ちを無下にするようなことだし、なんかダメな感じがする。
「秘密にしておくと、あの二人が気づいたとき、俺たちの立場なんなんでしょう…………」
「まあ、知っておいて言わなかった嫌な奴だよね
でもさ、わたし思うわけ
告白とかまでに行われる仲を深めるシーンこそ素晴らしいって」
「…………葉菜もかなりオタク思考になりましたね」
「影の部屋の漫画ずっと読んでるからね」
影の部屋には数えきれないほどのレコードCDラノベ、そして漫画がある。
そんなにあれば、一つくらい手に取るものである。
…………一つで収まらなかったけど。
「…………黙っときます?」
「わたしたちサイテーかな」
「さあ?」
オタク心で決めていいものなのかどうなのか。
「そもそもわたしたち知らない振りし続けられるかな」
「そこはあの二人の察しの悪さを信じるしかないですね」
明さんは知らないが、夜西さんは天然だからそういうとこには鈍感そうだ。
「というか、二人ともお互い意識してんのに何も気づいてない時点でもう鈍感さがすごいですけど」
「それもそっか」
わたしたちの話がまとまりそうだ。
二人には申し訳ないが、黙って言おう。
「ということで―――――」
「二人ともどうしたんだ?」
「「…………!!」」
影がお開きにしようとしたとき、ガラガラと扉が開き、声が聞こえてきた。
振り向くとその声の主は楽器を持った夜西さんだった。
「え……いや、何でもないよぉ!」
わたしはそう取り繕った。
「いつからいたんですか?」
「まだ部活中でな
今さっき声が聞こえたから寄ったのだ」
「そ、そうですか」
そう言われて、わたしと影はひとまず安心して一つため息を吐いた。
「何の話をしていたんだ?」
「え?ああえっとね…………」
わたしがそう言ってあたふたすると影が、なんとかして、みたいな顔でこっちを見ていた。
「あきらさんってどんなひとなのかなぁって思って話聞いてたんだ…………」
「そうか
何かあったら来週聞かせてくれよ」
そう言って夜西さんは去っていった。
「何にもないですよ~、知らない限りは…………」
わたしは苦笑いでそう言った。
「…………帰りますか」
「早く帰ろ」
そう言ってわたしたちは夜西さんがいないことを確認してから教室を出た。
ーーーーー
そのあと、わたしと影は別々に帰ることにした。
どちらとしても、二人で帰るのがばれて都合が悪いことがあるらしい。
わたしの場合はもっぱら優愛のことであるが。
「…………よく思ったら結構複雑?」
影の従者と学校の一番の美少女が両肩思いで、先生同士の恋が始まろうとしてて、影が一年半ぶりの登校してて、夜西さんみたいな友人もできて…………
なんかわたしだけ特になんもないな。
「恋…………
もうこりごりだなぁ」
わたしはそう思いながら夕日がだんだん藍色に染まる空の下を歩いた。




