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第257話 その後、世界はどうなったか

 ザガートがキャンプ地に戻ると数百人の村人が総出そうでで彼を出迎える。世界を救った英雄の活躍を口々に称賛しながら、中央にある大きなテントへと連れていく。

 テントの中へ入ると宴会の準備は万全に整っており、みなが主役の帰還を心待ちにしていた。


「我らが英雄のご帰還に、カンパァーーーーイ!!」


 バーラ村長が乾杯の音頭を取り、皆が一斉に酒やジュースを飲みだす。用意された肉やパンなどの料理を食べて、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎに興じる。ある者は歌をうたいながら踊りだし、ある者は雑談に花を咲かせて、ある者はひたすら肉をかっ食らう。数人はザガートや仲間達から、これまでの冒険についてたずねる。


 皆が世界に平和が訪れた喜びを満喫していたが、今後の事について考えた者は一人もいない。唯一ザガートだけが、これからの構想を頭の中に思い描いていた。


 宴会が終わった翌日、ザガートは世界の大小様々(さまざま)な国を治める国家元首全員に呼びかけを行い、彼らを大きな建物の一室にある会議場へと集める。

 およそ五十人ほどが集まった会議場内において、ザガートは彼らに向かってこう宣言する。


「千年帝国ザカリアス……それを建国する構想がある事を、俺は今ここで、諸君らに対して宣言するッ!!」




 ……魔王が一同に対して伝えた方針は以下の通り。


 これまで魔族の支配領域にあったため、どの国にもぞくしていなかった西大陸の広大な空白地帯を我が領土としたい事。そこに新たな国家を建設する構想があった事。


 既存の国家の利益を侵害する事は無く、領土拡大の為の戦争は断じて行わないと約束する用意があった事。隣国とは同盟を結び、末永すえながく友好的な関係でありたいと願った事。軍備を整えるのは自国内の盗賊や反乱勢力などの脅威きょういに備えてのものであり、侵略の意図など持ち合わせていない事。


 この場にいる一同で多数決を取り、過半数の賛成が得られれば承認されたと看做みなし、国家の建設に向けて動き出す事。




 ……これらの方針が、その場にいる全員に伝えられた。

 会議場は一瞬大きくどよめいた後、数時間に渡り話し合いが行われる事となった。ある者はザガートにより詳しい話を聞いて、ある者はとなりにいる仲間とヒソヒソ声で話し、ある者は意見が対立する相手と激しい舌戦ぜっせんを繰り広げていた。

 ヒルデブルク国王ら数人の者は直接ザガートのそばまで行って、彼の構想に賛成する意思を伝える。


 最後は魔王が提案した通り採決で決める方向に話が進められて、この場にいる全員で投票による多数決を取る事となった。


 ……開票を行った結果、会議に参加した者の三分の二が賛成するがわに回り、魔王の新国家建設計画は承認される運びとなる。


 各国の王の思惑おもわくは次のようなものだ。

 新国家建設の計画に最初は戸惑ったものの、自国の利益がそこなわれる訳ではない事、魔王が約束を破らない事に一定の信頼を置いた事、何より彼と表立って敵対するより、良好な関係を築いた方が総合的な利益に繋がるだろうという計算……それらが主要たる国の王に賛成票を投じさせた。


  ◇    ◇    ◇


 晴れて周辺国の承認が得られると、ザガートは早速さっそく新国家の建設に向けて動き出す。


 まずは空白地帯の中央に広がる平原を首都の建設予定地に定めると、誰の手も借りず、魔法だけで都の建造に取り掛かる。材木や石や鉄製のブロックがひとりでに宙に浮き上がり、王都の建設予定地まで飛んでいって、ちょうどいい大きさに加工されて、パズルのように組み上がっていく。材木は凹凸おうとつをビッタリめて、石や鉄は接着剤を使ったように隙間すきまなく接着される。


