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桜桜にして咲く櫻  作者: nor
第一章 初桜(高二春編)
22/108

第十九話 家族

 翌日。

 学校が休みなので、わたしは家でゴロゴロとしていた。


 影の家に行こうとも思ったが、文化祭のことがぶり返してきて、少しばかし気まずくなり、家にいることにした。

 今日は親がどちらも早番なので、

 家から出る用事もなく、部屋に一人で机に教科書を広げている。


 なぜ今、一人で部屋にいるのに、()()()なのかというと。

 外で工事があるらしく、何時間か前から結構その音が気になって、今のわたしになってしまっているのだ。


 その点。

 影の家は森の中だからこういうことがないのがいいな~~。


 わたしはペンを置いて、もう一つの騒音の原因であるスマホを取った。

 案の定すごい量のラインが優愛から送られていた。

 わたしはそれに、確かに!!、とマンタが言っているスタンプを適当に一つ送った。



 そういえば、なんだかんだ言ってまだ、影と連絡先交換してないな。

 いくら向こうの親がなかなか家にいないからと言って、家に行く前に確認するすべくらい持つべきだよな~~。


 わたしはスマホを置いてまたペンを持った。


 今年から夏休みが長くなるらしく、あと二日ほど学校に行くとすぐ夏休みなのだが、今のうちに配られている宿題を済ませてしまおうということで、わたしは一人で宿題をし始めた。

 わたしからしたら歴史なんてただの文字の練習だし。


 

 この記憶力は子供のころに気が付いた特技だ。

 確か、父親が趣味として植物が好きで、

 本棚にあった植物図鑑を丸暗記して、発覚したと思う。

 わたしはそれまで普通、人はものを忘れることはないと思っていた。

 一度見たものを聞いたものを感じたものを、鮮明に思い出せるのは当たり前で、

 なぜ、漢字のドリルなどを小学校で配って、機械的にやらせるのか。

 理解ができていなかったと思う。

 

 最初こそ勉強などではなかなか役立っていたが、中学校とかになると、応用とか、グラフの読み取りとかが出てきて、やっとまじめに勉強し始めた。

 

 それに、どんなことでも鮮明に思い出せてしまうことは、忘れたいことも忘れられないということであって、それは自分にかなりの苦痛をもたらすと気づいたのは、記憶力の異常性に気づいてからすぐのことだった。


 わたしは記憶力のせいかどうかはわからないが、自分が今どんな立場で状況なのか、かなり達観して認識していたと思う。

 その筆頭が家の貧困さだ。

 一軒家の家で住めていること、

 衣食住に困っていないこと、

 学校に通えていること、

 わたしが働くても済んでいること、

 そのどれもが、親の、想像を超える努力と信念と労働堂によって成り立っていること。

 わたしは家族旅行に行ったことがない、

 お小遣いという制度もない、

 でも別に困りはしない。

 そうやってわたしは割り切って、過ごしてきた。

 生きてること自体、ちゃんと奇跡だって、理解しているからだ。


「ただいま~~」

 

 下の階から、母親の声が聞こえた。


「お帰り~~」


 わたしはペンを置いてそう答えた。

 時計を見ると大体19時くらいになっていた。

 わたしは机の上を少し整えてから、下の階に降りた。


ーーーーー


 そう間もなくして父親も帰ってきて、いつぶりか、家族で食卓を囲んでいた。

 

「文化祭はどうだった?」


 普通…………という表現が正しいかはわからないが、わが子の文化祭に行けなかった親というのが謝るシーンを時折見る。

 でもうちではそんなことはない。

 なぜなら、わたしの家庭で、学校の行事に参加するということは、

 それほど金銭経済その他もろもろ、今よりも何倍、それかもっと余裕ができないとかなわないことだ。

 それを認識しているわたしはきっと、謝れても、困る、気まずい。

 そしてさらに、それを認識している親は、謝らない。


「いろいろあったけど楽しかったよ」


 わたしはそう少しぼかした。


「そうか

 それはよかった」


 お父さんはそう言って、ご飯を一口食べた。

 わたしも続いてご飯を口に運んだ。

 

