第48話 最強のスライム、その名は……。
「フーーム……」
長老の言葉を聞いてザガートはしばし思い悩む。腑に落ちない部分があったのか、すぐには彼らの頼みを快諾しない。顎に手を当てて眉間に皺を寄せると、あれこれ考える。
「リザードマンといえば、亜人の中では最強種族……スライム如きに手こずるとは思えんのだが?」
やがて頭の中に湧き上がった疑問を口にする。
「おっしゃる通り、ただのスライムでしたら我らとて苦戦しません」
一人のリザードマンが、魔王の疑問に答える。
「ですが……村を襲っているのは、ただのスライムなどではありませんッ! 触れたものを一瞬で溶かす強酸の体を持ち、大人のゾウを丸呑みにし、受けた傷は瞬時に再生する……高い知能を持った、恐ろしく残虐なスライムなのですッ!!」
突如目をグワッと見開いて、化け物の恐ろしさを早口で並べ立てた。よほど必死に敵の脅威を伝えようとしたのか、口から大量の唾が飛ぶ。喋り終えると「ハァハァ」と息を切らす。思い出しただけで寒気がしたのか、体がブルブル震える。
「かつてこの近辺には、イリエワニ、大ナメクジ、キングコブラなど野生動物が生息していました。ですが彼らは皆スライムの餌になってしまったのです。しかも餌を摂るたびにスライムの体はどんどん大きくなる」
別のもう一人が、湿地帯の原生動物が食べられた事を伝える。
(やはりあのスライムか……)
ザガートはトカゲの話を聞きながら、馬の亡骸を回収した黒いスライムを思い出す。
明らかにただのスライムとは格が違った。高い知能と戦闘能力を併せ持ったであろう謎の行動に、魔王軍の幹部ではないかという推測が頭に思い浮かんだ。
今、村人から聞いた情報と照らし合わせた事によって、浮かび上がった仮説が正しかったと確信を抱く。
最初にスライムと聞いた時点で黒いスライムの事だと気付けたものの、村人にイジワルな質問をぶつけたのは、確信を得るために情報を引き出したかったからだ。魔王は内心彼らに悪い事をしたなと思った。
ふと小屋の入口にザガートが目をやると、いつからそこに居たのか、一人の少年が立っている。人間の子供くらいの背丈をした、幼いリザードマンだ。年は十歳くらいに見えた。
少年は魔王の顔をじっと見つめたまま黙り込む。何か言いたそうに口をモゴモゴさせた。
「この子供は?」
ルシルが少年の素性を問う。
「その子はジャンと言います。その子の父ゾルガは村一番の英雄でした。ですが彼もまた他の戦士達と一緒に戦い、スライムの餌食になったのです。その子は、今は母親と二人で暮らしています。父を亡くした息子が不憫でなりません。まだこんなに幼いのに……」
一人のリザードマンが、ルシルの疑問に答える。少年の置かれた境遇に深く同情して、悲しそうな顔をする。他の連中も同胞を殺された事に憤るように下を向いたまま歯軋りする。ウッウッと悲嘆に暮れて泣き出す者もいた。
「………」
男の話を聞いて、ザガートが思い詰めた表情になる。彼なりに少年を憐れむ気持ちがあり、胸が痛んだ。何としても彼の無念を晴らさねばなるまいと使命感を抱く。
座布団から立ち上がると、少年に向かって歩き出す。目の前に立つと、姿勢を低くして相手の顔をじっと見る。
「少年よ……ジャンと言ったな。安心しろ、お前の親父のカタキは俺が取ってやる」
穏やかな眼差しを向けながら、少年の頭を優しく撫でる。家族の仇討ちを果たす事を強い口調で約束する。魔王と恐れられた上級悪魔が、子供を愛する父親のような態度で接する姿は何とも頼もしい。
ジャンもまた、魔王の言葉に安心したようにコクンと頷く。言葉は発しないものの、表情が少しだけ明るくなる。
二人のやりとりを、周囲の者が笑顔で見守っていた時……。
「た、大変だーーーーーーっ! ヤツが現れたぞぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーっっ!!」
小屋の外にいた見張りが、大声で叫びながら慌てて駆け込む。
彼の報せを聞いて皆が一斉に外へ出ると、目の前に巨大な何かがいた。
一行の前に現れたのは、大人のゾウより一回り大きな、黒いネバネバした液体……非常に粘性があり、糸を引いたそれは『生きた餅』にすら見えた。
最初に湿地帯で見た時とは異なり、巨体であったためか動きは鈍い。ウネウネと不気味に全身をうねらせながら、ズルズルと地を這う。
スライムと呼びはしたが、体は半透明に透けておらず、原油のように真っ黒だ。
死肉を分解した菌が繁殖しているのか、強烈な腐敗臭が漂う。風に乗って流れてきたニオイを嗅いだだけで吐きそうになる。
何処からか飛んできた一匹のハエが、スライムに停まった途端、ジュッと音が鳴って溶け出す。それだけで強酸性の液体である事が分かる。
「……デス・スライムッ!!」
目の前に現れた『それ』を見て、ザガートが名を叫んだ。




