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第58話 グラナダの町へと

 リザードマンの村を救ったザガート達は、地図に書かれた三つめの宝玉がある地を目指して歩く。湿地帯を抜けて山を越えて、森を抜けて開けた平原を突き進む。

 夜が来れば結界で覆ったテントに寝泊まりし、朝が来れば再び歩き出す。旅の道程で何度か魔物に襲われたが、魔王が返り討ちにする。今更いまさらスライムやゴブリンが襲ってきた程度では脅威にすらならない。


 平原には馬車が通るための道がかれてあり、一行はそれに沿って進む。

 三つめの宝玉がある場所まで、およそ数キロの地点に来た時……。


「この道をまっすぐ進むと、城塞都市グラナダがある。そこそこ大きくて、栄えた町だぞ」


 レジーナが平原の彼方を指差しながら口を開く。


あねさん、その町の事知ってるんスか?」


 なずみが王女に問いかける。


「ああ……そこの領主と私は顔見知りなんだ。何しろ私は一国の王女だからな」


 仲間の疑問に王女が答える。都市を治める人物と自分が旧知の間柄である事を伝えて、腰に手を当てながら得意げなドヤ顔になる。


「ん? おお……そうか。そう言えばお前が王女だという事を、すっかり忘れてた。何しろちっとも王女様らしくない脳筋ゴリラ女だったのでな」


 ザガートがすっとぼけた口調で言う。冗談とも本気とも付かない言葉を真顔で発して王女をからかう。


「きっ……貴様ッ! 人が心の中でひそかに気にしていた事を、よくもずけずけとッ! ゆっ……ゆるるさぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーんッッ!!」


 レジーナが顔を真っ赤にして怒り出す。頭に血がのぼって冷静さを失ったあまり、『る』が一つ多くなってしまう。鼻の穴おっぴろげたゴリラのような顔になりながら、魔王の首を絞めようとした。


「王女様、落ち着いて下さいっ!」

「姐さん、いちいち師匠の言葉に乗せられたら身が持たないッスよ!!」


 ルシルとなずみが慌てて王女を止めようとする。なだめる言葉を掛けながら後ろから捕まえて、力ずくで引きがそうとする。

 当のザガートは彼女の力程度では死なないので、気の済むようにさせる。首を絞められても痛がる素振りを全く見せず、空をボーッと眺めて、蝶々を目で追いかける。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 やがて王女の息が上がる。魔王の首を絞めるのをやめて、ひざに手をついて前かがみになりながら、肩で激しく息をする。表情に疲労の色が浮かび、ひたいにドッと汗が噴き出す。


「……本気で気分を害したなら謝る」


 疲れた王女に魔王がびの言葉を述べる。ほんのちょっとからかっただけだった、傷付けるつもりは無かったと言いたげに申し訳なさそうな顔をする。


「別に……本気で怒っちゃいない。いつもの悪ふざけだという事は分かっていた」


 レジーナが額に噴き出た汗を腕でぬぐいながら言う。軽口のジョークだった事を最初から見抜いており、謝る必要は無い意思を伝える。最後は怒りが吹き飛んでスッキリしたようにニコッと笑う。


 魔王も安心したように微笑み返し、止めていた足を動かす。レジーナとなずみは彼の後に続いて歩き出し、一行はグラナダの町を目指して進む。


「……」


 ルシルは三人に遅れて歩きながら、思い詰めた表情をする。心にモヤモヤを抱えながら、口には出せない。


 彼女は内心、ザガートと王女の関係をうらやましいと思った。

 魔王は明らかに王女にちょっかいを出したがっている。わざとからかうような言動をして、反応を楽しんでいる。ムキになる姿に、イタズラ心を刺激されるのだろうか。

 王女も本気で怒ってはいない。表面上怒った素振りは見せるが、心の中では悪意が無い事を見抜いている。ボケとツッコミの関係が成り立っている。


 漫才の相方のような信頼関係にある二人をうらやましいと感じながら、自分にはそれが出来ない事をルシルは分かっていた。魔王の三人への接し方はそれぞれ異なるゆえに、決してえこひいきしてる訳ではない……自分にそう言い聞かせて、少女は前に進むのだった。


  ◇    ◇    ◇


 数分ほど歩くと、町を取りかこむ巨大な城壁が見えてくる。その唯一の入口である門の所に、鉄の鎧を着て槍で武装した二人の兵士がいる。


 兵士の片割れが、町を目指してやってくる魔王の姿を目にした途端……。


「うっ……うわあああああっ! あっ……上級悪魔アーク・デーモンだぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」


 大きな声で叫んで慌てふためく。表情は一瞬にして青ざめて、手足の震えが止まらなくなる。恐怖のあまり蛇ににらまれたカエルのように硬直して、歯をガチガチさせたまま動けなくなる。


