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第243話 ヤハヴェはザガートに挑戦状を叩き付ける

 ……神が召喚したバッタによる襲撃は、世界の十五箇所に及んだ。ザガートはそれら全てを二時間かけて回り、全てのバッタを駆逐して、全てのバッタの犠牲となった者達を生き返らせた。

 人的被害は無いに等しいが、それでも木造の家屋を破壊されて、収穫済みの作物を食べ尽くされたため、人類が受けた被害は甚大じんだいだ。


 人々は神のしでかした仕打ちを呪う。天に向かって呪いの言葉を吐き続ける。

 司教は衣を裂き、シスターは祈りを捧げるのをやめて、太陽の首飾りは地面へと投げ捨てられる。大天使ミカエルの像は地面に引き倒されてバラバラに砕け、ヤハヴェを信仰する教会はザガートをあがめる建物へと作り替えられる。

 人類に対する神の愛が尽きたように、人の神への信仰は今日この日、ここに途絶えた。


 時刻が夕方の五時を回り、太陽が沈みかかっていた頃、当のザガート一行はソドムの村跡地の難民キャンプへと帰還していた。キャンプ地にもバッタの群れが襲来したらしく、いたる所にバッタの死骸が転がっている。


「コノヤロウ! テメエらに食われるくらいなら、先に俺がテメエらを食ってやる!!」


 いかついハゲのマッチョなおっさんが、大声でわめきながらバッタの死骸を口の中に放り込む。襲われた仕返しをするようにバリバリと音を立ててしゃくする。


「それ……さっき人肉を食べたバッタだよ」

「オエーーーー!!」


 その光景をそばで見ていた子供が都合の悪い事実を指摘すると、男は口にふくんでいたバッタの死骸を「オエー」と吐き出す。

 ザガートは荒野にドガッと置かれた背もたれのある椅子いすに座りながら、二人のやりとりを眺めていた。


 当のザガートは表情に疲労の色を浮かべて、全身だらんとさせながら椅子にもたれかかっていた。二時間かけてバッタを掃討する作業で疲れたらしく、普段の彼からは想像も付かないほど疲労困憊こんぱいしている。魔力は尽きていなくとも、気力を相当けずられたであろう事が容易に伝わる。

 ふたをした紙コップにストローをしたメロンソーダを、ストローしにチューチューと飲む。ルシルと鬼姫が、はしたのように魔王の腕や肩をむ。


「師匠、お疲れッス」


 心底疲れた様子の魔王になずみがねぎらいの言葉を掛ける。

 ルシルが休憩に入ると、彼女と役目を交代する。


「それにしても凄まじい攻撃だった……もしお前がいなかったら、今日だけで人類は絶滅しただろう」


 レジーナがヤハヴェの情け容赦ない攻撃に驚嘆する。間違いなく世界を滅ぼしうるレベルの大災害から人類を救った魔王の活躍に心から感謝する。

 キャンプ地にいた他の村人達もみなが英雄の奮戦ぶりを称賛する。彼こそ我らにとっての救世主だ、神様だと口々に魔王をたたえる。


 だが村人が喜ぶのとは対照的に、魔王の表情は暗い。何処かものげな目をしながら、これからどうすべきか思い悩んだように空を見上げる。


(もし今回と同規模の攻撃がもう一度行われたら、如何いかに俺でも守りきれる自信が無い……)


 今後の明るい展望を思い描けず、さききを見通せない不安に押しつぶされそうになった時……。




 突然空が、かみなりが落ちようとするようにゴロゴロと鳴りだす。それと共に黒い雲が何処からか立ち込めて、またたく間に世界中の空を覆い隠す。太陽光がしゃだんされて大地が完全な闇に覆われて、世界が終わりそうな雰囲気をかもし出す。


「も、もう駄目だぁぁぁあああああーーーーーーっ!!」

「神様ーーー!!」


 突然大地が闇で覆われた事に、キャンプ地にいた村人達が声に出してうろたえる。ある者はこの世の終わりを叫び、ある者は魔王に祈りを捧げ、皆が混乱してパニックになる。

 女達の視線が魔王へと向けられて、魔王が椅子からガタッと立ち上がる。テントの中からゼウスとブレイズが慌てて飛び出す。バーラ村長やハゲのおっさんら村の男性が数人駆け付けて、魔王を頼るように取りかこむ。


