第二十一話 デート
「デーーーーーーー!!!」
優愛は目的地に着くや否や、そう遠吠えのように伸ばし、深くもう一回息を吸って
「トだーーーーーーーーーーー!!!!!!」
と叫んだ。
わたしたちは夏休みの二日目。
七月もいよいよ終わりというときに、都会の街に来ていた。
このお出かけをデートというのかどうか、少し審議があるが、つっこむとまた面倒そうだ。
「あんまり大声出すと変な目で見られるよ……!」
わたしは優愛に対して、そう小声で耳打ちした。
すると優愛は大きく腕を広げて、
「大丈夫だよ~
こんなに人がいて、私を気に留めてる人は誰もいないもん!!」
と、自由そうに言った。
「当たるよ」
と、別に周りに人がいて手が当たりかけているというわけではないが、わたしが声色を変えて言うと優愛は素直に体を小さく丸めた。
「ほら、優愛
買い物したいんでしょ?」
「……葉菜ちゃん嘘ついた…………」
「いいから」
わたしは、柄にもなくムスッとしている優愛の手をつかんで、お店のあるほうに歩き出した。
ーーーーー
「「かわいい~~!」」
わたしたちは、歩道からガラス一枚挟んだ奥にあるぬいぐるみとか、服とかしゃれた置時計とかそういうのを見ては、そんなふうに感激の言葉を吐露していた。
「葉菜ちゃん!ここ入ろっ!」
優愛はいくつかのお店が入った大きめのモールを指さしてそういった。
わたしはさっきとは変わって、手を引かれる側になり、その中に連れ込まれた。
ーーーーー
そのあと、わたしたちはたくさんのお店に入った。
でもそのどこでも、優愛は何も買わなかった。
おそらく、意識的に、それか無意識的にわたしに気を使っているのだろう。
でも今日のわたしは
「わたし、これ買おうかな…………」
財布にお金が入っている…………!
「ふえ?」
雑貨などが売ってあるお店でわたしが一つ、かわいらしいイルカのアクセサリーを持ち上げると、優愛は顔を硬直させて、ふにゃっとした声を出した。
「じゃ、じゃあ、私も…………それの色違いをぅ」
そう言ってわたしの手に取ったパステルなピンクで少し細かい細工が入ったクジラのキーホルダーの横にある、色違い(これまたパステルな水色)を持ち上げた。
「ペア?」
「そ!
デートだからね~」
今一度デートの定義を見直したいところだが、まあ、主観によるか。
わたしたちはそれをもって会計のところまで行った。
きれいなスーツを着た店員さんが
「そちら、お名前を彫ることもできますがどうなさいますか?」
と、わたしたちに促した。
優愛と少し相談したのち、なんだかんだ言って値段もそこまで変わらなさそうなので彫ることにした。
少し待っていると、どんな技術なのか知らないが、透明がかった中に葉菜と確かに彫ってあった。
ちなみにお値段は―――円である。
思い出したくもないがかなり良心的な気がすると思いたい。
ーーーーー
わたしたちはショッピング(と言ってもほぼ買ってはいないが)を楽しんだ後、少し遅めのお昼ご飯にすることにした。
お店はもう優愛がすでに予約を取っていたらしく、すぐにお店に入ることができた。
内装はなんだかおしゃれな感じ(高級ホテルみたいのではなく比較的庶民的)で、メニューを見る限りは、イタリアン料理店だった。
「どれにしようかな…………」
値段はどれも1000円前後というところで、チェーン店とすると怒りたくなるような値段だったが、おそらくこの店はこの値が妥当な店なのだろう。
「私はこのパスタにしようかな」
優愛はあらかじめ決めていたように、メニューを指さしてそういった。
普段、ちょっと高めのカップラーメンで幸せを得ている自分にとって、おそらく、どこの誰よりも今の決断はわたしにとって大きな意味を持つような感じがする。
というかさっきのアクセサリーも今考えれば、かなり驚きの値段だった。
時給換算いいとこでどれほどだろう。
