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第51話 期待と落胆

「やったぁっ! ついにスライムが死んだぞぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーっっ!!」

「ヒャッホーーーーーーイ!!」

「俺たちの勝利だッ!!」


 生き残ったリザードマン達が歓声を上げた。村が救われた嬉しさのあまり、ピョンピョン飛び跳ねたり、ワイワイ声に出してはしゃぐ。ルシル達はそんな彼らを見てニッコリ笑う。


 誰もが完全にスライムは倒されたと思い込む。極小スライムと魔王の一瞬の攻防に、全く気が付いていない。


「おいザガート、何をそんな辛気臭い顔してるんだ? せっかく敵を倒したんだから、もっと喜べ」


 一人浮かない顔をする魔王の背中を、レジーナがバンバンッと手で叩く。


「……倒してなどいない」


 ザガートがボソッと小声でつぶやく。


「ヤツは体が爆発する直前、本体であるコアを分離させた。俺はそれに気付いてヤツを仕留めようとしたが、まんまと逃げられた……ヤツは死んでなどいない。体の大半を失いこそしたが、えさを食べて元の大きさに戻ったら、また村に攻めてくるだろう」


 スライムを仕留めそこなった事、いずれ村を襲来するだろうという憶測を、重苦しい口調で伝える。彼の表情は真剣そのものであり、言っている言葉が真実である事を、その場にいる者に分からせた。


「そんなぁーーー」


 リザードマン達が間の抜けた返事をする。口々に「ああ……」と残念そうにため息を漏らす。村が救われた喜びは一瞬にして冷めて、深い失望感にさいなまれた。

 残酷な事実を突き付けられて、それを信じたくない気持ち、だが受け入れざるを得ない現状に、頭を抱え込んだ。


「……せめて敵を倒せなかったびをせねばなるまい」


 ザガートはそう言いながら、スライムの餌食えじきとなった白骨死体がある方へと向く。


「我、魔王の名において命じるッ! なんじの傷をいやし、魂をあるべき場所へと呼び戻さん……蘇生術リザレクションッ!!」


 天をあおぐように両腕を左右に大きく広げると、魔法の言葉を唱える。

 天から光が差し込んで白骨死体をまばゆく照らすと、溶かされた体がみるみるうちに再生していき、一度は抜けた魂が戻って、リザードマンがむくっと起き上がる。

 スライムに殺された十人は全員生き返り、一人の犠牲者も出ない状態となる。


「ああ……生きてるッ! 俺、生き返ったぞぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーっっ!!」


 最初に生き返った一人が大きな歓声を上げた。完全に死んだものとばかり思っていた自分が現世にとどまれた感動に胸がおどりだす。


「やったぁぁぁぁああああああーーーーーーっ!」

「生き返ったああああああっ!!」


 他のリザードマンも次々に歓喜の言葉を漏らす。村人同士が互いに抱き合って、同胞が生き返った喜びを分かち合う。最後は感激のあまりウッウッと泣く。


 最初こそスライムを倒せなかった事実に落胆したものの、それでも仲間が生き返った事は、彼らにとって何物にも代え難い喜びがあった。


「で……ではザガート様ッ! ひょっとして、今まで殺された仲間も全員生き返らせられるのでは!?」


 一人のリザードマンがそんな言葉を吐く。死者をよみがえらせる奇跡をもたらした魔王ならば、過去の犠牲者達も生き返らせられるのではないかと希望を抱く。

 他の村人も彼の言葉を聞いて「オオッ」と叫ぶ。父親を殺された少年ジャンも、父が戻ってくるのではないかと期待に目を輝かせた。


「残念ながら……それは無理だ」


 ザガートが重苦しい表情になりながら答える。村人の期待に応えられない無力感に打ちのめされて、ガックリと肩を落とす。


蘇生術リザレクションで呼び戻せるのは、死後十二時間を経過しない魂のみ……それを過ぎると肉体と魂の繋がりが切れて、蘇生魔法では呼び戻せなくなる。生命創造クリエート・ライフを使えば体だけは修復できるが、中身は別人になってしまう」


