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第237話 決着

 ……荒野を猛ダッシュで駆け抜けた魔王であったが、やがて逃げるのを諦めたようにピタリと足を止める。勇者が走ってくる方角へと向き直ると、服の左ポケットに手を突っ込んで、中にある『何か』に手を触れる。


 それから数秒遅れて勇者が駆け付ける。魔王から数メートル離れた場所まで来て足を止める。


「ハァ……ハァ……ようやく死ぬ決心がついたようだな、魔王」


 ここまで全力疾走してきたためか表情に疲労の色が浮かぶ。肩でゼェハァと激しく息をさせて、ひざに手をついて背筋を曲げてうなだれる。

 魔王がすっかり逃走を諦めて観念したと思っており、奥の手があるなどとは考えも及ばない。相手が左ポケットに手を突っ込んでいる事など、気にもめない。


 深呼吸して気持ちを落ち着かせると、背筋をまっすぐ伸ばして姿勢を整える。剣を両手でしっかり握って構えると、正面の敵に向かって駆け出す。

 勇者が駆け出した瞬間、魔王がポケットの中にある『何か』を指で触る。カチッとボタンを押したような音が小さく鳴る。


「さらば、魔王……無敵の伝説と共に散れぇっ!!」


 勇者が死を宣告する言葉を発しながら魔王めがけて斬りかかる。ブゥンッと風を切る音を鳴らしながら横一文字に振られた剣が、魔王をとらえようとした瞬間、男の姿がフッとワープしたように消えた。




 魔王はビュンッと残像を残しながら地をすべるように高速で移動して、一瞬にして勇者の背後へと回り込む。あたかも魔王だけが千倍の速さで動いたかのようで、勇者には全く反応するひまがない。


「ゲヘナの火に焼かれて消しずみとなれ……」


 魔王が間髪入れずに勇者の背中に手を当てながら呪文を唱えだす。相手が渾身の一撃を空振ったすきを逃さない。

 アランは敵に背後に回られた事に気付いたが、もう手遅れだ。何か行動を起こしたとしても、彼の反応が間に合うより相手の術が発動するタイミングの方が速い。


「しまっ……」

火炎光弾ファイヤー・ボルトッ!!」


 アランが自身の敗北を悟った瞬間、彼の背中に触れた手で大きな爆発音が鳴る。山をも吹き飛ばす威力のダイナマイトに匹敵する巨大な爆発が巻き起こると、勇者の体が太陽の中心温度に匹敵する灼熱の業火にまれた。


「がぁぁぁぁぁぁあああああああああああッッ!!」


 体を骨のずいまで焼かれる痛みに、勇者が断末魔のような悲鳴を上げた。爆発の衝撃で吹き飛ばされた拍子ひょうしにダインスレイフから手を離す。地面に落下して全身を強く叩き付けられると、地べたをゴロゴロと横向きに転がって、最後は仰向けに倒れたまま手足をピクピクさせた。

 炎はすぐに鎮火したが体のあちこちが黒く焦げていて、マントはボロボロだ。火傷やけどした箇所からブスブスと白煙が立ちのぼっていて、鼻をつくニオイが漂う。致命傷を受けた事は疑いようがない。


「ナター……シャ……」


 勇者がボロ雑巾ぞうきんのように倒れたまま、女の名を口にした。


 ザガートはしばらく離れた場所から様子を見たが、もうアランに戦う気力は残っていないだろうと考えて、カツカツと歩いていく。彼の前まで来て足を止めると、その場にしゃがみ込んで相手の顔をじっと見る。


「ううっ……何故だ……何故、俺の背後に回り込めた。俺とお前のスピードは同じはずなのに……」


 アランが苦しそうにうめきながら、自身の中に湧き上がった疑問を口にする。彼が『神速の腕輪』を装備している以上、魔王が目の前にいる相手より数倍速く動き回るなどありえない事だ。そのありえない事が起こった。

 本来起こりないはずの事象が決着を付ける要因となった事に到底とうてい納得が行かず、聞いて確かめずにはいられない。


「俺がさっき立っていた場所……あそこにテレポートのわなが仕込んであった。お前に斬られる直前、俺はポケットの中にあるボタンを押して装置を作動させた。それによって、一瞬にしてお前の背後に回り込めた……これが真相だ」


 勇者の疑問に魔王が種明かしをする。彼が立った地面に瞬間移動のトラップが仕込まれており、それを作動させて勇者の一撃をかわしたのだという。

 敵に背を向けて逃げたのは、装置がある場所まで誘導するためだったという事になる。


「俺は再戦に備えて、いくつかの手札を用意した……『死の選択肢(デス・セレクション)』もさっきの仕掛けも、そのうちの一つだったという訳だ」


 勝負に勝つために万全の備えをしてあった計画を明かす。すでに使用した二つばかりでなく、他にも未使用の手札があった事をにおわせた。


「結局、お前の方が一枚うわだった……という事か。さすが魔王、俺の完敗だ。やはりお前は異世界最きょ……ゴホッゴホッ!!」


 勇者が自身の敗北を素直に認める。相手の勝ち方を卑怯だとののしったりしない。

 魔王に対する称賛の言葉を口にしようとした瞬間、ゴホゴホとき込んで大量の血を吐き出す。すでに立ち上がる力を失っており、数分が経過すれば死はまぬがれない状況だ。エクスカリバーを失った彼には回復呪文が一切通じないのだから。


「アラン……お前が本当にかなえたかった願いがあるなら、今この場で全部話して欲しい。望みを叶えられる訳じゃないが、こんな俺でもなぐさめの言葉くらいは掛けてやれるかもしれない。俺が他人の不幸をあざ笑う性格じゃない事は、お前ならとうに知ってるはずだ」


 ザガートが、まだ勇者の息があるうちに彼の過去を聞き出そうとする。彼が胸の奥にしまっていた悲しみを知れるのは今しかないと考えた。自分が他人の不幸を喜ぶ性分しょうぶんではないと、あらかじめ念を押す。


「……胸の内にモヤモヤを抱えたまま死ぬより、いっそ全部ブチけた方がスッキリするかもしれんぞ」


 悩みを告白して死ねた方が、彼にとってもプラスになると提案を付け加えた。


「……」


 ザガートの言葉を聞いてアランがしばし黙り込む。悩みを打ち明けるべきかどうか迷ったものの、相手の主張にも一理あると頭の中で考えた。


「昔……好きだった女がいたんだ」


 やがて観念したように口を開く。


「……ナターシャか」


 アランが『女』と言ったのを耳にして、ザガートが即座に言葉を返す。勇者が吹き飛ばされて地面に転がった時に口にした名が、その女の名だろうと推測する。


「そうだ……俺達二人は同じ村で生まれ育った幼なじみだ」


 勇者は自分の過去について、ゆっくりと少しずつ語りだす。

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