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桜桜にして咲く櫻  作者: nor
第三章 椛(高二秋編)
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第六十四話 世間話

 水曜日。昼休み。

 俺は頼まれた通り明を呼び出すために三組前の廊下に立っていた。


「…………」


 俺は、なかなかその教室をのぞいて人を呼ぶということにおびえて、両手で両腕を掴んで立ち尽くしていた。


 …………周りからの視線が気になる。

 満月家の直系の後継者。

 その肩書は想像を超えて重たいものだ。

 この学校に通う、財閥の子、御曹司、その他経済的社旗的に立場のある人たちはもとより、他の者たちまで俺と何かしらの交流を持つことを狙っている。

 思い込み?

 じゃあ、この高校の最初の一週間は何だったんだ。

 口を開けば、最初に「満月家の――」から始まる会話を。

 そいつらの眼を。

 思い出すだけで嫌になる。


「どうかしたんすか~?」


 気づくと、隣に額に広げた手の人差し指を当てて俺の顔を前傾姿勢で覗き込んでいる明がいた。


「うおっ…………!」


 俺はとっさに後ろに下がったが、足がもつれて後ろに倒れそうになった。


 すると明が俺の手を取って引っ張り上げ、その勢いでくるくると俺のわきの下に手を入れて持ち上げ回った。


「ちょ、ちょっと…………!」

 

「よいしょ~~!!」


 何回転かしてから、やっと下ろされた。

 明はすごく笑顔で、おれの顔を見つめている。


「なんかうちのクラスに用っすか?!」


「いや…………明に……用があって」


 俺がそう言うと、明は一瞬その笑顔を崩してもう一度笑顔になった。


「そうっすか!

 別のところ行きます~?」


 明は後ろに手を組んで、また俺に顔を近づけて、ころんと首をかしげてそう言った。


「そう、だな

 ちょっとついてきて、ください」


「はい!」


 そう言うと明はようやく離れて、俺の後についてきた。


ーーーーー


 着いたのは前葉菜と話していた階段だ。


「で、何の御用でございますか?」


 明は人気がないとわかると、すぐに顔の表情を硬め、手を前に礼儀正しく組んで、背筋を伸ばしてそう言った。


「ただの世間話だよ」

 

 俺は階段の二つ目の段に座り込んだ。


「…………なるほど」


 明とはなんだかんだ付き合いが長い。

 立場上そう云うが、おそらく訝しんでいる。


「お前、学校だとあのキャラなのか?」


「左様です」


 明は制服を着崩し、少し長い後ろ髪をゴムで後ろにまとめている。

 なんというか、この上なく”陽”を感じた。


「そりゃ、友達が多いわけだ」


「あなた様のため、人脈は最大の武器であり、情報源でもありますので」


 俺のために。

 それは本当だろうか?

 もしかしたら、こいつの本当の姿があれではないのか。


「…………疲れないのか?」


「お忘れですか?

 私は昔からこうでございます

 それこそあなた様にお仕えしてからずっと」


 つまり小学生のころから。

 そりゃもう定着してるわけだ。


「そうだったな

 確か、小五の時に…………」


「その話は、あまりここでするものではございませんよ」


「…………ああ」


 ここで、というのは明の前でという意味だろうか?公然の場でということだろうか?

 どちらにせよ、少しデリカシーがなかったかもしれない。


「ところで、体育祭ってなんか競技出るのか?」


 早速本題に入ろう。


「影様と被らないように調整済みです」


「え、どゆこと?」


「リレーというのは怪我が起きやすいですから

 いつでも対応できるようにしておかなければなりません故」


「あ、ああ

 ありがとな…………?」


「身に余るお言葉です」


 予想外の回答に戸惑い、謎の感謝の意を表したが、聞きたいことが聞けていない。


「ええと

 結局何の競技に?」


「バレーボール、借り人競争、玉入れと言ったところです」


「三つか

 多くないか?」


「人数調整のため、最低一つという縛り以外特に数に制限はありませんので」


「そうか」


 これで夜西さんと、応援に行くことが可能になった。


 俺は膝に手を置いて、ゆっくり立ち上がった。


「そろそろ時間だな…………

 最後にもう一つ」


「何でございましょう?」


 俺は数歩歩いてから言った。


「夜西さんって知ってるか?」


「…………!!!」


 明は初めて手を崩して、少し後ずさった。

 表情は驚きや困惑というよりも()()()()()?がある。

 

