第95話 デーモンに呪われた村
鬼姫を仲間に加えたザガート達一行は一旦ゼタニアの町へと戻る。冒険者ギルドの長ドーバンに事の顛末を説明すると、宿に一晩泊まって決闘の疲れを癒す。
ギースから決闘の申し出があったため一旦保留になっていた依頼を改めてこなす事に決める。魔物にたびたび襲われた村を救うため町を離れるのだった。
町を出たザガート達が南に数キロ歩いて森を抜けると、目の前に大きな山が立つ。その麓に小さな村があるのが視界に入る。
村へと近付いていき、村を覆った柵の唯一の入口から中に入る。入口に門番はいない。
ザガート達が中に入っても、出迎える者はいない。これまで救世主が訪れるたびに歓待を受けた事を思えば異例なほどだ。むろん村人が一人もいない訳ではなく、彼らが外にいる姿を見かける。にも関わらず、誰も一行に駆け寄ろうとしないのだ。
子供から大人、老人に至るまで皆が下を向いたまま意気消沈している。悲しい出来事があったようにガックリとうなだれたまま落ち込んでおり、表情に元気が無い。時折「はぁーーっ」とため息が漏れているのが聞こえる。
ザガート達の姿を見て落胆した訳ではない。一行が村を訪れた時、彼らは既にそうなっていた。
「これは一体……」
村の異様な姿を目にして、レジーナが声に出して訝る。明らかに他の村とは異なる状況に、異変を感じずにはいられない。
「なんかこの辺一帯の空気が、どよーーんとしてて重いッス。比喩表現なんかじゃなく、本当に風が濁ってて、吸ったら気分が悪くなりそうッス」
なずみが思わず口元を押さえながら、自分が覚えた違和感を口にする。村に吹き抜ける風が淀んでいて、それが村の異変と関係しているのではないかと推測する。
「フン……邪悪な術の気配がプンプンするわい。村全体を覆うように呪いが掛けられておる。大方魔族の連中とやらが、セコい嫌がらせをしたのじゃろう」
鬼姫が気に食わなそうに鼻息を吹かせながら、村に呪いが掛けられた事を伝える。普通の人間には空気が汚れた事しか認識できないが、彼女ほどの魔力持ちともなれば、何が起こったかを正確に把握できるようだ。
一行が言葉を交わしながら表通りを散策していると、通りに面した小屋の一軒から幼い少女が出てくる。年は七歳くらいに見え、赤いエプロンドレスのような服を着て、茶色の髪をツインテールに結んでいる。
「お姉ちゃん達、ここにいちゃダメ……」
少女が警告の言葉を発しながら、よろよろと歩いてくる。表情は死人のように青ざめており、足取りはおぼつかない。体に変調を来たしているのが一目で分かる。
それでも少女は力を振り絞って歩いていたが、ザガート達まであと数歩の所でバタッと倒れてしまう。
「おい、大丈夫か!!」
レジーナが血相を変えながら慌てて駆け寄る。他の者も後に続く。
ルシルが少女を抱き起こす。少女は目を閉じたままウンウンうなされており、何らかの病気に冒されているように見えた。このまま放っておいたら、半日と持たずに命を落としてしまいそうだ。
「精霊よ、傷を癒せ……治癒魔法ッ!!」
ルシルが少女の胸に手を当てて回復の呪文を唱える。青い光が少女の体を優しく包み込む。
だが癒しの光に包まれたにも関わらず、病気は一向に治る気配が無い。少女は目を閉じたまま苦しそうにうなされているだけだ。やがて病気の治療を諦めたように光が消えてなくなる。
「そんな……どうして!!」
病気を治せなかった事にルシルが困惑する。魔法で治癒できると確信を抱いたにも関わらずそうならなかった事に、自分の力が至らなかったのではないかと胸が激しくざわついた。
どうすればいいか分からず、少女を抱きかかえたままうろたえる。助けを求めるようにキョロキョロと周囲を見回す。このまま彼女を死なせてしまうのではないかと焦りが募りだす。