「優愛ちゃんとか、凛ちゃんも元気?」


 お母さんもわたしにそう聞いてきた。


「びっくりするほど元気だよ

 あの人たちは」


 わたしは笑顔でそう返した。 


「最近は帰りが遅かったらしいがどうしたんだ?」


 影の家に行ってた時の話だろうか。

 まあ、影のことを出しても面倒くさくなるのは自明の理だな。

 

「優愛が勉強頑張るっていうから、手伝ってるんだよ」


 …………嘘はついていない。

 実際優愛の家に泊まったし、手伝ってもいる。

 それで遅れたことも…………片手で数え得るほどにはある。

 嘘をつかずに、真実を言わない。

 記憶力がいいと忘れたなんて言い訳もできない。

 いつの間にか覚えた方法だ。


「あの子、頭いいものね~~」


 お父さんよりも早くお母さんがそう反応した。


「帰りは何時になってもいいが

 自分の身はちゃんと守るんだぞ」


「わかってるよ

 ご馳走様~~!」


「お粗末様でした」


 そうしてわたしは食卓からソファに移った。

 スマホを開くと、やっぱり優愛からの通知があった。

 せっかくなのでわたしはしばらく返信してあげようと、スタンプではなく、ちゃんと文で返した。

 相変わらず返信が早い。


 そんなこんなでしばらく優愛と話していると、あることを思い出した。

 わたしが初めて影の家に行ったとき名前の由来聞かれたな。

 あの時ははぐらかしたけど、実際知らないんだよな~。

 

「ねえ、お父さん」


 わたしはソファから乗り出した。


「何だい?」


「わたしの名前って由来とかあるの?」


 するとお父さんは、う~ん、と少しうなって


「言ったことなかったか?」


 と聞き返した。


「知らないと思う」


「そうか…………」


 するとお父さんは立ち上がって本棚のほうに向かった。


「葉菜が生まれたのは、夜の九時くらいだった」


 お父さんは本棚に手を滑らせて本を探しながら言った。


「生まれた後に、私はふと、その病院の庭に行ったんだ

 するとねそこには、月明かりに照らされた植物がたくさんあった」


 お父さんは、あった、と呟いてその本を取り出し、

 本を開いてわたしのほうに歩いてきた。


「その中にはこの植物が植えていた」


 そう言ってお父さんは、わたしにその本を見せてきた。

 菜の花のページだった。


「この写真は、花が咲いて、きれいな色をしているけど

 あの時の菜の花は、まだ花が咲いていなくて、ただの葉っぱだったんだ

 でもね」


 お父さんはその本を閉じた。


「とってもきれいだったんだ。

 それを私が見たからそう思ったのか、

 みんなが見てもそう思ったのか、

 よくわからなかった。

 それでもあの時、花も咲いていない、ただの葉っぱでも植物はきれいだった。

 葉菜の名前にはね、葉っぱしかない菜の花のように、その失われない美しさを持ってほしいという意味なんだよ」


 そう言って、お父さんはわたしの頭に手を置いた。


「難しい」


 わたしがそう呟くと、


「でしょ~~」


 とお母さんが不満ありげに水を差した。


ーーーーー


「はっ…………!」


 その夜、

 いつぶりだろうか、

 今までに、多分272回。

 今回で273回目の、

 ある夢を見た。


 その夢では私は赤ちゃんで

 最初は幸せなのだ。

 親に愛されて、不自由もなくて、

 でも少しすると、突然父親がいなくなる。

 すると母親が必死に働き始める。

 でもある日。

 突然目の前に母親の死体が現れて終わる。

 そんな夢。

 知らない人がいなくなって、死んじゃうだけの夢。

 別に特に何も感じない。 

 でも妙にリアルで生々しい。

 最後、母親が

 

『あんたがいるから…………!

