第三十二話 ブレイクタイム
浴衣を買いに行った翌日、葉菜はいつも通りうちに来て、俺たち三人はいつも通り(?)リビングでお茶を飲んでいた。
「星ちゃんたちも夏祭り行くんだね」
「なんで知ってるの?★★」
「服屋にいたからだよ…………」
星はおどろくよりも「やっぱりそうだったんだ☆彡」という反応だった。
「わたしがいたの気づいてなかったの?」
「あの時はコンタクト付けてなくてよく見えてなくて★★」
「コンタクトなんだ」
「最初は眼鏡だったけどお、影兄が似合わないっていうからぁ★★」
星が身をよじらせながらそう言うと、葉菜は何かを察したような目で俺のほうを見てきた。
「金髪メガネっ子…………」
「黙ってください」
「星ちゃーん、あなたのお兄さん言葉が強いんだけど?」
「んーーーー通常運転★★★★」
「黙れ」
それはそれでイラつくものがある。
「…………ちなみにどこの夏祭り行くの?」
「一週間後くらいの花火がきれいなやつ★★」
「あ、おんなじかも」
「なんでこういう時偶然が重なるんでしょう」
甚だ疑問である。
「必然だからじゃない?★★」
…………ああなるほど。
こいつの、この昔ながらの悪戯顔からすると、おそらく仕組んで同じ夏祭りにしたのだろう。
「なんか企んでるだろ」
「何のことかなー★★」
星はそう言いながら立ち上がってジュースのお代わりを注ぎに行った。
「…………一週間後って言ったか?」
「うん★★」
一週間後といえば…………
「なんかあるの?」
「ああ…………盆がちょっと」
「盆?」
「うちの伝統みたいなもので。当主が盆に全国の墓を周るんです」
「こっちのお墓は、一族に関係ある人が何人かいるから、毎年この時期に来るんだよ★★」
「なるほどね」
葉菜は何かを察した様子でお茶を一口すすった。
「毎年こっちに住んでる親父と俺が対応するんですけど…………」
俺は星のほうをにらんだ。
「図っただろ」
「まあね★★」
星はなぜかドヤ顔でキリっと目を向けて来た。
「じゃあ、その対応してから夏祭り?」
「まあ、多分そうなりますね…………何もなければ」
「なんかあったらあたしが引っ張り出すから★★
まかして★」
星は見えない力こぶを見せながらそう言った。
「任せた!」
なぜか葉菜はその肩をポンとたたいた。
「何をですか…………」
確かに俺の不登校のことが露呈すると面倒なお叱りを受けそうなものなのだ。
星がここにきていることさえもグレーだというのに、しゃしゃって来るとさらに面倒である。
俺たちは一つ落ち着いて、みんなで一口お茶を飲んだ。
ほうじ茶ってなんで甘く感じるんだろう。
「…………なので、夏祭りの日の前からはうちに来るのはやめた方がいいと思います」
「じゃあ、そういう状況になったら教えてね」
葉菜はスマホを持ち上げて俺に見せてきた。
俺は、はい、と少し会釈した。
星は隣で幸せそうに菓子をつまんでいる。
ーー同時刻。
黒い高級車の中にてーー
「本日の残りは土地の選定と運輸業者との会議がございます。
のちに…………」
「もうよい。
それよりも、盆の話はどうなっておる」
山道を走る車の中で、一人の秘書と、和服を召した威厳の権化である男が表情の一つもなく業務を行っている。
「影様がいらっしゃる山の墓地には、盆の二日目となっております。」
「如月家の長女は?」
「おそらくいらっしゃいます」
「でしゃばるなと言っておけ」
男は注がれたコーヒーを一口すすった。
「了解しました。当主様。」
秘書はすぐにメモを書き込んだ。
「…………」
男は車の窓を開けて外に出てきた海を、山の中腹から見た。
「あの海に似ているな」
第十一代満月家当主
満月 悠雲
それは、満月一族のすべてを持った、悠久の時をかけてきた雲のような冷静で達観したその瞳を持つ男の名である。