はて、そこからいろんな経費を引いたとしたら、あれだけの自由に使える分だけ稼ぐのに何時間かかるのか…………
「葉菜ちゃん、迷ってるの?」
わたしが思考していると優愛が尋ねてきた。
「う、うん
ちょっとね」
わたしは歯切れ悪く答えた。
高すぎて…………なんて言えない。
「じゃあ、まず値段を見るのをやめてぇ」
「え?」
まるでわたしの言葉を見透かしたかのような口ぶりに、わたしは驚いた。
「目瞑って、さっきまで見てたメニューを思い出して選んで
あ。もちろん値段は思いださないでね」
わたしは優愛に言われたように、メニューをぱたんと閉じて、瞼の裏にさっきまでのメニューを思い出す。
わたしはものを忘れられない。
昔はよく、情報過多で倒れたり鼻血を出したりしていたものだ。
ゆえに、一つ、特技を持った。
意外と難しいことである。
思い出さないこと。
ひいては、意識して思い出さないことである。
特定の情報だけを選りすぐって思い出すことができるのである。
わたしはメニューにあった、品名と、その写真たちを思い出した。
「…………パスタ、海鮮の」
わたしがそう言うと
「じゃ、目、開けていいよ」
と優愛が言って、目を開くと同そのメニューが開かれていた。
優愛は、予想していたかのようにその商品を指さしていた。
わたしはその値段を見て、同時にほかの商品の値段も思い出した。
「これ、多分…………この店で一番高い気が…………」
「そうだね」
優愛はもう知っていたかのように言う。
「予想してたの?」
「葉菜ちゃんは見る目があるからね、こういうのは大体、一番高いやつ目を輝かせてるんだよ」
「…………そうなんだ」
メニューを見ていたわたしはそんな感じだったのか。
「さ、パンも頼んじゃおうかな~」
と、優愛は、わたしに目もくれず、店員さんを呼んだ。
ーーーーー
「おいしい」
わたしは運ばれてきためらいつつパスタを一口食べて思わず、そうこぼした。
「そりゃもちろん!
この私が選んだ店ですから!」
優愛は胸をポンとたたいて、そういった。
…………効果音はどちらかというと、プルンというか、いや、何でもない。自分が惨めになってくる。
優愛はわたしに続いてパスタを口に運び、頬に手を当てて「おいし~~!」とうなっていた。
「この後映画館行くんだっけ?」
わたしはごくんと飲み込んでから優愛に尋ねた。
晴斗からの映画のチケットは、期間中の映画一つ無料となるペアチケだった。
「二時くらいからだから、まあ、そうだね」
優愛は皿の横に置いてあるフォカッチャを割いて、パスタと一緒に食べた。
「何見に行くかは決めたんだっけ?」
わたしもフォカッチャを割いた。
「うん…………とっておきを…………ね!」
優愛は食べつつ飲み込みつつそう言った。
おなかがすいてたんだろうか、なんか、食いつきがいい。
「教えては?」
「な~~いしょ!」
優愛はそう言って、ポカッチャの最後のひとかけらを口にほいと放り込んだ。
ーーーーー
食べ終わった後、わたしは、再度メニュー表を思い出して、特にその値段を思い出していた。
ちなみに優愛は、トイレに行ってくる~~、と席を外している。
真面目に言おう。
確かに例の件でわたしは、一万円を持っている。
今、さっき使ったので大体六千円とちょっと。
一つ考えてもみよう。
いきなり大金を得た貧乏人が、愛する人とかに散財して、裕福になる未来があるだろうか?
あるわけがない。
実際そんな感じで壊れていった人を見たことがないわけではない。
まあ、別に全然このパスタの値段を払える。
だが。それでも。
これまで倹約に倹約をを重ねたわたしこと、波島葉菜にとって、この値段は至極の衝撃に他ならない。
え、だって、家で作ったとしても、絶対五百円もかからない。
というか、三百円以内で作るのなんて余裕だ。
確かにこのパスタはおいしい、でもそれはそれとして、
どこにそんな高い材料を使っているのだ…………!!