「し、知っておりますが…………なぜ」


「隣の席でな

 ちょっと交流ができたんだ」


「も、もちろん把握しております

 今まで影様と同じになった生徒、先生

 もちろん今まで隣の席になったものの名前はすべて…………」


「こええよ」


 こいつ、どこまで真面目で、どこからふざけているのだろうか。


「その反応、お前、夜西さんとなんかあるのか?」


「え、ええっと、それはですね…………」


「ん~~?」


 俺は勢いよく明に近づいた。


「その、これは…………」


「命令、かな」


 俺がそう言うと、どこか諦めたような顔をして明は口を開いた。


「…………()()なのでございます」


「…………は?」


 いきなり従者の恋路に足を踏み込んで、俺は困惑の声を思わず上げてしまった。

 同時に、昼休みが終わるチャイムが鳴った。


「あの、放課後、二階の空き教室にてお話しませんか?」


「…………分かった」


 そう言って、明は走って階段を下っていった。


ーーーーー


 放課後。

 俺は空き教室に向かっていた。

 



 昼休みの後、「どうだった?」と夜西さんに聞かれて、「夜西さんのことを知ってる様子でした」と答えると、「…………そうか」なんて、俺の顔から目線を外して、顔を隠すように下を向いて言われた。

 照れていたのだろうか?

 これ、明の気持ち言ったら赤面どころじゃないのでは?

 とか思ったが、しっかり人の心(人道)を持ち自制した。





「ここか」


 三階。一年生教室の一組より向こう側。

 色々噂の絶えない空き教室がある。らしい。

 夜西さんが言っていた。


 俺はその教室の扉に手をかけて横に引いた。


「お待ちしておりました」


「ああ」


 明は腹の前に手を置いて立ったまま俺にそう言った。

 俺は適当に返事をして、扉を閉めた。


 見ると、なんか中学の時の三者面談の時のように、二つの机が向かい合ってくっつけられていて、座ると互いに対面する形になっていた。


「これは…………?」


「おかけください」


 そうせかされて、俺は近いほうの椅子に座った。

 明も遅れて向こうの椅子に座った。


「では、まず

 なぜ私に夜西さんの話題を?

 こんなピンポイントに」


「言ったろ

 ただの世間話だ」


「今私は冷静さと忠誠を少しばかしぼかしております

 お言葉ですが、その言葉を素直に受け止めることは出来かねます

 そもそも、影様がわたしに話があること自体不自然であるのに、要件が世間話であることなどありえません」


「…………」


 事実。

 明が俺に何かつっかることはないだろうと思ってこういう形にした。

 でも、こうなるとつくろわなければならない。


「…………俺も一応お前を腐れ縁の旧友だと思っている」


「…………!!」


 明の顔が驚きと恥じらいが混ざった。


「数年前から、家から追い出し、仕事をさせていただけなかったのは?」


「旧友に身の回りの世話をさせるなんてないだろ

 もともと俺は人に世話されるたちじゃないんだ」


「…………左様ですね」


 よし、何とか言いくるめた。


「そんなお前の、友人関係が少し気になるのはおかしいか?」


「…………引っ掛かりますが、まあ、筋は通っていますかね…………?」


 よし。

 かなりぎりぎりだが耐えた。


「で、友人関係どころかお前の恋路を聞いてしまって、内心かなり驚いているが…………何か話してくれるのかな?」


「そ…………そうですね…………」


 明は一度咳払いをしてから言い始めた。

 背には綺麗な夕日が照らしている。


「まず、私は夜西 凪さんが好きです。もちろん恋愛的に」


「何かかかわりが?」


「一応去年同じクラスでしたが…………向こうは覚えていらっしゃらないでしょうね」


「なるほど」


 まあ、覚えていたとしても表情には見せないだろう。


「出会いは入学式へ向かう途中の通学路でした

 影様が登校されるということで尾行、ではなくガードをしていたら」


「おい」


 今聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「そして…………!

 歩いている途中で、私はふと一人の女子を見かけました

 するとすぐに転んでしまって、私は駆け寄って手を貸したんです

 それが夜西さんで、一目惚れでした…………」


「…………お、おう」


 あまりにべたというか…………甘い話に少しばかし耳をふさぎたくなったが、俺は耐えて聞いてそんな生半可な返事をしてしまった。


「夜西さんの素敵なところはもうその瞳の美しさがあります黒が強く虹彩が極めて美しい他にもその肌の白さや髪の藍色音楽好きで本好き完璧なインドア派であることによる日焼けの少なさはもとより外に出る体育の際などには欠かさず日焼け止めを塗っているのも愛らしいです夜西さんと言えばその氷のように冷たく大岩のように変わらない表情ですが―――――」


 途中。

 俺は話を聞くのをやめて窓の外を見た。

 だんだん沈んでいく太陽は、なかなか自然の美しさを感じるものだった。

 日が半分落ち、俺と明の影が教室の廊下側に付いたとき、俺はその言葉を切った。

 途中、ちょっとメンヘラじみた言葉が出てきたのは忘れよう。


「お前夜西さんのストーカーしてないよな」


「しておりませんよ、私は」


「私は!?」

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