第124.2話 魔王に襲いかかる熊
アドニスがデスナイトとなった事件を解決させたザガート達はゼタニアの町を後にする。
宝玉の在り処が記された地図を頼りに、次なる目的地を目指して西へ西へと歩き続ける。
西へと向かった一行の前に巨大な森が立ち塞がったが、そのまま迂回する事なく突き進む。
木と木の間にあった一本の道を、彼らが進み続けた時……。
「グァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーッ!」
森中に響かんばかりの雄叫びを上げながら、一頭の猛獣が茂みから飛び出してきた。
一行の前に現れたのは背丈四メートルほどもあるオスの羆だ。全身の毛は暗めの茶色に染まっており、前足の爪は刃のように鋭い。魔王達を淀みない殺意に満ちた瞳で睨み、「ウウーーッ」と威嚇するように唸り声を発する。口からはダラダラと涎を垂らし、目をギラギラ輝かせる。
熊の様子は完全に一行を『餌』とみなした者の取る態度だ。人間に対する恐れなど微塵も無い。
「ブレードベアッ! この近辺を通りかかる旅人を襲って食べるという熊の猛獣!!」
茂みから出てきた巨大な熊についてレジーナが解説する。この土地では知られた魔獣だったらしく、これまで多くの旅人を餌食にしてきた事を皆に伝える。
熊は真っ先に捕食すべき対象とみなしたのか、女達には目もくれず魔王めがけて一目散に走る。四足歩行でドスンドスンと脱兎のごとく駆けていく。
「グアアアアアアーーーーーーッ!!」
近接戦の間合いに入ると、大きく口を開けて相手の喉笛に噛み付こうとした。
「ゲヘナの火に焼かれて消し炭となれ……火炎光弾ッ!!」
魔王が正面に手のひらをかざして攻撃魔法を唱える。
男の手から魔力を圧縮した火球が放たれると、熊の体が一瞬にして巨大な炎の餌食となる。
「ウギャァァァァアアアアアアーーーーーーッ!」
猛獣の口からこの世の終わりと思えるほどの絶叫が放たれた。魔法を食らった衝撃で後ろに吹っ飛んで地べたに叩き付けられると、全身を焼かれる痛みから逃れようとするようにジタバタとのたうち回る。数秒が経過してピクリとも動かなくなると、全身がサァーーーッと砂のように崩れ落ちていって、灰の山となる。一陣の突風が吹き抜けると、風に飛ばされて空に散っていった。
「ムッ!? しまった……迂闊な事をした」
魔獣の死に様を見届けて、ザガートが唐突に自らの失態を嘆く。
「どうしたザガート。何がしまったんだ?」
魔王が何の失態を犯したのかが分からず、王女が首を傾げた。
「火力を調整すべきだった……うまくいけば新鮮な熊の肉が食べられたかもしれないのにな」
魔王が発言の真意を伝える。魔法の威力を弱めれば相手を炭化せずに焼いた肉が食べられたかもしれない事、それをせずフルパワーで攻撃魔法を撃った事、新鮮な熊の肉を食べるチャンスをフイにしてしまった事……それらの心情を説明する。
「いや……いらんわ!!」
本気とも冗談とも付かない魔王の言葉に王女が即座にツッコんだ。
今までそんな素振りを全く見せなかったのに、急に魔物食に目覚めた男の発言に疑念を抱かずにいられない。
二人の会話のやりとりを聞いてなずみとルシルはクスクスと笑い、鬼姫は顔をニヤつかせる。そうして一行は微笑ましく会話しながら次なる目的地を目指すのだった。




