第五十八話 使用人
「何か部活には入っているのか?」
放課後。
先生からの頼みごとを断れなかった俺と夜西さんは、書類の山を二人で運んでいた。
どうやら夜西さんは放課後、首にヘッドホンをかけるらしい。
「いや、入ってないです」
俺がそう言うと会話が終わった。
…………気まずい。
あれか、聞き返してほしかったのか?
「あの、夜西さんは?
何か部活…………」
「私は吹部だ」
かなり食い気味に答えが返ってきた。
「吹部…………楽器やられてるんですね」
「ユーフォニアムって聞いたことあるか?」
「あの、アニメでよく聞く…………」
「それで合っている」
よく聞くとは言ったものの、あのアニメをちゃんと鑑賞したことはない。
「なかなか面白いが…………君も何か楽器に興味はないのかな?」
「とくにはないですね」
「何でもいいんだぞ
初めての楽器だって、経験者がちゃんと教えてくれる
部費だってそこまで高くないし、休みもちゃんとある」
なんだか、口調が業者じみてきた。
「…………勧誘してます?」
「ばれてしまったか」
「ばれますよ、さすがに…………」
あからさまに何か怪しいものへの上等文句で会った。
「実を言うと、少しばかしパートの人数が少ないところがあってな
顧問から誘えたら誘えと言われているのだ」
「ですが、コンクールの時期ではないですよね?
一年生が入ってからでもいいのでは」
「コンクールを知っているのか
やはり、こちらに興味が…………」
「ないですから
―――――着きましたよ」
悪そうな勧誘に何とか打ち勝った俺は、その教室に入った。
中にいた先生に持ってきたものを渡し、夜西さんとはそこで解散した。
「私は暇なときは図書部も兼任している
いつでも来るといい」
と別れ際に言われたが、そもそも隣の席だろ。とは言わなかった。
ーーーーー
一度教室に戻って荷物を取った俺は、生徒玄関まで階段を下りた。
「ふう」
そう息を吐いてから、下駄箱に上靴を入れ、外靴を取り出し、床にほいっと投げた。
「影様」
しゃがんで靴を履いていると隣から、懐かしい声で話しかけられた。
見上げるとそこにいたのは上着を腰に巻いて、制服をだらしなく来た一人の男だった。
「…………よお、久しぶりだな、陽」
「お久しぶりでございます」
男は、明 陽。
老人たちが付けてきた、俺の使用人だ。
「部活に入ってるって言ってなかったか?
時間…………」
「今日は影様が来るということでお休みしました」
「別に理由になってないだろ」
「そんなことありません
重大です」
俺は靴を履き終わり、立ち上がった。
「そ」
俺は興味を向けずそのまま外に歩き出した。
「ちょっとお待ちください!」
明も急いで靴を履き替え、玄関から出てきた。
「昨日、影様から時間割などを聞かれてから私かなり張り切ってたんです」
「張り切る?」
そう、今日特に情報不足で困ること(時間割・持ち物・プリント・移動教室等々)がなかったのは、全部明のおかげだ。
「そうです
今までずっと私のこと放置しておいて、いきなり昨日連絡が来て、久しぶりの仕事だったんですから」
「…………すまんよ
感謝はしてる、いきなりだったしな」
昨日の夜、事態の難しさに気づいたのだ。
夜中にほんと申し訳なかった。
「謝ってほしいのはもっと別の所ですよ
なんですか『頼まれたこと以外せずに学校生活してろ』って」
これは、俺が昔明に言った言葉だ。
俺の使用人になってから、料理やら家事やらなんやら、いろいろしてくれていたのだが、俺がそれを嫌がって、遠回しに何もするなと言った。
学校の敷地から出て歩道に出た。
「わかってるだろ、俺は人の上に立つのが苦手だ」
「それはわかっておりますが…………」
「それに、楽しそうじゃねえか
部活も生活も」
「それは…………」
「いいんだよ、そんな高校生が使用人なんて肩書持たなくたって」
俺はそう言って家に続く森の道の入り口の前で立ち止まった。
明は遅れて気が付いて少し後で止まった。
「じゃあな
またなんかあったら頼むよ」
「…………はい」
俺はそう言って道に入っていった。
「わ、私の肩書はあなたの物に比べれば軽いんですからね!!わかってますか?」
後ろからそんな声が聞こえた。
肩書か。
もうそれもなくそうとしている最中なんだがな。
俺は返事もせずに、そのまま歩いて行った。
「そういや、なんでクラス違うのにいろいろ知ってたんだ?