まあ、嘆いてもしょうがないのだが。
わたしはそう思いながら、札に思いをはせようとおもむろに財布を取り出した。
「優愛ちゃ~ん、おまたせ~~」
すると優愛が帰ってきた。
「おかえり」
あれ?
なんか帰ってきた方向、トイレのほうじゃない気が…………
「じゃあ、映画館いこっか」
優愛はそう言ってバッグをかごからとって、そう言った。
わたしは言われるがまま席から立ち上がった。
「あれ?お会計は?」
優愛がそのまま店から出ようとするのでわたしは困惑と一緒に問いかけた。
「ん~?」
と優愛は少しうなってから、くるりと回って、ポケットから財布を取り出して、見せつけてきた。。
「もう、済ませちゃいました~~!」
優愛は満面の笑顔とともに、ドヤッ!!!と、披露した。
…………わたしは初めて、優愛に
(イケメンなのか?)
という感想を抱いた。
わるいな、と思いつつも、その感想が強いのか、
それとももうちょいゲスイ考えが巡っているのか
「ありがとう」
わたしはそう、笑顔で返すほかにできなかった。
ーーーーー
結局時間は、昼食を食べ終わったのは少し遅めに食べ始めたといっても、まだ14時前だった。
優愛が映画まで少し時間があるというので、優愛の好きな服屋さんに来ていた。
「かわいい~~!」
優愛は新作が置いてある夏物の服を手に取りながらそう言った。
なんかもうこのお出かけ中これしか言ってないような気もするが、まあ、いいか。
優愛はもうかごを持っていて、買う気満々なようだ。
さっきわたしが買い物をしたから優愛の留め金が外れたのだろう。
わたしはそんな優愛を横目に、一つ可愛げなワンピースを手に取った。
「かわいい…………」
わたしはぽつりとそう言って、ワンピースを腕にかけて買うことにした。
値札はついていて、値段も確認した。が、まあ、安めのを選んだとはいえ、思い出すものじゃない。
強いて言えば、数分後には財布の中に4,000円残るか怪しい。
「葉菜ちゃん、それ買うの?」
「うん
そろそろ私服のレパートリーが減ってきちゃって」
人は成長するものであって。服が着れなくなるのは必然である。
そう、成長するものなのである。
そう…………だよな?
わたしは心なしか視線を下に向けた後、優愛の胸元を見た。
「私もこれ買おうと思うんだ~~!!」
優愛は籠を持ち上げてその中身を見せてきた。
見た感じ10,000は行ってる。
まあ、そうだわな。
わたしたちはその服たちをもって、レジの列に入った。
「このような服はいかがですか?」
「キャ!!
カワイイ~~★★★❢❢❢」
ふと、少し向こうを見ると、女性の店員さんと、かなりおしゃれな黒っぽい感じの服を着た金髪女子が、そんな会話をしていた。
金髪女子はよく見ると、かなり顔が立っていて、美女というより、美少女という感じだ。というか、多分わたしと年が近そうだ。
そして言わずもがなギャル。
イヤリングもしてるし、ネイルもしている。もちろん化粧もそれなりに。髪もサラサラ。
でも、めっちゃ似合っててカワイイ。
おっと、わたしも口調が移ってしまった。
すると、きっとわたしが見つめすぎたのだろう、さっきまで横顔しか見えなかったその顔がこちらを向いた。
美少女は困り顔で少し斜め上を向いて口を尖らせた後、ニヤッと笑った。
すると顔の横にピースを作って、にししっと満面の笑みを飛ばしてきた。それはもう燦燦と星々のように★★★★と。
わたしは思わず顔をそらし伏せてしまった。
いやもう、かわい子ぶってるとか言わずにさぁ、もうかわいいもんはカワイイ…………ただそれだけなの。しかもなんかすごい胸が、こう、でかいんだよとにかく!!
