第69話 熱戦! 魔法大激突!!
「ヌッ……グヌゥゥゥウウウウ」
殴り飛ばされて地面に倒れていたアスタロトが、呻き声を漏らしながら体を動かす。両腕を支えにして上半身を起こすと、ゆっくりと二本の足で立ち上がる。まだダメージが残っているのか、僅かに足をよろめかせたが、気力によって踏み留まる。
衣服に付いた泥を手で叩いて払い、ポケットからハンカチを取り出して、顔の汚れを綺麗に拭き取る。異空間から取り出した手鏡で自分の顔を見て、髪の乱れを手直しする。身だしなみを整えると、目を閉じたまま「スゥーーッ」と深呼吸する。
ブチ切れてもおかしくない屈辱を味あわされた筈だが、ここで取り乱しても仕方がないと自分に言い聞かせて、気持ちを落ち着かせようとした。
しばらく何もせずただボーーッと突っ立っていたアスタロトだが……。
「フフフ……ハハハッ……ハァーーーッハッハッハァッ!!」
突如大きな声で笑い出す。最初は抑えるように小さな声で、徐々に堪え切れなくなり、堰を切ったように高笑いする。
「何がおかしい? 気でも狂ったか?」
ザガートが訝しげな表情になる。相手の真意が全く掴めず、声に出して問わずにいられない。
彼からすれば、魔界大公爵がここで笑うのは理解不能だ。余裕ぶって強がってみせたか、ヤケを起こして頭がおかしくなったようにしか見えなかった。
「フフフ……ザガート君ッ! 見事だよ……実に見事だッ! まさか暗黒幻影秘術を初見で見破るとはね……どうやらキミの実力を見誤っていたようだ。キミをそこいらの冒険者と同列に扱っては、失礼に値するというもの……まさしくキミはアザトホースに匹敵する力を持った、異世界最強の魔王ッ!!」
魔王の問いにアスタロトが笑いながら口を開く。自身の想定を遥かに上回る実力だった事を素直に認めて称賛する。
奥義を破られた事に焦る様子は無い。それどころか、目の前にいる相手が大魔王と同等の力を持つ存在だと確信して、その事に歓喜する。
「これが昂ぶらずにいられるかい!? 僕は今、体の震えが止まらない! 何しろキミに勝てれば、それはアザトホースに勝ったも同義! 僕が世界を支配する王に相応しい事の証明になるんだからね!!」
魔王との戦いに勝てば、この先自分に対抗できる者は一人もいなくなる事実を興奮気味に熱く語る。早口でまくし立てたあまり口から大量の唾が飛び、大地が汚れる。
危険な薬を打ってラリったような恐ろしい形相になり、手足をガクガク震わせた。世界征覇の野望に打ち震えたあまり正気を失ったかのようだ。
「さぁて、第二ラウンドと行こうじゃないか……ここからが本番だ!!」
マントをバサッと開いて風にたなびかせると、次なる戦いの始まりを告げる。
「ゲヘナの火に焼かれて消し炭となるがいい……」
「ゲヘナの火に焼かれて、消し炭となれ……」
まず先にアスタロトが、それから一瞬遅れてザガートが呪文の詠唱を行う。僅かに内容が異なるものの、同一の魔法を唱えようとしている事は明らかだ。
「「火炎光弾ッ!!」」
二人の声が重なるように同時に魔法名を叫ぶ。次の瞬間、それぞれの手のひらから激しく燃えさかる火球が放たれて、相手めがけて飛んでいく。
火球は空中で衝突すると、火が点いたダイナマイトのように爆発して、大地が割れんばかりの轟音と共に火の粉を飛び散らせた。
火球はぶつかり合った衝撃で双方共に消滅する。どちらか一方が打ち勝つ事なく、相殺された形となる。それは互いの魔法力が拮抗している事を少女達に悟らせた。
「フフフッ……火炎光弾の威力はほぼ互角という訳か。だがまだ終わりではないぞ、ザガートッ! 我が力、とくと目に焼き付けて死ぬがいい!!」
アスタロトが余裕ありげに笑う。攻撃魔法が相討ちだった事に焦る様子は無く、奥の手を残してある事を口にして勝利の確信を胸に抱く。
「ザ・ウーラザザ・ヘーゲルゲー・デューカイム・ゲッヘル……」
突如両手を組んで人差し指を垂直に立てると、怪しげな呪文を唱え出す。
「永久に溶けぬ氷の檻に幽閉されよ……氷結監獄葬ッ!!」
長い詠唱を終えると、両手のひらを相手に向けて魔法の言葉を叫ぶ。すると急激に気温が下がったように周囲を吹き抜ける風が冷たくなり、大気中の水分が凍ったのか、ザガートの周りの空気が結晶化してキラキラ輝く。
「……ッ!!」
