第三十八話 盆① 木下
翌日。朝ごはんを食い終わり、俺は家を出る支度をしていた。
一応盆の墓参りなので、黒地のも服とかいうめったに着ないものを着なければならない。
まったく面倒である。
「支度できたか?」
親父が俺の部屋をノックしてそう聞いた。
「あいよ」
俺は部屋のドアを少し勢いをつけて開いた。
「行くぞ」
親父はもうすでに部屋の前から離れて、階段を降りようとしていた。
つまらん。
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八時四十分頃。
俺は親父の車に乗って、当主様の所に向かっていた。
今日は、うちの家がある山上の墓場のほかにも周る墓場がある。
だから、関連の家の者と、当主様で複数台の車で移動して行く。
ちなみに、山上の墓は最後で、昼過ぎくらいになるだろう。
「もうそろそろで着く
身なりを確認しておけ」
親父は運転しながら俺にそう言った。
親父は緊張でもしているのだろうか、少しこわばっている。
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着いたところは、最初の墓場だった。
戦争関係の墓が多いらしく、満月家から出た戦死者などは一律ここに埋められたらしい。
「降りるぞ」
俺は親父にそうせかされて、車から降りた。
親父はすぐに墓場の事務所の前に立っている管理者のもとに取り合いに行った。
俺はべつにやることもない。
暑いし、木陰にでも行こうか。
俺は近くにある大きめの木を見つけて、道路を横切って向かった。
「ふう…………」
俺は、木陰の中に入り、道路の上だと車が怖いので、少し土の地面に立って、目をつむり眉間を手で押さえた。
なぜだか知らんが、昨日の夜から疲れがたまり続けている気がする。
今日はまた濃い日だ。
さらなる疲れを覚悟しておこう。
「久しいな
次期当主。満月 影よ」
突然、隣からそんな声が聞こえて、俺は目を開きその顔を見た。
見るまでもなく、この場で、この圧の塊のような声でこんなセリフ、を吐くのは一人しかいない。
「ご無沙汰しております。
悠雲当主様。」
俺は冷静に、背筋を自然に伸ばし、小さな会釈をするように腰から頭を下げ、そう言った。
「ここは心地が良いな
日がさえぎられ、涼しい風も気持ちがいい」
そんなことを言われても、こっちは反応に困る。
話をそらそう。
「父に御用でしたら事務所の方に」
「いや、今はこの木陰と御前に用がある」
そう言って当主様は俺の横に並んで立った。
「私にですか」
「そうじゃ」
当主様と俺はその木を背にして立った。
当主様の和服がちらちら視界に入る。
「今年度も、高校に行かなかったと聞いた
本当か?」
ああ、そのことか。
「本当です」
「なぜいかぬ」
「行きたくないからです」
「つまり、誰かからの束縛ではなく、御前の意思で行かなかったと」
「はい」
言いぶりからして、もしも誰かからの束縛であったら、その誰かに手を伸ばしていたのだろう。
つくづく怖いものだ。
「では何故行きたくなかった?」
「あまりコミュニケーションが得意ではありませんでして」
「そのための学校ではないのか」
「私にとってはただの苦行です」
「ふむ…………」
俺はそう、用意していたように言った。
「時に、御前につけた従者を、使わないどころか家の家事もさせていないようじゃな」
「私は人の上に立つような気分は好きではないのです」
俺はこの質問にも、間髪入れずに答えた。
「ふむ」
当主様は腕を組んで右手を顎に据えて、考えるそぶりをした。
「相分かった」
すると当主様は腕をほどき、少し払って裾を正してから、前に歩み出た。
「今日、他に用事はあるか?」
「夏祭りに行きたいとは思っています」
「夕方か」
前に歩み出たと思えば、軽くこちらを顧みて
「昼食後、御前と御前の父に、少々付き合ってもらおう」
「…………了解しました」
そのまま当主様は親父のとこに歩いて行った。
嫌な予感が、増した。