顔を上げて、優愛の顔を見ると、なんだか怒りを込めつつ笑みを浮かべていた。
まずいと思いつつ、わたしたちは会計を済ませた。
ーーーーー
そのあとは、予定通り映画を見に向かった。
優愛はなぜか自慢げに例の無料ペアチケットをポケットから取り出した。
わたしが、
「その前に、ポップコーンとか買おうよ」
というと、優愛はまた機嫌を悪くしてしまった。
頬を膨らませてプイっとそっぽを向いてしまった。
いまだ何の映画を見に行くのか知らない私の身にもなってほしい。
そのあと、なんとなく優愛が何の映画を見に行こうとしているのか分かった。
ポップコーンを買うために列に並んでいると、売り場の上のスクリーンに映っている映画の映像に目をきらめかせるものだからわかりやすい。
いわゆる、恋愛系の映画である。
なんか、前はやっていたドラマが、監督が一緒ということでコラボ映画になったらしい。
確か中学二年と小学校五年生くらいの時のドラマだったはずだ。
結構優愛はそのドラマにお熱だった気がする。
わたし?
…………家のテレビって意外とお金かかるんだよ。あと録画機って、お高いのよ。
そんなこんなで、わたしたちはチケットと、ポップコーンと、ジュースを手に映画を見に行ったのだ。
ーーーーー
「ヒロインが............ヒロインがぁ」
優愛、号泣である。
映画の内容は、まあ、推理系恋愛映画というところだろうか。
結論だけ言うと最後ヒロインが身を挺して主人公を守ったのである。
ヒロインが最後に言った言葉が、
「愛してた…………ってぇ。
過去形なのがまたもう、悲しい…………うわあああああん」
優愛、号泣である。
過去形になったのは、まあ、そういう伏線がいっぱいあったというだけなのだが、文学的に読み解くならヒロインが、主人公のこれからに呪いをかけないように…………的な感じだ。
「なんだっけ~、あの主人公のお父さんの名言…………」
「明日を憂うほど、今は暇じゃない」
「そ~~~れ!!!!」
まあ、名言であった。
この言葉で結構いろいろあったし、CMでも使われていた。
「よく覚えてるね?」
「一回見た映画は、最初っから最後までセリフ覚えてるよ」
「もう暗記パンの域だよそれ」
何をいまさら............と思うが、暗記パンとおんなじことができるのは事実だ。
「............途中に映ってた緑色のトラックの会社名は?」
「半月急便」
優愛は、なぜ............、少し引いていた。
なんで覚えてるかは、もちろん。
実際にある満月急便のパロだなと思ったからである。
影にあってから少し満月の会社を意識したり思い出したらしたが、確かにいたるところに名前があったし、時折影の家にある家紋と一緒のものも見かける。
「............いま、男のこと考えてた?」
「え?いや別に............」
優愛は不機嫌な顔をしてプイっと背いてしまった。今日何回目だろう。
女の勘というものは恐ろしい............
そんなふうにしゃべりつつ、わたしたちは帰りの電車の時程を調べた。
ーーーーー
外に出るころにはもう空が夕日に包まれていた。
なんだかんだ、おやつ等も買って、わたしたちは電車に乗り込んだ。
うちの街は人口がよほど多いところではないので、二、三駅もすぐれば、わたしたちの号車には人がいなかった。
「いやあ楽しかったなあ」
「いろいろ面白かったねえ」
優愛はポケットから例のチケットを取り出して夕日に照らすように広げた。
「あいつも時々は役に立つよねえ」
優愛はなぜか晴斗には若干上から目線だ。
「そういえばあの箱持って帰ってたけど、なんかあったの?」
そして、なんだか今日はやっぱり勘が鋭い。
「まあ、ちょっとしたプレゼントがね」
「ふ~ん」
優愛は上げていた腕を下げて、もうちぎられたチケットをポケットに入れた。
何を察したのか、優愛はそれ以上ツッコんでこなかった。
それと引き換えかのように、
「今日葉菜ちゃんち、親いる?」
「いないはずだけど」
「じゃ、葉菜ちゃん家にでも泊まろうかな」
と、夕日に照らされた横顔と一緒に、優愛はわたしの手を握ってきた。