魔王が何かに気付いたように驚いた表情になる。足元の地面が眩く光るや否や、ザガートが立っていた空間にまるでテレポートしてきたように巨大な氷が出現して、彼を一瞬にして四角い氷の中に閉じ込める。
避けられなかったのか、わざと避けなかったのかは分からないが、魔王は凍ったまま微動だにしない。生きているかどうかも分からない。
氷はいつまで経っても溶ける気配が無く、冷たい空気を発したままデンッと立っている。まるで氷というよりもダイヤモンドの置き物のようだ。
「これぞ我が奥義、氷結監獄葬! 最上位階の氷属性魔法ッ! 五十度の炎天下に晒されようと、ドラゴンの炎で炙られようと、絶対に溶けぬ永久凍結の氷に閉じ込める術ッ! もはやザガートが氷の外に出る事は決して無い! ヤツはこのまま未来永劫、展示物として置かれるハメになるのだ! フフフ……ハハハッ……ハァーーーッハッハッハァッ!!」
魔王を凍らせた術についてアスタロトが誇らしげに解説する。敵を無力化した事を強く確信して、胸の内に湧き上がる嬉しさのあまり、天を仰ぐようなポーズで高笑いした。
「……さて、と」
ひとしきり笑って満足すると、思い直したように少女達の方を向く。何も言わず彼女達に向かってズカズカと歩き出す。やがてルシルの前に来て立ち止まる。
「お嬢さん方、私の愛人にならないかい? なに、悪いようにはしない。何一つ不自由する事の無い、怠惰と快楽にまみれた日々が待っている……」
口説き文句を口にして片膝をつくと、少女の右手の甲にキスをした。三人をハーレムに加えて、淫らな行為をしようと企んだようだ。真っ先にルシルに声を掛けたのは、彼女の三つ編み眼鏡巨乳属性が性癖に刺さったのだろう。
「やめてっ!」
ルシルが慌てて男の口付けを振り払う。キスされた右手を服の裾でゴシゴシ拭うと、穢らわしいものを見るような目で男を見る。胸の内に湧き上がった不快感を隠そうともしない。
「そうだっ! ザガートはお前とは違う! お前のようなねっとりスケベ色男と一緒にするな!」
レジーナがドサクサに紛れて男の悪口を言う。魔王を引き合いに出して、アスタロトを好みのタイプではないと断言する。
魔界大公爵は目の覚めるような色男だが、その事に心を動かされたりはしない。
王女が指摘した通り、ザガートとアスタロトは全くの正反対だ。三人の少女は魔王のワイルドで野性的なたくましさに心惹かれたのであり、ナヨナヨしい軟派な男に惚れたりなどしない。
ザガートなら一夫多妻であっても一人一人を家族のように愛するが、アスタロトは単に肉欲のまま女を取っかえ引っかえするだけだろうというイメージも、嫌悪感に拍車を掛けた。
「師匠はこの程度の事でやられたりしないッス」
なずみが勝ち誇ったようにニヤリと笑う。魔王が死んだなどとは微塵も思っておらず、彼が氷の中から出てくる事に確信を抱く。
「フフッ……何を馬鹿な事を」
アスタロトが少女の言葉を一笑に付した時……。
突如男の背後からビシビシッと異音が発せられた。魔界大公爵が慌てて後ろを振り返ると、四角い氷がゴゴゴッと音を鳴らしながら揺れており、魔王がいた地点を中心として亀裂が入りだす。亀裂は瞬く間に氷全体へと広がる。
「ば……馬鹿な!?」
アスタロトが呆気に取られた瞬間、氷がゴシャァァーーーンッと音を立てて砕ける。氷の破片がバラバラと地面に散乱し、白い湯気を立ち上らせた。男の「溶けない」という言葉を無視するように融解しており、水になって蒸発する。
白い湯気の中に人影が立つ。それはアスタロトの方へとゆっくり歩く。
「なかなか面白いものを見せてもらったぞ……アスタロトよ」
湯気の中から出てきた男が不敵な言葉を吐く。その者は言わずもがな、氷に閉じ込められたはずのザガートその人だった。特に深手を負った様子は無く、何事も無かったかのようにピンピンしている。
「俺の得意魔法は火属性と闇属性ばかりに偏っていて、氷属性にはとんと疎いのでな……今の魔法は始めて見た。もし今後デス・スライムと再戦する事があれば、お前の魔法を使わせてもらう。その事に礼を言わねばなるまい」
アスタロトから受けた技が未習得だった事を口にして、新しい術を教えてくれた事に深く感謝する。決して皮肉で言った訳ではなく魔王は本当に感謝したのだろうが、敵からすれば屈辱でしかない。
「まぁ、それはそれとして……俺の女に手を出そうとした事は許さんッ!」
愛する女にちょっかい出された事に強く憤るのだった。