どうやって調べて…………」
張り切ったて…………いやこれ以上はやめておこう。
ーー葉菜視点ーー
「…………東さんってこの学校通ってるの?」
「うん!通ってるよ!」
影が学校に行き始めてから三日目。
わたしは昼休みにいつも通り優愛たちと話をしていた。
「東さんって、泊まった時にいたメイドさんか?」
「そうだけど、東さんのこと見つけれてたんだ」
「まあ、影が薄い人を見つけるの得意だからな」
凛はなぜか胸を張って答えた。
「優愛っていきなり進路変えたんじゃなかったっけ
東さんも?」
「うんん
一年の途中で転校してきたの」
「そんなにうち転校しやすかったか?」
「まあ、御曹司とか多いからね
それなりに配慮があるんでしょ」
優愛はそう言ってグミを一つ頬張った。
「東さんも修学旅行来るの?」
「来ないよ」
「なんで?」
「なんか、個人的についてきてわたしの警護するんだって」
「一つ次元の違ぇ話だな」
東さんもやはり、優愛の自由に振り回されている人の一人らしい。
優愛はまたグミを食べた。
「優愛太るよ」
「…………葉菜ちゃん食べる?」
「食べる」
わたしは優愛がほいっと差し出してきたグミの袋に手を入れて一つ取り出した。
「いいなぁ」
もぐもぐと食べていると凛がそうつぶやいた。
優愛が、あげる、と言い出す前に凛は後ろ隣のほうに席を倒した。
「なあ、グミ買ってきてくんね?」
本を読んでいた凛の隣の席の男の子にそう言った。
するとうなずいて席を立って教室を出て行った。
~一分後~
それはそれは走って男の子は戻ってきた。
「ありがと
いくら?」
「200円…………」
そう言うと、凛はその子に300円渡した。
「うま」
凛は早速グミを食べ始めた。
「なんか、夕くん?も、凛の召使みたいな感じになってきたね」
青羽夕くんは最近学校に来ることが増え、やっと名前を知ることができた。
やはり凛と関係があるようだが、なかなか聞かせてくれない。
「まあ、似たようなもんかもな」
凛はそう言って、グミを夕くんに一つ上げた。
ーーーーー
放課後、わたしは用事を済ませるために図書館へ向かっていた。
凛も優愛も先に帰っただろう。
召使と言えば、わたしはどうだろう。
おそらく一番近しいのは影だな。
ご飯も作ってくれるし、家に入れてくれるし、お茶もくれる。
命令をすることはなくても、なんだかんだお世話をしてくれている。
…………金持ちの家の跡継ぎなんじゃなかったっけ?
わたしはそんな矛盾を感じつつ、図書館の扉に手をかけて開いた。
「…………」
見ると、いつもいる夜西さんがいた。
夜西さんは自覚こそないだろうが有名人だ。
美人さんだし、何よりその性格がかなり際立たせている。
誰ともつるまないのだ。
特に男子とはかかわりを持たず、女子にも無関心。
それだけなら有名にはならないが、生まれが少しいいのだ。
だから、近づこうとする人がいいのだが、ことごとく泣いて帰ってくる。
そこで一時期呼ばれていたのが「波もたたない少女」
凪という名前のいじりだろう。
たしか吹部と図書部を兼部しているはずだ。
「これ、返しに来ました」
わたしはカウンターによって夜西さんにそう言った。
用というのは休み前に借りていた数冊の本の返却だ。
「…………」
本を読んでいた夜西さんは本を閉じて、すっとパソコンを操作し始めた。
わたしは学生証と本をカウンターに置いた。
本当はこの時間は閉館時間なのだが、夜西さんはいつでも対応してくれる。
昔本を取るのを手伝ってあげたら「いつでも来ていいよ」と言われた。
思えばあれが最初で最後の会話だ。
「…………」
わたしは少しカウンターの中を見た。
夕方だが電気が付いていないので少し暗い。
…………珍しいな。
奥に誰かいる。
図書部は夜西さん以外幽霊部員なはずだけど…………
そう思っていると、奥にいる人がいきなり立って、カウンターから出てきた。
非常に意外で、見知った人だった。
「影?」
「…………葉菜?」
わたしたちは互いの存在に驚きよりも疑念をもってその場に立ち尽くした。
「…………知り合いか?」
夜西さんも疑念の音を発した。
外はもう夕日がオレンジ色に染まり、日が短くなっていることを知らせている。
ある秋の日。
いきなり夜中に電話が来ることや他クラスについての過剰なまでの質問があったという。
それと、
二年生教室に窓から入る人影。
先生の机からプリントを盗り新しくプリントして証拠隠滅。
その他、多数の完全犯罪。
やったのは明 陽 高校二年生。
慣れたものだ、と本人は語る。




