第47話 リザードマンの村へと
「彼らが敵でない……とは?」
突如現れたリザードマンの長老が発した一言に、若者達が疑問を呈する。
彼らからすれば、村に近付いて来るのは得体の知れない連中だ。しかも先頭に立つ人物は頭に角を生やしており、一見して上級悪魔の風貌をしている。魔族を敵とみなした彼らが警戒するのも不思議ではない。
だが彼らの中でただ一人長老だけが、ザガートが敵でないと判断する。若者達には長老の意図が読めず、真意を問わずにいられない。
「その者……いやこのお方こそ、我らをお救いになる人物……異世界から来た魔王様じゃ」
長老がザガートの素性を他の者に教える。事前に外見的特徴を伝え聞いたのか、あるいは魔族とは異なる気配を察知したのか、目の前にいる人物が魔族と戦う救世主である事を見抜く。
「な、なんとっ!! それではこのお方が魔王救世主……オークの群れ十万を一瞬で焼き払い、最強竜バハムートを無傷で倒したという、伝説のッ!!」
男が噂の魔王であったと知らされて、リザードマン達が騒然となる。互いに顔を見合わせながら、どうしようと声に出してうろたえる。顔がみるみる青ざめていき、額から冷や汗が止まらなくなる。
快く迎えるべき客人への対応を誤ったのではないかと後悔の念が湧き上がる。
「そ、そうとは知らず無礼な真似をしてしまいましたッ! どうかお許しをッ!!」
先頭にいた一人が慌てて土下座して謝り、他の者が後に続くように膝をつく。その場にいた全てのリザードマンが武器を捨てて平伏する。
「謝る必要など無い……頭を上げよ」
ザガートは男達に土下座をやめるよう言う。何か事情があるのだろうと察して、広い心で彼らを許す。
「おお……」
「異世界の魔王……何と心優しきお方ッ!!」
魔王の寛大さにリザードマン達が感激の言葉を漏らす。世界を滅ぼしかねない力を持ちながら、節度ある対応で臨んでくれた事に、なんて素晴らしいお方なんだと胸を打たれるものがあった。
「それより一つ気になる事がある……最初に魔族の手先かと、そう聞いてきたな? 何があったか教えてくれないか」
ザガートが詳しい状況の説明を求める。彼らの警戒心の高まりをただ事ではないと考えて、そこに至った経緯を問う。
「分かりました。こんな所で立ち話も何ですから、村に案内します。そこでお話しましょう」
リザードマンの一人がそう言って立ち上がると、村のある方角に向かって歩き出す。他の者達も一斉に彼の後に続く。ザガート達は兵団の最後尾に付いていく。
数十人の大所帯となった一団が湿地帯をぞろぞろ歩く。魔王はここに来るまでにユニコーンとスライムに遭遇したが、今は何かが襲ってくる気配も無く、平和そのものだ。カエルがゲコゲコ歌い、蝉がミンミン鳴く音だけが聞こえる。
一行はそのまま何事もなく順調に村へと進む。
◇ ◇ ◇
しばらく歩くと、リザードマンのものと思しき集落が見えてくる。
周囲を森に囲まれた、学校のグラウンドくらいの広さの平野に、彼らの一家が暮らせる大きさの藁で作った住居が三十ほど立つ。村の中央に更に二回りほど大きな家があり、大人の集会所と思われた。
兵団に案内されて村を歩きながら、ザガートは微かな違和感を抱く。
(村にいるのは若い女性と子供、それに年老いた老人ばかり……男性はここにいる兵団で全部か? 村の大きさを考えれば、もっと人が居ても良いはずだが……)
村の規模に総人口が釣り合ってないのではないかと考える。よく見てみると空家になっている家も幾つかあり、明らかに以前より住人の数が減っている事が分かる。村の隅には墓らしきものが立っているのが見えた。
一行が村の中を歩いていると、魔王が村を訪れたと聞いたらしき住人達が、ザガートの姿を見て平伏する。両手を組んで必死に祈ったり、額を地面に擦り付けたりする。
どうか我らをお救い下さい……口々にそう叫ぶ。他に縋れるものが無いほど追い詰められた窮状が窺える。