 過去に殺された死者までさかのぼって生き返らせられる訳ではない事、これまで使用した魔族を生き返らせる術が、本人を生き返らせられるものではない事を伝えた。


「……すまない」


 最後は申し訳なさそうに頭を下げて謝る。表情には苦悩の色が浮かび、声は今にも消え入りそうにか細い。世界を滅ぼす力を持った魔王が、見るからにしょぼくれた顔をしている姿は何とも哀れだ。


「……」


 魔王の話を聞かされて村人達は何とも言えない表情になる。あわい期待が一瞬で裏切られたショックのあまり、村がシーーンと静まり返った。


 彼らの中に魔王を責める気持ちなどありはしない。むしろこれまでの事を思えば、魔王に感謝したい思いすらあった。逆に自分達が過度な期待を寄せてしまい、英雄に辛い思いをさせたのではないかと後悔の念すら抱く。


 誰もが掛ける言葉が見つからず、無言のまま黙り込む。

 村がにわかに重苦しい空気に包まれた時、それを破ろうとするように、リザードマンの長老ジアラが前に進み出た。


「貴方様がお謝りになる事など、何も御座ございませぬ……どうかお気になさりませぬよう」


 村を代表する立場として、魔王を責める意思が無い事を伝える。


「そうだそうだ」

「魔王様はよくやってくれた」

「アンタが謝らなきゃいけない事なんて、何もねえ」


 他の村人達が、彼の言葉に賛同する。村のために尽力した英雄にねぎらいの言葉を掛けて、精神的に立ち直らせようとした。


 彼らの言葉を聞いて、ザガートの表情に笑顔が戻る。他者に過度な期待を背負わせまいとする村人の健気な態度に、心を救われた気がした。そんな彼らだからこそ助けねばなるまいと、より一層思いを強くする。


「……」


 ただジャン少年だけは言葉を発しない。重苦しい表情を浮かべて下を向いたまま黙り込む。他の村人に笑顔が戻る中、彼だけが暗い顔でいる。


 ザガートは一瞬どうすべきか悩んだ後、ゆっくりと歩き出す。少年の前に立つと、その場にしゃがんで顔をのぞき込む。


「約束を果たせず、すまない」


 父のかたきを取れなかった事を深くびる。


「……お兄ちゃんは悪くないよ」


 ジャンは今にも消え入りそうにか細い声でつぶやくと、魔王に背を向けて、トボトボと歩き出す。彼の家と思しき小屋の中へと入っていき、そのまま出てこなかった。

 としも行かぬ少年の去りゆく姿は何ともさびしげだ。父親が生き返らない事に深く落胆した様子がうかがえる。


 少年は責めの言葉を発しなかった。だが胸の内では精一杯我慢したであろう態度が、ザガートにはかえって痛ましかった。


  ◇    ◇    ◇


 戦いから数時間が経過……外の景色がすっかり暗くなった真夜中。

 村から数キロほど離れた湿地帯ではセミがミンミン鳴いて、鳥がホゥーホゥーとさえずる声が、合唱のように鳴り響く。


 月明かりに照らされて、川沿いに並ぶように座っていたカエルの群れが、彼らの演奏に合わせて歌をうたおうとしていた。


「ゲッ……!!」


 歌が始まろうとした瞬間、黒い影のような物体がカエルに飛びかかる。その奇妙な『何か』は最初に一匹を飲み込んだ後、次々と他のカエルに襲いかかる。数十匹いたはずのカエルは十秒とたない内に食べ尽くされる。


 数十匹のカエルを飲み込んだ黒い物体が、モゾモゾと体を動かした後少しだけ大きくなる。


「ギショショショショ……コレデ勝ッタト思ウナヨ、異世界ノ魔王……次コソハ必ズ、貴様ヲ食ッテヤル……」


 スライムはそう口にすると、いなくなったカエルの代わりでもつとめるように、ギーーロギロと歌うのだった。

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