第124.9話 人助けの報酬
魔王が敵を仕留めた余韻に浸っていた時……。
「……ムッ!?」
突如何らかの異変に気付いたように迷宮全体を見回す。
直後鏡の迷宮がゴゴゴッと音を立てて激しく揺れた。
「こ、これは何が起ころうとしているんですか!?」
離れた場所で両者の戦いを見ていたルミエラが慌てて魔王の元へと駆け寄る。何が起ころうとしているのか全く事態が飲み込めず、男に詳細を聞かずにいられない。
サトルも母親の後に付いていって魔王の元へと集まる。彼ならどうにかしてくれるだろうと期待と不安が入り混じった目で相手をじっと見る。
「ガストが死んだから鏡の迷宮が崩壊しようとしているッ! 二人とも俺の手に掴まれ! すぐにここから脱出する!!」
ザガートが親子にテキパキと指示を出す。ガストの生み出した空間が消滅しようとしている事実を教えて、一緒に脱出するために自分の手に掴まるよう命じる。
「わ、分かりましたっ!」
ルミエラが魔王の指示を承諾して、親子が男の左と右の手をそれぞれ掴む。途中で離れる事が無いようぎゅっと強く握る。
ザガートは親子が自分の手を強く握った事を確認すると、無数ある鏡のうち一つを目指してダダダッと走っていく。鏡の前まで来てピタッと足を止めると、精神統一を行うように深呼吸する。
「では行くぞッ!」
意思確認するように大声で叫ぶと、親子と手を繋ぎ合ったまま鏡に向かってピョーーンとジャンプする。三人の体が眩い光に包まれて鏡の中へと吸い込まれていった。
◇ ◇ ◇
一方その頃、鏡の外の空間である台所では四人の女が魔王の帰りを待ち侘びていた。
男が鏡の迷宮に飛び込んでから、かれこれ一時間が経過しようとしている。
「あやつめ、そろそろ戻らんかのう」
鬼姫が退屈を持て余した発言をした時……。
突如鏡が眩い光を放ち、そこからゴルフボールくらいの大きさをした三つの光球が飛び出す。光球は台所の床に降り立って人間と同じくらいの大きさまで膨れ上がると、光がパッと消えて中から人が出てくる。それは無論の事、鏡の迷宮から脱出したザガートと二人の親子だ。
三人が脱出を終えた直後、迷宮の入口であった鏡がバリーーーンッ! と音を立てて粉々に砕けた。ガストが生み出した異空間へのゲートが閉じたかのように……。
「ザガート様、無事だったんですねっ!」
魔王の帰還をルシルが真っ先に大喜びする。
「その様子だと、もう全部終わらせてきたようだな」
ザガートが親子を連れて帰還した姿を見て、レジーナが事情を察する。
「お二方、外で村のみんなが待ってるッスよ」
なずみがサトルとルミエラに声をかける。村人達が二人の帰還を心待ちにしていた事を伝えて、彼らに会いに行くよう促す。
二人は少女の言葉にコクンと頷くと、家の玄関へと足早に歩き出す。
◇ ◇ ◇
「おお、見ろっ! ルミエラさんだっ! ルミエラさんが家から出てきたぞ!!」
二人が家の外に出た瞬間、彼らの帰りを待ち侘びた村人の一人が大きな声で叫ぶ。彼の後に続いて他の村人が「ワァーーーッ」と歓声を上げて、雪崩込むように親子の元へと集まる。
「おおルミエラっ! よくぞ……よくぞ無事に戻って来られた! 皆貴方の事を心配しておったのですぞ!!」
群衆の先頭にいた村長バロノーアが真っ先に声をかける。表情に満面の笑みを浮かべて、声の調子はとても明るい。ルミエラの生還を心の底から喜んだであろう心情が窺える。
他の村人達も反応は皆同じだ。誰もが少年の母親が無事に生きて戻った事に歓喜する。
「皆様にもご心配をお掛けしたようで……恐ろしい魔物に捕まっていたのですが、あの方が助けて下さったのです」
ルミエラが申し訳なさそうに深々と頭を下げる。村人が自分の身を案じた事に恐縮すると、親子の後に家から出てきた魔王を指差しながら、彼こそが自分達を救った英雄なのだと皆に教える。
「アンタはルミエラさんを……いや俺達みんなの心を救ったヒーローだッ! このご恩は一生忘れない!!」
村人の一人である大柄な男性が、魔王の成し遂げた功績を手放しで称賛する。
「俺は今回、大した事はしてない……彼らは自分達の力だけで親子の絆を取り戻した。俺は中級のザコ悪魔を片付けて、彼らが無事に戻れる手伝いをしただけだ」
ザガートが男性の言葉にあえて謙遜した態度を取る。ルミエラをガラス球から救い出したのはサトルの功績であった事、魔王にとってガストは取るに足らない存在だった事……それらを根拠として、称賛を受けるに足る活躍をしなかったと述べる。
「ご謙遜などなさらずとも、貴方様が村を救ったヒーローだという事は皆が認める所でございます……我々はあらゆる手を尽くして、このご恩に報いたい所存です」
バロノーアがニコニコ温和な笑顔を浮かべながら語りかける。魔王の活躍のおかげでルミエラが救われた事は揺るがない事実であり、その事に対する恩返しがしたいのだと言う。
「ああ……ですがここは何も無い辺鄙な村。伝説の宝と呼べる物は一切ありませぬ。一体何を差し上げれば、このご恩に報いる事が出来るのでしょうか……」
村長が残念そうに下を向いて溜息を漏らす。それまでのニコニコ笑顔は一瞬で吹き飛び、救世主に恩を返せない無力感に苛まれた。
「フム……ならば一晩の宿代をタダにしてもらいたい。それで手を打とう」
ザガートがしばし思い悩んだ後、一つの提案をする。村にある宿屋に一晩無料で泊まらせてもらう事、それを以て今回の人助けの報酬にしたいと伝える。
「へ? 宿代をタダに……そんなものでよろしいので?」
魔王の提案に村長がポカーンと口を開けた。一瞬驚いたあまり頭が真っ白になってしまい、間抜けな表情しながらギャグ漫画のように鼻水を垂らす。
「ああ、構わない。ザコ悪魔を倒した報酬としては、それで十分だ」
村長の驚きなど気にも留めず、魔王が言葉を続ける。彼にとって今回の人助けは本当に大した事をしておらず、その為一晩の宿代程度で十分なのだという。
「で、ではそうしましょう!!」
村長は一瞬フリーズしたように固まった後、ハッと正気に立ち返る。村人にテキパキと指示を出して、魔王一行が泊まる宿を手配する作業にすぐさま取りかかる。
……内心ではその程度の報酬で良いのだろうかという苦悩があったが、相手がそれで良いと言うので納得する事にした。




