第50話 デス・スライムは死なず
「ギショショショショ……異世界ノ魔王ッ! 次ハ貴様ガ、アノ世ヘト行ク番ダッ! コノ俺自ラ貴様ヲ取リ込ンデ、我ガ体ノ一部トシテクレヨウ!!」
リザードマンの群れを仕留めると、スライムはザガートの方へと向き直る。魔王を体内に取り込み、自らの血肉に変える事を声高に宣言する。
「死ネェェェェエエエエエエーーーーーーッッ!!」
死を宣告する言葉を発すると、黒い津波のような形状へと姿を変えながら突進する。全身を上下に激しくうねらせながら、ザザーーッと波の音を立てて移動する。霧のブレスを吐くのではなく、直に体当りして相手を呑み込もうとした。
彼の動きは人間の走りよりも数段速かったが、それでも極小サイズの時と違って十分に目で追える速さだ。彼が鈍重な巨体で挑んでくれた事は魔王にとって幸いだった。
「フンッ!!」
ザガートは余裕ありげに鼻息を吹かすと、正面に高くジャンプする。スライムの頭上を飛び越えて背後に着地すると、間髪入れず呪文の詠唱に入る。
「ゲヘナの火に焼かれて、消し炭となれッ! 火炎光弾ッ!!」
魔法の言葉を唱えると、魔王の指先から煌々と燃え盛る梨くらいの大きさの火球が放たれた。火球はスライムの体に触れると、火が点いたダイナマイトのように爆発する。
「ギャアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
巨大な炎に包まれたスライムが、天にも届かんばかりの悲鳴を上げる。爆発の威力は凄まじく、スライムは身体が左半分、丸々吹き飛んだ状態になる。
炎はすぐに鎮火したものの、体が吹き飛んだ断面から白煙を立ち上らせた。痛みがまだ残っているのか、人型の顔が大きく表情を歪ませた。
敵に深手を負わせられたと、確信を抱く魔王であったが……。
「……ナァンテナ」
スライムがそう口にしてニヤリと笑う。爆発によって周囲に飛び散った彼の体が、黒い霧となって空に舞い上がり、傷口へと集まってみるみる体を修復していく。彼の体が瞬く間に攻撃を受ける前の状態に戻る。
「ギショショショショッ! 残念ダッタナァ、異世界ノ魔王ッ! ソノ程度ノ攻撃デハ、俺ハ殺セン! 確カニ並ミノ術者デハ無イヨウダガ、ソレデモ貴様ニ俺ヲ殺ス事ナド、出来ヤシナイノダッ! ギーーロギロギロッ!!」
傷を完治させたスライムが大きな声で笑う。自らの勝利を確信した嬉しさのあまり饒舌になり、口から大量の唾が飛ぶ。相手をぬか喜びさせられた事に心から満足して、体をくねらせて踊りだす。
「ならば……試してみるか?」
ザガートが意味深に言葉を返す。一撃で仕留められなかった事に焦りを抱く様子は無い。それどころか何か考えがあるように口元を歪ませた。
「爆ぜよッ! 汝の身に宿りし力、外へ向かう風とならん!」
今度は敵に両手のひらを向けながら魔法の言葉を唱えると、魔王の手のひらに青白い光が集まっていく。光は次第に大きくなっていき、ダチョウの卵くらいの大きさになる。
「……絶対圧縮爆裂ッ!!」
大きな声で呪文名を叫ぶと、手のひらにあった光弾が敵に向けて放たれた。
魔王の攻撃魔法と思しき『それ』が触れた途端、スライムの体が内部から赤く光り出す。ドクンドクンと心臓の鼓動のような音が鳴る。
沸騰したマグマのようにバケモノの体がボコボコと泡立ち、急激に熱が上昇したのか、全身が水蒸気となって蒸発しだす。
「ナッ!? ソンナ馬鹿……ナ……グワァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
必死に抵抗しようともがいた瞬間、スライムの体が、針を刺した風船のようにバァンッ! と音を立てて破裂した。周囲に飛び散ったスライムの破片も、粒子状に分解されて大気へと散っていき、塵も残らず消滅する。
熱で焼かれた前回と異なり、原子レベルの崩壊を引き起こしたのか、再生する気配も無い。
以前バハムートを仕留めたのと同じ、最大火力の一撃……それによってスライムを殺したと確信を抱くザガートであったが……。
「……ムッ!?」
次の瞬間、ある異変に気付く。
視界の隅の方に、子犬くらいの大きさの黒いスライムがいた。それはユニコーンを倒した直後に湿地帯で見かけたのと同じサイズだ。
「逃がさんッ!」
魔王は咄嗟に指先から魔力を凝縮した光線を撃ち出したが、スライムはそれをサッと横に動いてかわす。直後目にも止まらぬ速さで地を這って移動すると、森の中へとジャンプして、ザザザッと音を立てて逃げ去った。
まるでメタルスライムと呼ばれた怪物のように……。
(クソッ……逃げられたッ! 最小サイズになると、あそこまで速く動けるとはッ! 最強呪文を使っても仕留め切れなかった……まんまとしてやられたッ! 完全に戦略ミスだ! 俺の失態だッ!!)
敵を取り逃がしたと知って、魔王が地団駄を踏んで悔しがる。想定を遥かに上回る相手の素早さ、初見でそれに気付けず、対策を怠った自分の浅はかさに、割れんばかりの勢いで歯軋りした。




