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第124.5話 鏡に潜む悪魔……その名はガストっ!

 鏡の世界に飛び込んだザガートとサトル……白い光に包まれて何も見えない状態だったが、数秒が経過すると光がうっすらと消えて徐々に視界が開けてくる。

 やがて光が完全に消えて無くなり、周囲が見渡せる状態になると、魔王達はさっきとは違う場所に立っていた。


「ここが鏡の向こうがわの世界か……」


 ザガートが周囲を見渡しながら開口一番につぶやく。


 鏡の世界といっても物体が反転したりはしていない。何処かの城の地下にありそうなレンガづくりのダンジョンのような迷宮、その壁に明かりをともすためのロウソクと、壁掛けの鏡が飾られていただけだ。ただし鏡の数が尋常じんじょうではなく、ざっと視界に入っただけでも総数は二十を超えていた。


「この迷宮の何処かに母さんが……」


 サトルが広大な迷宮を前にしてゴクリとつばを飲む。母親を救うと息巻いて飛び込みはしたものの、何が飛び出してくるか分からない不気味さに尻込みする。


 迷宮の中はシーーンと静まり返っていて、物音一つしない。魔獣が徘徊する足音も聞こえなければ、窓が無いために風が吹き抜けたりもしない。ただ自分達の呼吸音が聞こえるだけだ。その静寂さがより一層不気味さを引き立てる。


 魔王は少年の手を握るのをやめると、あごに手を当てて眉間みけんしわを寄せて気難しい表情になりながら考え事をする。今後についてどうすべきか、しばし思い悩んだが……。


「迷宮の中にりし者、我にその位置を示せ……財宝探知トレジャー・サーチッ!!」


 やがて目をグワッと見開くと、両手でいんを結んで魔法の言葉を唱える。

 魔法が発動したらしき白い光が一瞬放たれると、魔王の頭の中に迷宮全体を映し出した地図のようなものが浮かび上がる。魔族がいた事を示すらしき赤い点が遠く離れた場所に、人がいた事を示すらしき青い点が魔王達から近い場所にあった。


「……ルミエラの居場所を突き止めたぞッ! サトル! 俺は今からお前の母さんがいる場所まで走っていくから、全力で付いてこい!!」


 魔王は女の居場所を突き止めた事を告げると、有無うむを言わさず通路の彼方に向かって走り出す。シュタタタタッと音を立てて忍者のように駆けていく。

 サトルは一瞬驚いた顔をした後、慌てて魔王の背中を追いかける。男に引き離されまいとするのに必死だった。


 ザガートは少年とはぐれてしまわないよう、わざと速度を調整しながら走る。全力で走ったら当然少年が付いていけないスピードになるので、そうならないようにする。

 曲がり角を二つ曲がった先にある通路を直進すると、床に何かが転がっているのが見えた。二人はその何かの前まで来て足を止める。


「これは……!!」


 目の前にある物体を見て、ザガートがにわかに顔をこわばらせた。


 床に転がっていたもの……それは人一人ひとりがスッポリ入れる大きさの、ガラスの球体だった。その中にサトルの母ルミエラが、目を閉じて顔をうつむかせたまま両ひざを抱えて体育座りしている。体の何処かを怪我けがした様子は無い。

 ただルミエラの表情は何処か悲しそうに見えた。


「母さんっ! 僕だよ、サトルだよ! 助けに来たよ!!」


 サトルはすぐさま球体へと駆け寄ると、ガラスの壁を手でバンバン叩いて中にいる母親へと呼びかける。けれど何度息子が呼びかけてもルミエラは一切反応しない。外の音が届かないのか、魔法で眠らされているのか、目を閉じたまま時間停止したように固まっているだけだ。


 それでもサトルがなおも諦めずに呼び続けようとした時……。


「クククッ……無駄なあがきはやめるんだな」


 少年の行為をあざ笑う声が、迷宮全体に響き渡るエコーのように発せられた。


「誰だッ! 姿を見せろ!!」


 ザガートが声の主に向かってかくするように問いかけた。戦いの始まりを予感してサッと身構える。

 男が探知魔法を唱えた時、敵は遠く離れた場所にいた。だが今、敵の反応はすぐ近くにある。それは敵が何らかの手段をもちいて迷宮内をワープしていた事をうかがわせるものだ。

 敵が単なる小悪党ではないと感じて、魔王はより一層警戒心を強めずにいられない。


「クククッ……そう慌てずとも、今から俺様の姿を見せてやるよ」


 声の主が魔王を侮蔑するようにクスクスと笑う。完全に相手をおちょくっており、あくまで余裕の態度を崩さない。

 それから数秒後、壁に飾られた無数ある鏡のうち一つから、黒い影のような物体がスゥーーッとを引きながら飛び出してきた。



挿絵(By みてみん)



 鏡の中から出てきた物体……それは妖怪の一反木綿を黒一色に染めたような、あるいは影が実体化した悪霊のような姿をした化け物だった。顔らしき場所にあったのは目だけで、鼻や口は見当たらない。その目は不気味に赤く光りながらニヤニヤしている。体は一枚の紙のようにうすっぺらで、風に煽られた旗のようにヒラヒラしている。

 一見するとゴーストタイプの魔物に見えたが、彼が動くと空気抵抗によって突風が吹き抜けたため、ちゃんとした実体のある生き物のようだ。


「……お前がルミエラをさらった張本人か?」


 鏡から出てきた影のような悪魔にザガートが素性を問いただす。


 魔王の問いに悪霊がニタァッと顔をゆがませた。


如何いかにも……俺は鏡に潜む悪魔……人の心を食らいし者、ガスト!!」

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