 周囲に緊迫した空気が漂った時、世界中に響き渡るほどの大きな声が空から聞こえてきた。


「聞くがいい、我が子らよ……」


 その声はまぎれもなく唯一神ヤハヴェから発せられたものだ。空が暗雲で覆われたために姿は見えないが、バッタによる襲来を行った時と同様に全人類に語りかけているのだ。


われは今から二十四時間後、極大魔法『隕石群落下メテオ・スウォーム』を発動させる……神である私がこの魔法を唱えたら、世界の全ての陸地に隕石が降りそそぐ。隕石の落下は七日間む事が無い。地上に住む全ての生命は根絶やしにされて、大地は生命が生まれる前の状態へとリセットされる。我はそこに、知恵の果実を食べる事のない新たな人類を住まわせる……」


 極大魔法を唱えて現生人類を根絶やしにする気でいた事を高らかに告げる。ザガートが唱えた時は十万のオークを五分で全滅させた流星群を、七日間休まずに降らせるというのだ。二十四時間という猶予ゆうよもうけたのは人類に慈悲を与えるためではなく、それだけ強大な魔法だから発動に時間が掛かるというのが真実のようだ。


 そして神のこの発言によって、彼が現生人類に見切りを付けた事、新たな人類を生む為の壮大なリセットをもくろんだ事、その為に人類抹殺をくわだてた事……それらが世界中に知れ渡る形となった。


「異世界の魔王ザガート……我はなんじに挑戦状を叩き付ける。ソドムの村跡地から北に十キロ向かった先にゴルゴダと呼ばれたおかがあり、そこに私の神殿が建っている。隕石の落下を阻止したければ、そこに一人で来るがいい……我と一対一で勝負しよう」


 ヤハヴェはザガートに一対一での決闘を提案する。自らの神殿が北にある事を教えて、そこに向かうよう指示を出す。


「二十四時間が経過する前に我を殺せば、隕石の落下は阻止される……人類は絶滅の危機から救われて、汝は世界を救った英雄となる。だが汝が死ねば隕石の落下は予定通りに決行され、人類は根絶やしにされる……世界が滅ぶかいなかは我らの双肩そうけんに掛かっている」


 これからの勝敗が人類の命運を左右するのだという、揺るぎない事実を突き付けた。


「我と汝、どちらがこの世界の神となるに相応しいか、白黒ハッキリさせよう……」


 そう言い終えるとフェードアウトしていって音声が途切れる。

 以後は空から『神の声』が発せられない。


 今後について思い悩んだザガートだったが、神に決闘を挑まれた事、二十四時間以内に神を殺さなければ人類は絶滅するという事、それらは避けられない事実となった。


「ザガート様っ!」


 ルシルが真っ先に不安そうな顔をしながら声をかける。今後の方針について聞きたそうに魔王をじっと見る。


「フム……今すぐ神に戦いを挑みたいのは山々だが、バッタを駆逐する作業で俺もだいぶ疲れた。今日は一晩ゆっくり休んで、明日改めてヤツの神殿に向かおうと思う」


 ザガートが仲間の期待に応えようと、今後の方針を伝える。さっきの戦いで気力を消耗した事、人類滅亡まで十分に猶予ゆうよがある為、その間に英気を養って万全の状態で挑もうと考えた事……それらの思考を打ち明ける。


「お前達も今日はいろいろあって疲れただろう。各々(おのおの)テントに戻ってゆっくり休むといい」


 仲間の体調を気遣って、先にテントに入るよううながす。


「ああ、そうさせてもらう」

「魔王、お主も早く休むのじゃぞ」


 レジーナと鬼姫が魔王の言葉にうなずく。無理をしないよう忠告すると、キャンプ地の中央に建てられた大きなテントに向かって歩いていく。他の者達もそれぞれのテントへと戻っていき、魔王とゼウスだけがその場に取り残された。


「さて、ワシも休むとしようかのう」


 ゼウスがそう言いながら、中央にある大きなテントに向かって歩き出そうとした時……。


「待て、異世界の神よ。アンタにしか出来ない秘密の相談がある」


 ザガートが慌てて彼を呼び止める。二人だけの秘密にしておきたい相談があると前置きすると、他人に聞かれないようひそひそと小声で耳打ちする。

 ゼウスは小声でささやかれながら、魔王の申し出を受けたようにウンウンと何度もうなずく。


「フム……ではヤハヴェに盗み聞きされない場所へ行って、そこで打ち合わせをしよう」


 じいがそう言うと、二人はキャンプ地の外に広がる荒野へと歩いていった。

 二人が何処へ向かったのかは誰も……神であるヤハヴェすらも知らない。

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