第124.4話 犯人は鏡の中に
サトルに母親を見つけると約束したザガートは、彼に事件現場までの道案内を頼む。
サトルは魔王に言われるがまま一行を自分の住む家まで案内する。ドアを開けて中へ入ると、母親がいなくなった台所まで連れていく。
一行が足を踏み入れると台所は綺麗に片付けられていた。母親がいなくなった時にはカレーが床にぶちまけられていたが、それもすっかり無くなっている。それからの数日間、調理に使用された形跡が無い。
魔王は一行を入口で立ち止まらせると、自分だけが中へ入っていって台所を物色する。棚に置かれた食器を手に取ってジーーッと眺めては「これじゃない」と言いたげに目を閉じて首を左右にブンブン振り、食器を棚に戻す。次に床をしばらくじっと眺めた後、床が綺麗に掃除されたかどうか確かめる姑のようにしゃがんで床を指でツーーッとなぞる。指に付いた埃を数秒間凝視した後「ムムッ」と声に出して唸る。
最後に台所の隅に置かれた鏡をまじまじと見つめながら、納得したように「フム」と頷いて、調査を終えたように立ち上がる。
「何か分かったのか?」
魔王が何かを突き止めたらしき反応を示した為、王女が入口に立ったまま問いかけた。
「ああ……微かではあったが魔力の痕跡を見つけた。これは間違いなく魔族の仕業だ」
魔王が後ろを振り返らないまま王女に言葉を返す。台所の中に魔力の残滓があった事、それを根拠として母親をさらったのは魔族の犯行によるものだと断定した事を伝える。
「魔族の仕業だって!?」
魔王の言葉を聞いて仲間達が俄かに色めき立つ。母親をさらった犯人が魔族だという憶測はあったが、魔王の調査によりそれが真実だと確定した為、改めて衝撃を受けずにいられない。
台所の調査が終わった為、入口で待機していた仲間達が魔王の元へと集まる。仲間と一緒にいたサトルも同じようにする。
「それで……それで母さんは何処にいるの!?」
サトルは真っ先に魔王の側まで駆け寄ると、母親が見つかるかもしれない期待に目を輝かせながら親の所在を問う。
少年に質問された魔王は無言のまま、台所のある一点を指差す。
魔王が指差した方角……そこには顔を映すための鏡が置かれていた。
「……鏡?」
台所の隅に置かれた鏡を眺めながら、ルシルが不思議がるように首を傾げた。
男が指差した鏡は一見何の変哲もない、ただの鏡だ。この中にルミエラがいると言われても彼女にはピンと来ない。
「そう、鏡だ。魔力の痕跡は鏡の中へと続いている。恐らく敵は鏡の中と外を自由に行き来する悪魔なのだろう……ルミエラはそこへ連れて行かれたという訳だ」
女の疑問に魔王が言葉を返す。台所の中で感じた魔力の残滓が鏡のある場所で途絶えていた事、それを根拠として敵は鏡の中に潜む悪魔だと判断した事、少年の母親はその悪魔にさらわれたのだろうという事……それらの憶測を伝える。
「サトル、俺は今から鏡の中へと飛び込んでいく。俺が無事に戻ってくるまでここで待ってろ」
男は少年の方を振り返り、母親の救出が終わるまで大人しくしているよう釘を刺す。
「僕も一緒に行かせてよっ!」
サトルが自分も一緒に付いていくのだと言い出す。とても魔王の帰還を待っていられる様子ではなく、一分一秒でも早く母親に会いたくてウズウズしたようだ。
「鏡の中がどうなってるかは俺でも分からん……とても怖い目に遭うかもしれないぞ」
魔王があらかじめ危険な目に遭うかもしれないと忠告する。彼が側にいても身の安全が保証できた訳ではなく、それゆえどんな事が起こるか分からないと前もって告げておく。
「母さんがいなくなるより怖い事なんか無いやい!!」
危険を知らされてもサトルの意思は断固として揺らがない。何としても大切な家族を助けるのだと思いを強くする。
「そうか……なら俺の手をしっかり握れ。俺が握るのをやめるまで、絶対に手を離すんじゃないぞ」
魔王は少年の説得を諦めて危険な場所への同行を許す。少年に右手を差し出して、安全が確認されるまで手を強く握っているよう命じる。
「うんっ!」
サトルは男の言葉を聞いて笑顔で頷く。同行を許された事に安堵すると、大人しく指示に従って男の右手を自分の左手で離さないようしっかりと握る。
ザガートは少年と手を繋いだ状態になると、仲間達の方を振り返って「後は任せた」と言いたげに無言で目配せする。四人の女は魔王の頼みを承諾したようにコクンと頷く。
「では……行くぞ!!」
魔王は再度鏡のある方角を見ると、少年と二人で歩いていって鏡の前に立つ。決意に満ちた言葉を吐くと、少年と手を繋いだまま鏡に向かってピョーーンとジャンプする。
すると二人は白い光に包まれて光球のような姿になった後、次第に小さくなっていってゴルフボールくらいの大きさになる。最後は掃除機で吸われたように鏡にヒューーンと吸い込まれていって姿が見えなくなる。
「ザガート様……どうかご無事で」
鏡の中に飛び込んだ男の無事を、ルシル達は天に祈る事しか出来ない。