 最初に空き地を正方形にかこった広大な城壁が出来上がり、その中に大きな街が出来て、最後は中央に巨大な城が建てられた。何も無かったはずの平原に十日らずで、一人の労働者も雇わず、魔王の魔力だけで帝都が出来上がったのだ。


 都が完成すると、ザガートは魔族の襲撃で家を焼かれて住む場所を失った人々に帝都への移住をうながす。帝都に住む者には住居と仕事が与えられる事を約束すると、多くの流民が彼の元へと集まっていき、都の人口は五十万人を超える規模となる。

 さらに森や川などの資源を有効活用するために、辺境にいくつかの村や街を建設すると、そこにも移住希望者が集まってきて数百人から数万人の規模へとふくれ上がる。馬車が通るための道路が整備されて、各村や街への移動が快適になるように整えられた。


 ザガートが帝都の建造を始めてから一ヶ月とたないうちに、帝国は新造とは思えないほどの一大強国へとのし上がった。人々は彼が成し遂げた偉業に称賛と畏怖いふの言葉を送ったと言い伝えられている。


  ◇    ◇    ◇


 ――――帝都が出来上がって三ヶ月が経った頃。



 王宮の前にある広場……そこに数万の聴衆が集まっていた。

 人々が今か今かと待ちびていると、王宮の三階にあるバルコニーに一人の人物が姿を現す。


「ザガート様っ!」


 現れた男の姿を見て、数人の聴衆が彼の名を呼ぶ。それから数秒遅れて、その場にいる全員が「ワァーーーッ」と一斉に大声で叫ぶ。世界を救い、今となっては一大強国の王ともなった英雄に尊敬の眼差しを向ける。


「……静粛に」


 ザガートが合図を送るように右手を掲げながら、聴衆に静まるように言う。

 彼の命を受けて、それまで騒がしかった聴衆が一瞬にして黙り込む。訓練された軍隊のように魔王の指示に的確に従う。

 聴衆が静まったのを確かめると、魔王がゆっくりと口を開く。


「諸君……君達も知っての通り、この国はまだ出来て日も浅い。すでに総人口百万を超える強国へとのし上がったが、それでもまだ正式な国号を定めておらず、建国の宣言を行っていない。それで今日諸君らにこの場に集まってもらったのは、正式な国号の発令を行うと決めて、それを皆に聞いてもらいたいからだ」


 聴衆をこの場に集めた用件を伝える。これまで先送りにしていた建国の宣言を今日行うと決めて、それを民の前で発表するために集まってもらったのだという。


「千年帝国ザカリアス……それをこの国の正式な呼び名とし、この魔王ザガート自ら初代皇帝に就任する事を、今ここに宣言する!! 俺が生きている千年の間、帝国の繁栄が保たれ続ける事を、この場にいる全ての国民に対してげんちかおう!!」


 両腕を左右に広げて天を仰ぐようなポーズを取ると、帝国の国号と自分が皇帝に就任する事、自分が生きている間は帝国が栄え続ける事を、全ての民に対して強い口調で宣言した。


「うっ……うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおーーーーーーーーーッ!!」


 魔王の言葉を聞いて、感極まった聴衆が割れんばかりの大声で叫ぶ。一度は静まった民がまたも「ワァーーーッ」と歓声を上げて、その場が歓喜一色に染まる。


「ザカリアス帝国ばんざーーーい! ザガート皇帝陛下ばんざーーーい!」


 みなが皇帝の就任を心から歓迎する。何度も何度も両手を上げて万歳ばんざいしながら、帝国の繁栄が約束された事を大いに喜ぶ。民の歓喜の叫びは都の外まで聞こえるほど大きく、いつまでっても鳴り止まない。


 魔王は人々の熱狂を目の当たりにしながらニヤリと口元をゆがませて、長年の宿願を果たせた達成感で胸がいっぱいになるのだった。




 ……かくして世界を救った名声を足掛あしがかりにして、一大強国を築き上げるという男の野望は、ここに一つの達成を見た。

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