第75話 強襲っ! 三頭魔獣ケルベロス!!
盗賊の一味を蹴散らしたザガート達一行は山歩きを再開する。旅の商人ラシードに別れを告げると、山道の分かれ道まで来て、山頂へと向かう方を進んでいく。
麓へと下りるもう一方の道である事件が起きていた事を、彼らは知る由もない。
目的地を目指して一時間ほど歩いた時……。
「……ムッ!?」
ザガートが異変を察知して、慌てて後ろを振り返る。その直後ドガドガドガッと巨大な何かが走る音が鳴り響いて、山全体が激しく揺れた。大地の振動に驚いた鳥達が慌てて空へと逃げて、野山を駆けていた野生動物達がすぐさま何処かに隠れる。
魔族ではない自然の動物が一瞬にして姿を消し、山中には魔王一行しか居ない状態になる。彼らが野生の勘によって危険を感じて避難した事は明白だ。
むろん野生の勘など無くとも、危険が近付いている事は少女達でも分かる。何しろ巨大な足音は彼女達の方へと向かっていたのだから。
一行が来た道を振り返ると、黒い大きな物体が、猛ダッシュで山道を駆け上がってくる。足音の主である『それ』は少女達から数メートル離れた場所まで来て一旦立ち止まる。
「グルルルル……」
ライオンより二回りほど大きな、ドーベルマンのような黒い犬の魔獣が、相手を威嚇するように唸り声を発する。ケルベロスという名で知られた神話の怪物は、三つの頭で少女達を眺めながら、ダラダラと涎を垂らす。おいしそうな獲物を見つけたと言わんばかりにペロリと舌なめずりした。
(なんて事だ……俺達は、敵は山頂にいると思い込んで、そこを目指していた。だがヤツは既に別の場所に移動していて、ヤツを追っていたつもりが、逆に俺達がヤツに追われる側になっていたというのかッ!!)
新たな敵を前にしてザガートが歯軋りする。地図を頼りにし過ぎて、敵の動向に気を配れなかった自身の判断の甘さを嘆く。背後に回り込まれる事態を招いた事に責任を感じる。
直接名乗りがあった訳ではないが、この神話級の怪物こそが、魔王軍第四の幹部であろうとみなす。これほどの大物が一介の雑魚で済むはずが無いという考えが頭の中にあった。
反省するのは後回しにして、今は目の前にいる敵を倒す事に集中しようと気持ちを切り替える。
「ゲヘナの火に焼かれて、消し炭となれ……火炎光弾ッ!!」
敵に手のひらを向けて攻撃魔法を唱える。魔王の手のひらから煌々と燃えさかる梨くらいの大きさの火球が放たれて、魔獣めがけて飛んでいく。
巨大な塔を木っ端微塵に吹き飛ばす威力の火球が、魔獣を捉えようとした瞬間……。
「何ッ!?」
視界に映り込んだ光景に魔王が目の色を変えた。
火球が触れようとした瞬間、ケルベロスが三匹の魔物に分裂して、魔王の攻撃を回避したのだ。敵に当たり損ねた火球はそのまま背後にある空へと飛んでいき、ボンッと破裂して消える。
三匹に分かれた魔物はそれぞれ別の方角へと走り出す。わざと四方に散らばって、相手を攪乱させる狙いがあった。
その魔物達は動物のチーターより一回り大きな、黒い犬の魔獣だった。三匹に分かれただけあって、頭は一つずつしか無い。
(この世界のケルベロスは、三匹のヘルハウンドが合体して一匹の魔獣になった姿だったというのか……)
犬の魔獣が分裂した姿を見て、ザガートが思わず感心する。
自分が元いた世界で聞いた伝承とは異なる魔獣の特性に、驚きを通り越して「そういうのもアリか」という気持ちにすらなる。心の中で敵ながら天晴と称賛する。
「師匠、どうするッスか!?」
魔王が呑気に感心していると、なずみが今後の作戦を問う。三体に分かれた魔獣に対し、どう戦うべきか意思確認を行う。
「敵は一箇所に固まらず、バラバラに襲ってくる! こっちも戦力を三手に分ける必要がある! 三匹の相手はお前達に任せる! 一人一体ずつ相手をして、敵に手傷を負わせろ! 俺は強化魔法でお前達をサポートする!!」
ザガートがテキパキと指示を出す。敢えて自分一人で戦うのではなく、仲間の力を借りるべきだと考えて、その為の役割分担を行う。
「分かった、任せてくれっ!」
「私達の力を見せ付けてやります!」
レジーナが頼もしげな台詞を吐く。仕事を任された以上、仲間の期待に応えねばなるまいと気を張る。戦いに備えるべく、鞘から剣を抜いて構える。
ルシルも負けじとガッツポーズを取る。二人に遅れを取る訳には行かないと鼻息を荒くする。
ザガートは二人の言葉を聞いて安心したようにフッと笑う。彼女達に戦いの機会を与えられた事、彼女達自身がそれに乗り気である事を心から喜ぶ。
少女達に戦わせた判断が間違いだったと後悔しないために、全力で彼女達を支えねばなるまいと思いを強くする。
「大地と大気の精霊よ、古の盟約に基づき、我に力を与え給え……全能強化ッ!!」
両手で印を結んで魔法の言葉を唱える。すると少女達の体が眩いオーラに包まれる。オーラは黄金のようにキラキラと輝いていて、見るからに美しい。何らかの強化をされたであろう事は一目瞭然だ。
「うおおおおっ! 光ってる! オイラ、光ってるッスよおおおおおおっ!!」
自分の体が突然光りだした事になずみが困惑する。初めての経験に戸惑いながらも興奮気味に胸をワクワクさせた。
「何だこれはッ! 力が……体の奥底から力が湧いてくるッ!!」
「まるで自分がいきなり強くなったみたいです!!」
レジーナとルシルも急激に力が湧き上がってくる感覚にテンションが高まる。体が芯から熱くなり、全身の細胞が活力に漲ったような気がして、今すぐ戦いたい衝動に駆られた。
「全能強化……五分の間だけ、全ての能力を十倍に底上げする魔法ッ! パワー、スピード、打たれ強さ、魔力……全てだ! あまりに強力すぎる為、一日に一度きりしか効果を発揮しないシロモノだが……ここで使うべきだと判断した!!」
少女達に掛けた強化魔法についてザガートが解説する。効果が絶大であるが故に制約があり、何度も使える手段ではない事を教える。正に使うべき場面を選ぶ切り札と呼べるものだ。
「今のお前達の力なら、ヘルハウンドと十分に渡り合える! 決して負ける事など無い! 自分を信じて戦え!!」
十倍に強化された少女達の強さが魔獣に劣らない事を伝えて、彼女達が安心して戦えるよう背中を強く押すのだった。




