第90話 日本の妖怪を統べる王
ギースを倒したザガートの前に、ケセフの弟カフカが姿を現す。傭兵に魔王抹殺を依頼した張本人である事実を明かす。黒いチーターの化け物を呼び出して魔王の処刑を命じたものの、チーターはいともたやすく返り討ちにされてしまう。
配下の魔獣を倒された事にカフカが激高する。懐から黒いガラス球のような球体を取り出すと、恐ろしい悪魔が封印されている事を告げる。それを魔王にぶつけるつもりなのだと言う。
地面に叩き付けられた球体が粉々に砕けて、悪魔の封印が解ける。
「なん……だと!?」
視界に入り込んだ光景にザガートが驚きの言葉を発する。それもそのはず、醜悪な魔神のイメージからは程遠い、一人の若い女性が大地に寝そべっていたからだ。
その女性、見た目は二十七歳くらいで、赤い『着物』と呼ばれる和服を着ている。胸元ははだけており、常に右肩を出して、腰の帯を緩めに縛ってだらしなく着崩している。脚の組み方や角度によって太腿がチラリと見えて、股間にフンドシらしき白い布を穿いているのが見える。足には白い足袋を履いており、更にその下に草履を履く。
性的にだらしなそうな服装は『花魁』と呼ばれる遊女を思わせる。
東洋人のような肌色をしていたが、色が濃い目で、褐色肌との中間的な小麦色の肌だ。身長は百六十センチ程度で、全身の肉付きが良い。セクシーな抱き心地の良さを思わせる。
黒髪のおかっぱ頭で日本人の顔付きをしていたが、頭に鬼の角が生えて、口からは八重歯を覗かせていた。
「ふぁーーーーあっ……なんじゃ全く、騒々しいのう。こちとら二百年ぶりの目覚めなんじゃ。もちっと静かに起こさぬか」
鬼の女がけだるそうにあくびしながら目を覚ます。地べたに胡座をかいて座りながら「んーーっ」と上半身を伸ばし、眠たそうに瞼を擦った後、尻をボリボリと手で掻きながらゆっくりと立ち上がる。
カフカに切り札として呼ばれたというのに、全く緊張感が無い。とても魔王一行を皆殺しにする悪魔の姿とは思えない。
老婆のような独特の喋り方をしており、見た目より相当長生きしているのが分かる。さながら『のじゃロリ』ならぬ『のじゃババア』と言った所か。
「貴様……何者だ?」
ザガートが訝しげな表情で問いかける。素性の知れない相手を前にして警戒心を隠さない。
「フッフッフッ……よくぞ聞いてくれたのう」
魔王の問いに女が不敵な笑みを浮かべる。よっぽど自分が何者か教えたくてウズウズしたようだ。
「妾は鬼姫……東の国の『鬼』族を統べる長にして、妖怪の王と恐れられし者じゃ」
腰に手を当てて誇らしげなドヤ顔になりながら、ノリノリで自己紹介する。東洋における魔王のような存在であった事を明かす。
「かつて日本で暴れ回った時、モモタロウと名乗る侍が妾を退治しに来よった。そしてヤツと妾は対決したのじゃ。勝負は互角じゃった……一進一退の攻防を繰り広げた末に、我は負けて封印された。そして黒い球の中で二百年眠り続けておったという訳じゃ」
桃太郎という人物と戦って敗れた事、それによって現在まで封印されていた事を教える。
(フーーム……俺が元いた世界の桃太郎に『鬼姫』などという人物はいなかったが、こっちの世界では違ったらしい)
ザガートが顎に手を当てて小難しい表情になりながら、あれこれ考える。異世界の桃太郎が自分の知っている話と違う事について思いを馳せた。
「オイ、何をゴチャゴチャと無駄話している! せっかく封印を解いてやったんだ! さっさとそいつを殺さないかッ!!」
一向に戦いが始まらない事にカフカが痺れを切らす。ズカズカとガニ股で鬼姫に近寄っていくと、恩着せがましい言葉を吐いて魔王の抹殺を命じる。
「やかましい! 汚い面で我に指図するでない、このブサイクピエロがッ!!」
鬼姫は目をカッと見開いて大きな声で一喝すると、道化師の頬を全力でバチーーンッ! とひっぱたく。肉を叩いたとても良い音が鳴る。
「へぶるぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!」
カフカが滑稽な奇声を発しながら豪快に吹き飛ぶ。空中で錐揉み回転した挙句地面に叩き付けられて、ゴムボールのように派手にバウンドする。最後は大の字に倒れたまま手足をピクピクさせた。強い力で叩かれた頬は風船のようにパンパンに腫れ上がっている。もし殴られたのが並みの人間なら、首が捩じ切れただろう。
「お主、妾を誰じゃと思うておる! 恐れ多くも、東の妖怪の王じゃぞ! 貴様如き三下が、おいそれとこき使うていい相手なぞではないッ! どうせ貴様程度の力では、我を隷属させる術を持ち合わせておらぬのだろう……かくも自由の身となったからには、好きにやらせてもらうぞ」
自分を高圧的な態度で従わせようとしたカフカを、鬼姫が大声で怒鳴り付ける。道化師の命令に従う意思が無い事を明確にする。封印を解かれた事に恩義を感じる様子は微塵もなく、自分の好きに生きるという。
「それで鬼姫とやら……ヤツの命令に従わぬというなら、お前はこれからどうする気だ?」
ザガートが彼女の今後の方針について問う。
「……んっふっふっふっふーーーん」
魔王の問いかけに鬼姫が意味ありげに含み笑いする。ニタァッといやらしい笑みを浮かべながらズカズカと魔王に近付いていき、全身を舐めるような視線で眺める。
「ザガートとやら……お主の事は聞き及んでおるぞ。なんでも異世界から来た最強の魔王だそうじゃな。我は二百年眠っておったが、外の世界の事は夢で見ておったからのう」
まじまじと相手を観察しながら、魔王について知っていた事を明かす。
「魔王よ……今から妾と勝負せい! 勝負に勝った方が相手の言う事をなんでも聞くという約束でなッ!!」
自信満々に相手を指差しながら、仰天の発言が飛び出すのだった。




