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第255話 ゼウスとの別れ

「……終わったようじゃな」


 ザガートが神殿の床を眺めていると、背後から彼に話しかける声が聞こえた。

 魔王が声に反応して後ろを振り返ると、いつからそこにたのか、一人の老人が立っている。


「……ゼウスか」


 目の前に立つ老人の名をザガートが呼ぶ。

 サンタのような白いひげを生やし、白いローブを着て、魔法使いが使う木の杖を右手に持ったハゲ頭の老人こそ、魔王をこの世界に召喚した異界の神に他ならない。


「ああ、終わった……何もかも」


 魔王が少し疲れた顔しながら答える。戦いが終わった安心感からか、張り詰めていた緊張が解けて、それまでまっていた疲れがドッと押し寄せる。急激に全身が気だるい感覚に襲われて、どよーーんと気分が重くなる。

 ものげな表情を浮かべながら神殿の天井を眺める魔王の目は何処かさびしげだ。戦いに勝利した達成感からはほど遠く、スッキリしないモヤモヤを抱えたであろう事が容易に伝わる。そのモヤモヤが勇者を救えなかった後悔によるものか、神との戦いにむなしさを感じてのものなのかは分からないが……。


「それで、アンタはこれからどうする。ヤハヴェが死んだ後、この世界の神にでもなるつもりか?」


 魔王は気持ちを切り替えたようにじいの方を向くと、今後の方針について問いただす。ザガートが元いた第六世界だけでなく、神が不在となった第七世界の統治神になるつもりなのか、聞いて確かめようとする。


「ワシはただ、自分の世界が負のエネルギーの影響を受けるのを止めたかっただけじゃ……あやつを倒してこの世界を支配したかった訳ではないし、そうするつもりも無い」


 魔王の質問に爺が首を横に振る。あくまで自分の世界を守るために起こした行動であり、よその世界を侵略する意図が無かった事を明確にする。


「お前さんこそ、この世界の神になってはどうじゃ? 天界の会議で承認されて、晴れてこの世界の神になれれば、永遠の命と大きな力を得られる……そなたなら良き人類の導き手になれるじゃろう。オリンポスの神々からは反対する声も出ないと思う」


 魔王こそヤハヴェの代わりとなる、新たな統治神になってはどうかと提案を持ちかける。正式に神と認められた時の特典を教えて、男が神のれつに加わる事への大きな期待を寄せた。


「俺は神になる気など無い……人の世の王として生き、王として死んでいく……その上で、俺の理想とする平和国家の実現を目指す。それだけだ」


 ザガートが爺の提案を即答で却下する。あくまで国家的な統治システムにおけるせいしゃになりたい意思を明確にし、神として世界を統治や運営する行為には興味が無いと伝える。


「そうか……あえて命ある者として、限りある時間ときの中を生きるか。それも良かろう」


 魔王の返答を聞いてゼウスが残念そうに下を向く。男を神に出来なかった事への未練をのぞかせたが、前向きでない相手を無理に誘っても仕方ないという考えがあり、やむなく引き下がる。


「アンタには世話になった……アンタのおかげで俺はこの世界に来る事が出来て、多くの仲間に出会い、多くの女に愛された……その事は感謝しても、しきれない」


 ザガートが自分を異世界転生させた行為に対して礼を言う。この世界に来てからの人生が彼にとって素晴らしいものであった事、それを与えてくれた事への感謝の気持ちを伝える。


「お礼を言いたいのは、こちらの方じゃ……もしそなたがおらなんだら、この世界が滅ぶだけにとどまらず、他の世界が甚大じんだいな被害をこうむったじゃろう……第八世界がそれで滅んだようにな。そなたはこの世界だけでなく、全ての世界を救った英雄なのじゃ」


 ゼウスが感謝された事に恐縮しながら頭を下げる。世界を救ったのはあくまで魔王自身の行いによるものだと強調して、困難な偉業を成し遂げた彼の英雄ぶりを心から称賛する。


「本当に……本当によくやってくれた。そなたはワシが見込んだ通りの男じゃった……」


 最後に使命を果たしてくれた事への感謝の気持ちを言葉で表す。


「さて、話したい事は全て話し終えた……ワシもそろそろ帰るとしようかの。これから天界の神殿に戻って、ヘスティア達に報告せなばならん事が山ほどあるでな」


 この場に来た用事を済ませると、神殿の入り口がある方角に向かってゆっくりと歩き出す。やらなければならない用事が山積みであると愚痴ぐちをこぼしながら歩き続けて、部屋の入り口近くまで来た所でピタッと足を止める。


「さらばじゃ、異世界の魔王……いや勇者よ。もう二度と会う事もあるまい。元気でな」


 後ろを振り返らないまま別れの挨拶あいさつをすると、ヒュンッと瞬間移動したようにワープして姿を消した。


(さらばだ……俺に二度目の人生を歩ませてくれた、もう一人の神よ!!)


 ザガートは自分を異世界転生させた神の去りゆく姿を、感慨深げに見送った。


 もう二度と会う事は無いのだとしても、彼に受けた恩を一生忘れる事はあるまい……そう感謝の思いを胸に抱きながら。

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