 お前が、生まれたから…………

 死ななかったから!!!!』


 と、半狂乱に、青ざめて言うシーンも、妙にリアルだ。

 もう何回も見ていて、内容が変わることはない。

 慣れてしまったからうなされることはないけど。

 この夢を見た日はかなり、、、、、気分が悪い。


ーー影視点ーー


「葉菜来ないな…………」


 よかった、と内心ほっとしていた。

 なぜなら今日は父さんが帰ってきているからだ。

 そして今から俺は、リビングでそいつと顔を合わせなきゃならん。

 面倒だ。

 結構本当に。


「ハア…………」


 俺は立ち上がって、部屋から出た。

 なぜ父さんと会わないといけないかというと、

 突然父さんが帰ってきていないせいで、空腹はもちろん、何より…………

 のどの渇きが限界に迫ってきたのだ。

 酒があるからと言って、水が欲しくないわけじゃない。

 というか酒臭い状態で父さんと会うのは避けたい。

 うちとて、普通の家庭なのだ。

 未成年飲酒が許されているわけでもない。


 俺は下に降りてきて、リビングのテーブルで、酒を飲んでいる父さんを視認した。

 俺は目を向けずに冷蔵庫に向かった。

 棚からコップを、冷蔵庫から麦茶を取って、注いだ。

 俺は勢いよくそれを飲み干した。


「文化祭は行ったのか?」


 父さんがいきなりそう口を開いた。


「…………一応」


「そうか」


 俺はそのままもう一度お茶を注いで、麦茶を冷蔵庫にしまった。

 コップを持ってそのまま階段を上った。

 

 無駄に貫禄のある声で、しゃべりかけてくるのは本当にやめてほしいものだ。

 服装もスーツのまま。

 おそらくもう少しでまた家を発つんだろう。

 突然帰ってくるほどこの家に愛着もないだろうに。


ーー凛視点ーー


 文化祭の後の夜。

 私は家で、夕と一緒に食卓を囲んでいた。


「なんにしても、今日の凛かわいかったな~~」


 夕は斜め上を見上げつつそう言った。


「約束と違わないか?」

 

 私が怒りまじりに、箸を握りしめながらそう言うと


「僕が、守るとでも?」


 と、夕は笑顔と一緒に返した。


「よくもまあ、そんな自信満々に…………」


「というか、僕が文化祭に行く理由それ以外にないでしょ」


 それもそうか…………

 と私は内心納得してしまった。


「一緒にいたやつと待ち合わせとかしてはなかったのか?」


「一緒にいたやつ?」


「ほら

 ジュース頼んでた…………」


 夕は、ああ、と気づいたように、

 いや、少し話したくなさそうに


「あの子は昔からの親友だよ」


 と、どこか懐かしむように言った。


「聞いたことないけどな。

 そもそもお前……………………友人居たのか」


「友達くらいいるよ…………!」


 夕はそのまま乱暴に食事を口に運んだ。


ーーーーー


 私と夕は食事の後、寝る準備を済まして、ベッドの中にくるまっていた。


「いやほんとに、凛のメイド服かわいかったな~~」


 夕はスマホをつつきながらにやにやとしながらそうつぶやいた。


「いつまで言ってんだよ…………」


「あ

 凛が珍しく照れてる」


 私はそれを聞いて、両手を頬に着けた。

 ちょっと熱い。

 多分真っ赤になっているのだろう。


「うう…………」


 私はそううなった。


「早く寝るぞ…………!」


 私はやけになってそう言って、勢いよく寝込んで毛布の中に入った。


「ハイハイ」


 夕はそううなずいて、電気を消してから私の背中に沿うように寝ころんだ。

 すると夕は私の頭に手を置いて、


「頑張ったね」


 と、つぶやいて撫でた。


 多分、私より、夕のほうが疲れているはずだ。

 あの、一緒にいたやつと昔何かあったのも、少しは察するところがある。


 私は少し感傷的な気分になって、くるりと寝返って夕のほうを向き、夕を抱きしめ、そのまま意識を落とした。


波島 恭子(47)

 葉菜のお母さん。

 髪は長くて、家ではまとめていることが多い。

 眼鏡をしている。

 職業は知らない。

 時々お弁当を作ってくれたりする。(普段は優愛に受け取らされているお金で学食)

 


波島 夏樹(48)

 葉菜のお父さん。

 ちょっと太っていて、黒淵の眼鏡をしている。

 髪はばさばさなことが多くて、いつも疲れている。

 もとは植物学者を目指していたらしいが、今はいろんな仕事を掛け持ちしている。

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