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第39話 雑用は部下にやらせればよい

 ケセフを倒した翌日……ムーア村から南西に数キロ離れた場所。

 高さ十メートル以上はある断崖絶壁の根元に、人が通れる大きさの洞窟がポッカリ口を開ける。洞窟の前に一人の男と三人の少女が立つ。


「ここがケセフが根城にしていた洞窟か……」


 ザガートが興味深そうに言いながら、迷宮の入口をしげしげと眺める。


 そこは魔王が村長の家を訪れた時、冒険者のうわさとして伝え聞いた場所だ。夜が明けたら行くつもりでいたが、魔族の襲来によって先延ばしにされた。敵を片付けたので、改めて行く事が決まる。


「初めての迷宮攻略か……ワクワクするなッ!」


 レジーナが未踏の秘境を前にしてテンションが上がる。どんな大冒険が待ち受けるのだろうと想像して胸を高鳴らせた。一刻も早く迷宮に入りたくてウズウズする。


「オイラの手に掛かれば、罠の発見なんてお手の物ッス!」


 なずみが自分に任せろとばかりに江戸っ子のような腕まくりの仕草をする。迷宮攻略に必要な忍者の技を見せ付けられると、誇らしげに胸を張る。

 これでようやく師匠の役に立てる……そんな思いが頭をよぎる。


「水を差すようで悪いが……二人が迷宮に行く必要は無い」


 意気揚々と洞窟に乗り込む気でいた少女達に、ザガートがそっけない口調で言う。

 予想外の魔王の言葉に王女はその場でズッコケて、なずみは悲しそうな顔をする。二人ともえさをもらえなかった子犬のように落ち込む。


「な……行く必要が無いとは、どういう事だッ!!」


 レジーナが思わず声を荒らげて問いただす。出鼻をくじかれた事に深くいきどおっており、納得の行く説明を求めた。もし男の言葉に納得しなければ、一人でも迷宮に乗り込みそうな勢いだ。


あるじのいない迷宮に魔王自らが乗り込んでも仕方あるまい。そのような雑用は部下にやらせておけば良い」


 ザガートが腕組みしながら得意げなドヤ顔で言う。ケセフ亡き今、わざわざ足を運ぶ必要は無いと伝える。


「何を言っている? 部下なんて何処にもいな……」


 レジーナがそう言いかけた時、何処からかガラガラと大きな物音がある。

 音の聞こえた方角に一行が振り返ると、一台の荷馬車が彼らの方へとやってくる。洞窟の前まで来て止まると、運転席にいた一人の男が馬車から降りる。


 男は三十代から四十代くらいに見える小太りの大柄で、頭にターバンと呼ばれる布を巻く。褐色肌をしていて口周りにひげを生やしており、愛想良くニコニコと笑う。

 ザガートが元いた世界で言う所の、『アラブの商人』と呼べる風貌をしていた。


「ザガート様、このお方は?」


 初対面の人物を目にして、ルシルが素性を問う。


「彼はモハメド・ウル・ハッサン。金で雇われて遠くに荷物を運ぶ商人だ。今回彼に仕事を頼む事になった」


 魔王が男の素性を教える。口ぶりから察するに、何らかの取引を行ったようだ。


「このたび私どもに仕事を任せて頂き、光栄の至りにございます。ぜひ今後ともご贔屓ひいきに……では早速さっそく仕事に取り掛かるとしましょう」


 男は腰の低い言葉で挨拶あいさつすると、馬車から荷物を下ろす。

 ハッサンが手にしていたのは、砂のようなものがぎっしり詰まった袋だった。それを洞窟の真ん前にドサドサと二十袋ほど積み上げる。


「ご苦労だった……約束の報酬だ」


 ザガートはねぎらいの言葉を掛けると、ふところから金貨が入った袋を取り出し、商人に手渡す。商人は袋から金貨を一枚ずつ取り出して数えた後、満足そうな笑顔になる。


「報酬の金貨十枚、確かに受け取りました。ではこれにて失礼……また何かあれば私どもに仕事をご依頼下さい。報酬さえ頂ければ、どんな物でもお運びします」


 別れの言葉を済ませてペコリと頭を下げると、馬車に乗ってその場から立ち去る。一行はこころよく手を振って彼を見送った。


「さて……と」


 商人が去った後、ザガートが洞窟の方へと振り返る。洞窟の前に積み上げられた二十個の大きな袋を、あごに手を当ててじっくりと眺める。少女達には全く使い道が想像できない代物しろものだが、魔王は何か考えがあるようだ。


「お前達、俺から少し離れていろ。今から呪文を唱える」


 右手をサッと横に振って指示を出す。魔王の言葉に従い、三人は数メートル後ろへと下がる。


「一度は滅びた肉体よ、新たな魂を得て、我に仕えよ……生命創造クリエート・ライフッ!!」


 両手でいんを結ぶと魔法の言葉を唱える。すると袋が破けて中に入っていた黒い砂のようなものが外へ飛び出し、宙に舞う。自ら意思を持つように空を飛び回った後、サラサラと地面に降り積もって人の形を取っていく。

 一瞬カッとまばゆい光を放つと、それは生きた魔物の姿へと変わる。


「ああっ……!!」


 目の前に現れた魔物を見て、ルシルが驚きの言葉を発した。それもそのはず、彼女達の前に立っていたのは二十体のゴブリンと、十体のオークだったからだ。


 かつてミノタウロスを生き返らせた呪文で、今度はオークとゴブリンが生き返った。むろん新たな魂を吹き込まれた彼らは、以前のように人を襲う存在ではない。それどころか瞳から邪悪さが消え、キリッとして精悍な顔付きになっている。オークに至っては豚顔のはずなのに、表情のおかげでイケメンに見えてしまうほどだ。


「おお、我らがあるじ……異世界の魔王よ。新たな命をお与え頂いた事、深く感謝します……何なりとご命令を」


 群れの先頭にいたリーダー格のオークが、ひざをついてこうべを垂れる。他の者も後に続くようにひざまずく。自分を生み出してくれた主君に絶対の忠誠を誓う。

 口調も以前のような片言かたことではなく、流暢な人間の言葉を話す。


「我が下僕どもよ、なんじらに命じる……そこの洞窟に入り、中にある宝を残らず回収して地上へと運び出せ。我へのささげ物として献上するのだ」


 ザガートが正面に手をかざして命令を下す。自分の代わりに迷宮へと足を運び、財宝を取ってくるよう言う。


「はっ! 我が主のおおせのままにッ!!」


 魔物達は一斉に立ち上がり、心臓のある左胸を握り拳でドンッと叩くと、迷宮の中へとゾロゾロ入っていく。


「……」


 なずみとレジーナはポカーンと口を開けたまま一連の光景を眺める。あまりに予想外すぎる展開に思考が付いていけなかった。

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