第三十七話 前夜
俺は買い物の後、台所で夕食の準備をし始めた。
星は、葉菜が帰るのと一緒に原さんとどこかへ行った。
そして今。夜の八時。
俺は一年に一回の、親父との夕食に臨もうとしていた。
「…………」
親父は星たちが帰った二時間後。
大体夜の六時くらいに帰ってきた。
いまだ一度も会話をしていない。
お帰りなさいなど言わない。
夕食は俺が作るのが当たり前。
他にも、特に会話を、コミュニケーションを必要としていない。
作る料理は俺のセンスで。というより料亭っぽく。
ステーキに、しゃれたソース。
意外と面倒な小鉢に、お高い漬物。
行きつけのワイナリーで作られた高級赤ワイン。
他にもいくつかの調味料と、めったに使わない皿も用意した。
ーーーーー
「明日、九時にはここを出る」
料理を作り終えて食べていると、親父が急にそう口を開いた。
「今回も当主様について行くだけでいいのか?」
俺がここに住むようになってから、数回目の盆。セオリーのようなものがある。
「そうだが、今の言い方を聞く限り口には気をつけろ
特に今回も昼食は当主様とだ
次期当主のお前はおそらく近くに座る
決して無礼の無いように」
親父はそんな注意事項を言い終わると、一口ワインを口にした。
「去年はなんもなかったろ
今年もうまくやる」
「うまくとはなんだ
次期当主としての自覚を持てと毎年のようにせかされているだろう
最近は当主様の跡取り意識がさらに顕著だ
そろそろ何かあるかもしれないんだぞ」
そう高圧的に言うが、目線は決してこちらに向かず、淡々とステーキを切っている。
「何かあるって、特になんもないだろ
俺は別に当主の座に興味がない
今、他のやつらが黙ってるのは当主様の威嚇だろ?
それがなけりゃとっくに俺はこの権利を失ってる
結局当主様のわがままがまかり通ってるだけだ」
「んん…………まあ一概に違うとも言えんな
だがこの話では当主様が絶対だ
当主様の意見すべてが今の満月家ができているのだ
今更そこに何も言うまい」
実際この家での当主は絶対だ。
そういう権利の作りになっている。
絶対君主制。言葉を変えれば独裁組織なのだ。
「そうかよ」
俺はそう言って、ワイン…………ではなくただの水を口に含んだ。
「このワインは、あそこのワイナリーか?」
「ああ、そうだ」
「またこっそりもらってきたのか」
「別に俺が飲んでるわけじゃねえしな」
嘘である。バチバチに飲んでいる。
俺がこの家の倉庫以外から酒を入手する貴重な経路である。
「だとしても、目につかないように気をつけなさい」
当主様の耳に入ってはいけない。とそういうのだろう。
まあ、気を付けている。
そうなってしまえば、被害を被るのはワイナリーのあのおっちゃんたちだ。
「俺には星みてえなお目つきが多いからな
気を付けてるよ」
「あの娘はまたここに来たのか」
「もういねえよ」
「あの娘も、当主様からの指示を拡大解釈し、許婚をないがしろにしている
困ったものだ」
そうなったのが、あいつの親たちであることに気づいていないのだろうか。
まるで星に非があるように言う。
俺はある程度物を食い終わり、立ち上がった。
「食い終わったらそのままにしといてくれ
明日は八時くらいに朝食だ」
俺は早く立ち去るために、意味のないはずのコミュニケーションをわざわざ取り、早々に去った。
ーーーーー
「ふう」
俺は部屋に入って、ゲーミングチェアにだらんと座った。
「ああ…………」
俺は少し疲れて、眉間に手を当てた。
明日は盆か。
そうだ夏祭りもあった。
普段通りなら、親父は現地解散でどっか行く。
夜の祭りには全然間に合うだろう。
あとは当主様の機嫌か…………
明日は、なんだか面倒が起こりそうだ