ザガートはそんな彼らを内心不憫に感じた。何としても彼らの期待に応えねばなるまい……そう思いを抱く。
ひとまず愛想笑いを浮かべながら元気に手を振る。魔王が好印象な反応を示した事に、村人達が嬉しそうにニッコリ笑う。これで村が救われると、そう確信したように……。
◇ ◇ ◇
一行は村の中央にある集会所と思しき建物へと案内される。中へ入ると地面に布製のシートが敷かれており、その上に客人用の座布団が五つ置かれている。椅子やテーブルの類は置かれていない。天井にはランプが吊り下げられていたが、魔力により灯りを点していたのか、湿度が高いにも関わらず煌々と燃えている。
「我らには椅子に座る習慣が御座いませんので……何分不便をお掛けしますが、どうか楽になさって下さい」
長老ジアラはそう言って頭を下げると、座布団の一つにゆっくり腰掛ける。ザガート達は靴を脱いでシートに上がると、各々が楽な姿勢で座布団に座る。他のリザードマン達はシートに胡座をかいてドカッと座る。
「さて……ではこれまでの経緯をお話しましょう」
全員が座ったのを確認すると、長老が口を開く。
「貴方がたも知っておられるでしょうが、我らは魔物ではあっても『魔族』ではない……魔王軍に属しておらず、ヒト族を襲ったりしない。これまでヒト族と魔族の争いに巻き込まれぬよう、人里を離れたこの地でひっそりと暮らしていました。それでも迷い込む旅人がいれば手助けし、世界が滅亡の危機に瀕した時は、勇者に協力したりもしました」
自分達がヒト族を敵視しない種族である事を教える。
魔族は大魔王の力で生み出された魔法生物だが、魔物は天然で生まれた存在だ。人間が動物と魔物を分けて呼んだだけで、境界や定義すら曖昧だ。
魔族は邪悪な心をインプットされた存在だが、魔物はそうではない。魔物が人を襲うとしても、それはスズメバチや羆が人を襲うのと同義で、大魔王による悪意ではない。
むろん人を襲わない魔物もたくさんいる。彼らもその中の一つという事になる。
「そんなある日……二週間ほど前の事です。村にケセフと名乗る道化師風の男がやってきて、魔王軍に加わるよう脅しを掛けたのです。もし要求に従わなければ、大ケガをするぞ……と」
魔王軍の幹部ケセフが、大魔王の使者として村を訪れた事を明かす。
「むろん我らは、そんな脅しには屈しないぞ! と声を荒らげて断りました。すると彼はそれなら仕方ないと意味深に笑い、大人しく引き上げたのです。その日はそれでカタが付きました。ですがその日を境に、スライムが村を襲うようになったのです」
ケセフの誘いを断った事、それによって魔族の脅威に晒されるようになった事実を告げる。
「ケセフはザガート様によって倒されたと、風の噂でお聞きしました。ですが魔族の攻撃が止む事はありません。彼らは我ら一族が魔王軍に加わらぬ限り、村を攻撃し続けるつもりのようです……」
今もなお魔族の攻撃を受けている事を口にする。
村の惨状を伝える長老の表情は暗い。一族の未来に悲嘆したようにガックリと肩を落とし、見るからにショボくれた顔になる。
「……お願いですッ! ザガート様ッ! どうか……どうかスライムを倒し、村を救って下さいッ! もはや我らの力ではどうにもならないのです! 貴方様にヤツを倒して頂くしか、我らが助かる道は無いのですッ!!」
突如目をグワッと見開いた鬼の形相になると、地に膝をついて土下座する。何度も願いの言葉を叫びながら、深く頭を下げる。何としても訴えを聞いてもらおうと必死になる。
「ザガート様ッ!」
「どうか我らをお救い下さいッ!!」
他のリザードマンも後に続くように跪く。その場にいた全てのトカゲが、神に祈るように平伏する。次々に村を救って欲しい願いが口から飛び出す。
その姿から、彼らがどれだけ深く追い詰められたかが痛いほどよく伝わる。