「落ち着け、バカっ! ヒルデブルク国王から、一行の特徴と人相書きが出回っただろう! 彼は異世界から来た魔王だっ!!」


 もう一人の男が、早口でののしりながら相方の頭をバチーーンと叩く。町を訪れたのが救国の英雄である事を伝えて、気持ちを落ち着かせようとした。


「へ!? ととと、という事は、貴方様がウワサ魔王救世主ダークロード・メサイヤ様で!? こ、これは失礼をいたしやしたッ! どうぞお通りくだせえッ!!」


 兵士は一瞬ポカーンと口を開けた後、すぐ正気に戻って頭を下げる。素性を見抜けなかった非礼をびて、町への通行を許可する。よほど慌てたのか、何故か江戸っ子のような口調になる。


「あ、ああ……そうさせてもらう」


 ザガートは二人のやりとりを呆気あっけに取られて見ていたが、通行を許可されたので大人しく通る事にする。内心「こんな連中に町を任せて大丈夫か?」と不安が頭をよぎったが、深く考えないようにした。


  ◇    ◇    ◇


 城門を通り抜けると、目の前に大きな町が広がる。石造りの丈夫そうな建物が見渡す限りズラッと立ち並ぶ風景は見る者を圧倒する。総人口は一万人を超えそうだ。


 表通りは商店街になっており、昼間から多数の人でにぎわっている。何も無い日なのに、祭りのようにワイワイ活気付く。数人の子供が楽しそうに道路を駆け回り、肉屋の店主が大声で特売セールを呼びかける。吟遊詩人が楽器を鳴らし、怪しげな手品師が子供達に手品を披露する。


 人々の活気は魔族に平和をおびやかされた悲壮感を感じさせない。ザガートは町を眺めて「何と素晴らしい所だ」と心の中で感心する。


 裏通りは住宅街が立ち並ぶ。日の光が届かない場所を兵士達がこまめに巡回しており、治安は良さげだ。ゴミも捨てられておらず、清潔な印象を持たせる。

 レジーナが言っていた通り、かなり規模の大きな町だ。大都市と呼んでも差し支えない。


 ザガートが仲間を引き連れて表通りを歩くと、観衆の目が向けられる。すでに救国の英雄である事が知れ渡っていたためか、敵視される事こそ無かったものの、それでも有名人の到着に街中がにわかにざわつく。


「あれが異世界から来た魔王……」

「なんて恐ろしい悪魔のような姿だ」

「見た目に反して、性格は優しいらしいぞ」

「よく見るとイケメンだわ」


 人々が口々に魔王のウワサをする。となりの者と顔を見合わせて、ヒソヒソと小声で話をする。当人に聞こえないようにしたつもりらしいが、ザガートの聴力をもってすれば丸聞こえだ。


 町の住人の反応は様々だ。ただならぬ気配に畏怖いふする者、尊敬の眼差しを向ける者、彼を神の使いとみなして祈りを捧げる者、魔王と付き合いたいと願う女性、彼が三人の美少女を連れて歩く姿を見てうらやましく感じる男性……。


 反応は異なるものの、皆の視線が魔王へと向けられる。けれども、誰も声を掛けたり近寄ろうとしない。やはり心の中では、かつに手を出せば火傷やけどするかもしれないという恐れがあったのだろう。


 大人の間に魔王に近寄れない空気が漂った時、それを無視するように一人の子供が駆け出す。七歳くらいに見える少年は場の空気を読まずタタタッと走っていき、魔王の前に立つと顔を上げる。


「まおう様ーーっ、あくしゅしてーー」


 そう言って両手を差し出す。少年は無邪気な笑顔を浮かべて、目はキラキラ輝く。魔王に恐れを抱く様子はじんもない。


「ああ……構わない」


 ザガートは穏やかな笑みを浮かべて承諾すると、その場にしゃがんで少年の手をガッチリ握る。最後は優しく頭をでた。


「おっ……うぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」


 男の少年への対応に、感極まった町の住人が思わず歓声を上げた。恐ろしい姿をした悪魔が、父親のような態度を見せた事に、感激せずにいられない。

 これまで抱えた不安は一瞬にして吹き飛び、町の声が魔王への称賛一色に染まる。誰もが彼を英雄と認め、心からたたえる。

 少年の母親と思われる人物は最初こそ恐れをしていたが、最後は感動のあまりむせび泣く。


(やれやれ……だが悪くはない)


 ザガートは街中の注目を集めた事に困った顔しながら、内心満更まんざらでも無かった。いずれ世界の王を目指す以上、他人に注目されるのは仕方のない事だと受け入れる。むしろ何処か誇らしげですらあった。

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