慌てる仲間に助け舟を出そうとザガートが前に一歩踏み出した時、少女が来たのとは別の方角から一人の老人が歩いてくる。六十代から七十代に見える、背が曲がった白髪の男性だ。時折ゴホゴホッと苦しそうに咳き込む。
「また一人、犠牲になってしまったか……」
老人は倒れた少女を目にするや否や、そう口にする。彼女の未来を悲嘆したように顔をうつむかせた。
「老人……この村で何が起こったか、詳しく話してくれないか」
明らかに事情を知っているらしき爺にザガートが問いかけた。
「お初お目にかかります、旅のお方……私はこのカザーブ村の村長カルタス。その少女はメイと言います。この村へようこそおいで下さいました」
老人が挨拶がてら自己紹介する。村の名前と自らの身分、少女の名前を明かす。特に言及は無かったが、目の前の旅人が異世界の魔王である事は外見的特徴で知っているように見えた。
「以前この村に魔物が攻めてきた時期がありました。襲ってきたのはゴブリン、オーク、スライム……いずれも低級の魔物です。彼らは群れをなして襲ってきましたが、我々も武器を手に取り戦い、彼らを撃退しました。自分達の力で村を守ったのです。その時はそれでカタが付くと、そう思っていました」
カルタスが村の事情について説明を始める。村に魔物の群れが襲来した事、それを自力で撃退した事を伝える。
「……ですがある日、彼らの主だという山に棲むデーモンがやってきて、村に呪いを掛けたのです。それ以来、村はご覧の有様です。何か重い物がのしかかったように体がだるくなり、咳が止まらなくなり、ある日突然高熱にうなされて倒れたまま死んでいく……そのような病気が流行りだしたのです」
魔物のリーダーであるデーモンがやってきた事を口にする。村全体を覆うように掛けられた呪い、それにより村の住人が体に変調を来たした事、それらが全て悪魔の仕業だと明かす。
「このままでは村が全滅すると踏んだ我々は、ギルドに遣いを出しました。冒険者を雇ってデーモンを討伐してもらおうと考えたのです。これまで腕の立つ冒険者が何人も村を訪れて、山へと登っていきました。ですが魔王軍の幹部を自称するデーモンはとてつもなく強い……山に登った半数が殺されて、残りの半数は逃げ帰りました。生き延びた一人はこう証言します。あれは世界を救う勇者でなければ倒せない、伝説級の魔物だと……」
冒険者ギルドに討伐の依頼を出した事、しかし誰も魔物を倒せなかった事、それらの事実を無念そうに語る。
村長の口ぶりから察するに、ギルド長ドーバンが予想した通り、デーモンが魔王軍の幹部である事は間違いなさそうだ。
「結局、デーモンを倒せる者は一人もいませんでした。このままでは、我々は死を待つだけになってしまう……ですがもう、どうする事も出来ないのです……ゴホゴホッ!」
村長は悲しげに顔をうつむかせると、村の未来を悲嘆した言葉を吐いて話を終わらせた。最後は病気に侵された事実を生々しく伝えるように咳き込む。
ガクッと肩を落とす老人の姿は何とも惨めだ。八方手を尽くしてもどうにもならなかった絶望、これまで多くの同胞を失った悲しみ、それらがひしひしと感じられた。
「………」
話を聞き終えて、ルシル達が思わず黙り込む。村長にかける慰めの言葉が見つからず、誰も一言も発しない。皆が沈痛な表情を浮かべて下を向いたまま口をつぐむ。
村人が味わった苦しみを知らされて、彼らがどれだけ辛い思いをしたか想像し、胸が痛んだ。罪なき人々を虐げるデーモンに怒りを覚えると同時に、何としても彼らを助けねばならない使命感に駆られるのだった。




