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第236話 エクスカリバーと対をなす魔剣

「これでもう不死の力は使えなくなった……という事になるな」


 悲嘆にれるアランの姿を遠くから眺めながら、ザガートが勝ち誇ったように言う。勇者の剣を破壊できた事実に、自らが優位に立てた事を確信して胸をおどらせた。


 勇者に切断されて地面に転がっていた魔王の左腕が、自ら意思を持ったように宙に浮き上がり、かつて腕があった肩まで飛んでいく。切断面がビッタリくっつき合うと傷口がみるみるふさがっていき、剣で斬られる前の状態へと戻る。さらにこれまでの戦いで破れた衣服も修復されていき、完全に元通りになる。


 自らの治癒ちゆが完了すると、ザガートがまたも口を開く。


「アラン……お前が何度負傷しても傷をいやされるのは、その剣に秘密があった。聖剣エクスカリバーには持ち主を自然治癒させる力があったんだ。だから『絶対圧縮爆裂アブソリュート・ディスラプト』を受けた瞬間に剣を手放した。たとえ持ち主がバラバラに吹き飛んだとしても、剣さえ無事なら復活できたからだ」


 聖剣に隠された秘密について語りだす。アランがこな微塵みじんに吹き飛んでも瞬時に再生したのは剣の力によるものであったという事、彼が爆発する寸前に剣を手放したのは、剣が傷付かないようにするためだった事……それらの事実を指摘する。


 「この剣がある限り俺は負けない」という勇者の言葉はハッタリでも何でもなく、剣の魔力によって不死の存在となった事実をこの上なく直球に伝えていたのだ。


「そしてアランよ、俺は剣に触れた事によりもう一つの事にも気付いた。剣の記憶を読み取った事で、それに気付けたのだ」


 ザガートがなおも突き止めた真実について語る。剣にチョップを叩き込んだ時に相手の記憶を読んで、それを知ったのだという。


「剣に隠されたもう一つの秘密……それは長年剣の治癒能力に頼り続けた反動で、逆にお前の体は、それ以外のあらゆる回復魔法を受け付けなくなったという事だ! 傷を癒す魔法、状態回復のみならず、蘇生術リザレクションまでもッ! だから剣を失った後に致命傷を受ければ、お前は確実に死ぬ……そうだろう!!」


 エクスカリバーの使用に重篤じゅうとくな副作用があった事、それにより、剣をくした後に負った傷は簡単には治せない事……それらの事実を強い口調で突き付けた。


 アランは剣を失ったショックでひざをついてうなだれたまま、ただ黙って魔王の言葉に聞き入っていたが……。


「……お前の言う通りだ」


 観念したようにボソッと口を開く。ありのまま真実を突き付けられて言い逃れできない思いがあったのか、その場しのぎの嘘をついたりしない。


「確かに俺が受けた傷は回復魔法では癒せない……だが、それが何だというのだ。傷を受けたら死ぬのなら、受けなければいい。たったそれだけの事だ……」


 魔王の言葉を真実だと認めながらも、それだけで勝敗を決する要因とはならない意思を明確にする。最初こそ深い失意と絶望に打ちのめされていたものの、自分にはまだ手札が残っていると冷静に思い直したのか、すぐに聖剣を失ったショックから立ち直る。

 魔王の方へと向き直ると、闘志に満ちた表情を浮かべながら二本の足でゆっくりと立ち上がる。


「聖剣エクスカリバーを失っても……俺にはこれがある!!」


 そう叫ぶやいなや、空間の裂け目からさやに収まった一振りの剣を取り出す。鞘から剣を引き抜いて鞘を地面に放り投げると、つかを両手で握って構える。


 その剣は片手で振り回すロングソード型だったエクスカリバーと異なり、両手で扱うクレイモアのような大剣だったが、柄の根元から剣の先端に至るまで血のような赤色に染まっており、見る者に一目で魔剣だと分からせるほど禍々(まがまが)しかった。

 ラグナロクも魔剣ではあったが、それをはるかに上回るもののように思えた。


「これこそエクスカリバーとついをなす魔剣ダインスレイフ……この剣で斬られた傷はどんな魔法でも癒せないため、斬った相手を確実に殺すとつたえられた、伝説の魔剣ッ! ザガート! この剣の切れ味をもって、俺達の長かった戦いを、ここで終わらせる!!」


 アランが異空間から取り出した魔剣の性能について語る。癒えない傷を残すため、斬った相手を間違いなく死にいたらしめるのだという。それによって魔王との勝負に終止符を打つ意思を高らかに宣言する。


(フゥーーム、斬られたら確実に死ぬ魔剣……か。それが事実なら確かに厄介やっかいだ)


 剣の能力を知らされて魔王が溜息ためいきを漏らす。眉間みけんしわを寄せて気難しい表情になりながら、今後についてあれこれ考える。

 勇者を回復不能な状況に追い込みはしたものの、斬られたら一撃で死ぬのなら、自分も置かれた立場は同じだ。実質、これから先の戦いは一撃でもクリーンヒットした方の負けという事になる。それだけに一瞬の判断のあやまりが命取りになる。


 どう戦うべきか思案をめぐらせた魔王であったが、まずは行動を起こさなければ始まらないと冷静に思い直す。


「接近戦に持ち込むまでもないッ! 今この場で死ぬがいい!!」


 正面に右手のひらをかざして、遠距離魔法でケリをつける意思を高らかに宣言する。


「青き光よ、雷撃となりて我が敵をぎ払え! 雷撃龍嵐サンダー・ストームッ!!」


 呪文の詠唱を行うと、魔王の手のひらがバチバチッと音を立ててスパークする。そこから青く光る一筋のいかずちが勇者に向けて放たれた。


「ふんっ!」


 勇者はかつを入れるように鼻息を吹かすと、両手で握った剣を横一文字に振って、自分めがけて飛んできた雷を真っ二つに切り裂く。雷は二つにえだ分かれするとそれぞれ別の方角へと飛んでいき、フェードアウトしたようにうっすらと薄れて消えていく。


「なにっ!!」


 電撃魔法を剣で防がれた光景に魔王が深く動揺する。まさかこうなるなどとは夢にも思わず、一瞬だけ頭が真っ白になる。


「ダインスレイフで斬れないものなど、宇宙には存在しないッ! 剣に触れたものなら、光であろうとつ!!」


 アランが雷を斬った剣の切れ味の鋭さを雄弁に語る。宇宙にあるものなら何でも斬れると豪語し、自分に攻撃魔法が効かない事のあかしとした。


(雷をつ剣か……やれやれ、ますます厄介な強さになった)


 魔剣の力を思い知らされて、ザガートが深い懸念を抱く。遠距離から魔法で攻撃する戦術が使えなくなった状況に手詰てづまりを感じる。


イチバチか……賭けに打って出るしか無さそうだ)


 頭の中である一つのアイデアをひらめくと、荒野の何も無い場所に向かって一目散に駆け出す。あたかも勇者から全速力で逃げようとしているようで、走りに一切の迷いが無い。


「待て、敵に背を向けて逃げるつもりかッ! 卑怯者!!」


 魔王がいきなり走り出した事に慌てて、勇者がすぐさま後を追いかける。相手の予期せぬ行動にひどく困惑したようで、後先あとさき考えるひまがない。それが魔王の狙い通りなどとは知るよしもない。

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