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25. 閑話

杏さん視点です。


瑞希ちゃんは、私が初めて担当した患者さんだった。

背中の中ほどまである綺麗な黒髪と、白い肌。まるでお人形さんのように綺麗な子。でも、いつもぼんやりと天井を見たまま動こうとしない。それはまるで、もう生きることを諦めてしまっているようだった。


「気の毒な子よね。あんなに若いのに、もう一年も保たないでしょうって」


瑞希ちゃんのカルテに今日の状態を記入していると、後ろから私の指導役の先輩看護師が眉を下げながら話しかけてきた。


「そういえば、瑞希ちゃんのご家族ってどうしてるんですか?お見舞いに来たことないですよね?」


私の問いに、先輩は憤った声で続ける。


「あの子の親、入院前の説明で来た時なんて言ったと思う?『余計な金かけさせて』ってあの子に吐き捨てて行ったのよ⁈しかもその後の両親と妹との会話が……」


『ねえねえ、お姉ちゃん死ぬんだって?』

『そうなのよ。でもあと1年も治療費を払わなくちゃいけないの。そんなお金があれば家族で旅行に行けたのに』

『え〜、最悪。どうせなら事故とかで死んじゃえば良かったのに、ほんとお姉ちゃんってば分かってないな〜』

『全くだ。まったく、この忙しい日に仕事まで抜けさせられて。仕方ない、今日は家族で美味いものでも食いにいくか』

『やった〜』


「……だったのよ!信じられる⁈」

「……酷いですね」


私はあまりの酷さにギュッと眉を寄せた。薄幸の美少女という言葉はあるけれど、あまりにも酷すぎる。乙女ゲームの主人公たちは、その後の人生で幸せになれるけれど、あのガラス玉のように何も瞳に映さない瑞希ちゃんの幸せは、どこに行ってしまったのだろうと切なくなる。



(あんなに可愛い子だもん。少しくらい、笑顔が見てみたい)


どうすれば良いかとうーんと頭を悩ます私だけれど、答えは一つしか出てこなかった。

私は乙女ゲーオタクである。推しの幸せこそ我が幸せ。


(瑞希ちゃんも推しができれば、笑顔を見せてくれるんじゃないかしら)


思い立ったが吉日。私は姉のお古のゲーム機を瑞希ちゃんにプレゼントした。

後から師長に怒られたけれど、段々と笑顔を見せるようになった瑞希ちゃんに、私は得意満面ドヤ顔である。


瑞希ちゃんの笑顔は想像していた百倍は可愛かった。もともと礼儀正しくて、清楚でお淑やかで、とても可愛い瑞希ちゃん。儚げに笑う姿も綺麗だったけれど、推しの話をする時はまるで春の小花が咲き誇るみたいに笑うのだ。

図書室で子供たちに囲まれて読み聞かせをしている姿は『図書室の天使』と病院関係者や患者さんたちから言われていた。


そう言えば、ある日瑞希ちゃんの病室に行った時に目を真っ赤にさせてボロボロと泣いているのを発見して凄く凄く焦った事があった。私たちの天使に何が⁈と事情を聞いてみれば、彼女の推しであるルーカスが死んでしまったと言うのだ。

(分かるわ!その気持ち!推しが死んだ時の衝撃ときたら……!)

深く頷いた私だけれど、ショックを受けた瑞希ちゃんの体調が悪化して一時寝込んでしまったのは大問題だ。「天使を陰から見守る会」の師長含む職員たちで緊急会議が開かれたくらいだった。



瑞希ちゃんが入院してから一年が経った。一年保たないと言われていた瑞希ちゃんは、今も病室の窓から見える桜を穏やかな笑顔で見つめていた。それでも、確実にその日は近づいて来ていた。もうベッドから動けない瑞希ちゃんに、私は一つの頼み事をされた。


「杏さん、読み聞かせに来てくれていた子供たちに、私は元気になって退院したんだと、伝えてくれませんか?」

「……分かったわ。ちゃんと伝える」


ホッとしたように笑った瑞希ちゃんに、私は泣きそうになってしまった。こんな時にも他人のことを心配してるような優しい子が、何で家族にも見守られることなく、一人の病室で死ななくちゃいけないんだろう。


「私、杏さんに担当していただけて本当に幸せでした。こんな私に優しくしてくれて、ありがとうございました」

「っ、ぐすっ……もう!何言ってるの!もうすぐルーカスのルートが開放されるんだから、意地でも体調整えないとダメよ!推し活には体力が必要なんだから!」

「ふふ、そうですね。彼が幸せになってくれる場面を見れたら、こんなに幸せなことありません。きっと、『瑞希』と幸せになって、心から笑ってくれますよね」


ほわほわと笑う瑞希ちゃんは、とても幸せそうだった。

瑞希ちゃんの推しへの想いは、ゲームキャラのイケメンにキャーキャーいって恋をするのとは違った。まだ恋とも名がつかない想い。ただただ愚直なまでに、心からその人の幸せを願ってた。瑞希ちゃんの愛し方は、泣きたくなるくらい、とても優しくて。もしも瑞希ちゃんがこれからも生きる事ができて、いつか誰かと愛し愛される関係になれたなら……、彼女に愛される人は、きっと世界一、幸せだっただろうと思えた。




――お葬式の日、私は瑞希ちゃんに貸していたゲーム機とソフトを仏前の片隅に供えさせてもらった。

静かに目を閉じている瑞希ちゃんは、まるで眠っているようだった。


(天国で目が覚めたら、ずっとやりたがっていたルーカスのルート、最後まで見届けてね。いつかまた、推しについて語り合おうね)


瑞希ちゃんの笑顔を思い出して涙が溢れそうになってしまった私は、くるりと背を向けて出口に向かう。


外に出る直前、最後に振り返った瑞希ちゃんの棺から、小さな光る蝶が飛び立つのが見えた気がした。





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