第45話 ユニコーンとの戦い
リザードマンに会うべく湿地帯に足を踏み入れたザガート達……そこに白い馬の怪物が姿を現す。ユニコーンという名で知られた伝承の魔物は、遭遇したパーティ内に一人でも処女がいれば大人しくなるのだという。
だがザガートの仲間に処女が一人もいなかった為、声を上げて激昂する。もはや戦いは避けられない事態となる。
「ウオオオオオオオオッ!!」
ユニコーンがけたたましい雄叫びを発しながら、一行めがけて駆け出す。恐ろしい目付きで敵を睨み、鬼のような形相を浮かべて、揺るぎない殺意を剥き出しにする。柔らかい湿地帯をものともせず、硬い大地を踏んだように軽快に走る。
「でぇぇぇぇやぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」
レジーナも負けじと勇ましく吠えながら走り出す。鞘から抜いた一振りの剣を両手に握り、敵に斬りかかろうとした。
「うあっ!」
だが数歩前に進んだ所でヌルヌルした地面に足を取られてしまい、前のめりにコケる。苔だらけの汚い土に正面からビチャーーンッと転んでしまい、体中泥まみれになる。口の中に入った泥をペッペッと吐き出す。
ユニコーンは転んだ王女には目もくれず、ザガートに向かって走っている。若い女を三人も連れておきながら、全て手を付けてしまったイケメンを目の敵にしたようだ。
何故俺のために一人くらい残しておかなかった! ……そんな馬の嘆きが伝わってくる。
「業火よ放て……火炎光矢ッ!!」
ルシルが正面に両手のひらをかざしながら魔法の言葉を唱える。梨と同じくらいの大きさの、煌々と燃えさかる火球がユニコーンに向けて放たれた。
だがユニコーンは警戒するように一旦足を止めると、サッと横に動いて火球をかわす。少女は立て続けに二、三発の火球を連続発射したが、それら全てを反復横跳びするような動きで回避する。
なずみも腰にぶら下げていたクナイを複数回投げたが、一発も命中しない。タイミングを見切られぬよう、あえて不規則なリズムで投げたが、完全に動きを読まれている。
「おりゃぁぁぁぁああああああっ! ……ああっ!!」
それならばと近接戦を挑もうと思い立ったなずみであったが、数歩前に駆け出した所で、泥土に足を取られて前のめりにコケてしまう。ビチャーーンッと全身泥だらけになり、レジーナの二の舞になる。
「ヒヒッヒッヒッヒン……」
二人の少女が泥まみれになった姿を見て、ユニコーンが滑稽そうに笑う。口元を大きく歪ませて、目を細めて相手を小馬鹿にした笑顔になる。
まるで「非処女のお前達は泥で汚れるのがお似合いだ」と、そう言っているように思えた。
「私達は湿地帯の泥で思うように歩けないのに、ユニコーンだけは違うッ! 雨に濡れて柔らかいはずの土を、硬い大地を踏んでいるかのように歩く……どうしてッ!!」
ルシルが胸の内に湧き上がった疑問を口にする。明らかに地形の影響を受けていない敵に違和感を抱く。
そもそも最初に姿を現した時からおかしかった。歩けばグチョグチョ音が鳴るはずの湿地帯を、馬はパカランパカランと進んでいた。泥土の上にいるのに、泥土を歩いていない……そんな挙動だった。
「三人とも、敵の足元をよく見てみろッ! ヤツは直接地面を踏んでいないッ!!」
ザガートが大声で叫びながら、馬の足元を指差す。
少女達が彼が指差した方角を見てみると、馬の足が大地から数ミリほど浮いている。更に足裏が付いた空間は半透明に青く光っており、薄いガラス板を踏んでいるかのようだ。
「ヤツは自らの魔力によって空中に足場を形成し、その足場を歩いているッ! だから湿地帯の影響を受けず、自在に動き回れるのだッ!!」
馬が泥土に足を取られない原理を魔王が解説する。
普通の冒険者では足が沈んで動けないような悪路でも、ユニコーンならば平地と同じように走れる。それは彼が地形において圧倒的に優位性を得られた事を意味する。
この湿地帯という場所は、彼にとって絶好の狩場と呼べるものだった。
ユニコーンは言葉こそ発しないものの、ザガートの解説を聞いて「その通りだ」と言いたげにニヤリと笑う。自分の能力を誇らしげに自慢するようにフフンッと鼻息を吹かす。
「ウォォォォオオオオオオーーーーーーッッ!!」
改めて男の方へと向き直ると、宣戦布告するように大きな声で遠吠えを発する。今度こそ魔王の命を奪わんと息巻いて、相手めがけて突進する。額の角を正面につき出して、男の心臓を貫こうと試みた。
「……ユニコーンっ! 貴様に恨みは無いが、こちらとて、ただ女とセックスしたというだけの理由で殺される訳には行かんッ! 降りかかる火の粉は全力で振り払わねばならんッ! 貴様にはここで死んでもらうッ!!」
ザガートが恰好を付けるようにマントを右手でバサッと開いて、死を宣告する言葉を発する。少女達の手に負える相手ではないと判断して、自ら手を汚す決意を抱く。
ただリア充に嫉妬しただけの非モテ馬かもしれない敵を殺す事に微かな罪悪感があったが、それを仕方のない事だと自分に言い聞かせる。
「……浮遊拘束ッ!!」
正面に右手をかざしながら魔法の言葉を唱えると、馬の体が一瞬ビクンッと震えて硬直したように止まる。意識を失ったのか、宙に浮いたまま手足をだらんとさせる。そのままピクリとも動かない。
ザガートが右手の五本指を揃えて、クルンッと手のひらを返すと、馬の体が垂直に空へと浮いていき、地面から十メートルほど離れた頭上で止まる。
「風の精霊よ、古の盟約に基づき、千の刃となりて敵を切り裂け……真空切断ッ!!」
両手で印を結んで魔法を唱えると、かまいたちのような真空の刃が、ヒュンヒュンッと風を切る音を鳴らしながら弧を描くように飛んでくる。
無数に現れた『それ』は、宙に浮いたまま身動きが取れない馬を四方八方からズタズタに切り裂く。
「……ッ!!」
ユニコーンは悲鳴を発する間もなく、細切れの肉片となって息絶えた。彼のものであった血肉がボトボトと音を立てて地面に落下し、湿地帯が赤い血に染まる。
馬の死に様を見届けて、ザガートは何とも言えない表情になる。
(許せ、ユニコーン……今はこうするより他に手が無かったのだ)
哀れな死肉と化した馬に、心の中で深く詫びる。
パーティ内に処女が一人でもいれば、避けられたかもしれない戦いだった。争わずに済んだ可能性があった相手を殺さざるを得なくなった状況を内心残念がる。
魔王の中に彼を憎む気持ちは無い。ただ襲いかかってきたから殺すしかなかった、たったそれだけの事だ。




