第234話 なん……だと!?
(ラグナロク……決して弱い剣ではなかったが、あと一歩の所で及ばなかったか)
ザガートが手元にある折れた剣を眺めながら心の中で残念そうに呟く。剣同士の衝突で魔剣が敗れた事に、深い失意の念を抱く。
自分の力量が劣ったために剣を折られたのではないかという考えも頭の中にはあったが、体感的に両者の技量はほぼ互角であり、優劣を決する程ではない。やはり剣の性能で差が出たのだろうという結論に行き着く。
しばらく手元にあった剣を、気難しい表情を浮かべながらじっと眺めたザガートであったが、やがて剣で戦う事を諦めたようにポイッと地面に投げ捨てる。大魔王の城で拾った魔剣に対する思い入れは全く無かったようで、蘇生術で修復したりはしない。
「さて、これからどう戦うつもりだ? ザガートよ。まさか素手で俺とやり合う気じゃ無いだろうな」
アランが今後の方針について問いかける。武器を失った魔王がどうする気でいたのか、聞いて確かめようとする。
「……俺は魔王だ。武器など必要ない。今までは正面からぶつかり合うために剣での勝負に付き合ったが、俺の本分は魔法……ここからは魔王らしく、卑怯なやり方で戦わせてもらう」
魔王が勇者の疑問に即答する。これまでは魔王の実力を生かした戦い方では無かった事、正々堂々の勝負を捨てて、彼本来のやり方である、戦術に特化した卑怯な搦め手を使う意思を堂々と宣言する。
「死の選択肢ッ!!」
技名らしき言葉を叫びながら親指と人差し指をパチンと鳴らす。すると魔王の姿がブゥンッと音を鳴らしながら一体ずつ増えていって、最大で四体になる。
同じ姿をした四人の魔王が横にズラッと並ぶ。彼らはそれぞれ首をゴキゴキ鳴らしたり腕組みして笑ったりと別々の行動を取っており、どれか一体の行動をトレースしたりしない。完全に四人それぞれが独立した存在であるかのように振舞う。
(分身の術か……だがただの術という訳では無さそうだ。この俺の力を以てしても、どれが本物か見破れない。全員偽者のように見えるし、全員本物にも見える。これは一体どういう事なんだ?)
四体に増えたザガートを前にしてアランが首を傾げる。彼ほどの力があれば分身を見分けるのは容易な筈なのに、それが出来ないのだ。四人全てが本物に見える。
むろん本物のザガートが四体に増えた筈はなく、他の三人は偽者の筈なのだが、それを見分けられない。本来ありえない状況に困惑せずにいられない。
動揺するアランを見て「フッフッフッ」と嘲るように笑っていた四人だが、やがてそのうち一体が正面に向かって飛び出す。更にそれから数秒遅れて二体目が後に続く。
「くっ……見分けられないなら全員倒すまでだ!!」
アランが腹立たしげに今後の方針を叫ぶ。無理に見分けようとするのは無駄だと判断し、襲ってくる敵を順番に倒す方向に発想を切り替える。
剣を横薙ぎに振って最初の一体を斬ると、白い霧へと姿が変わってバラバラに散っていく。続いて襲いかかってきた二体目も同じように斬ったが、やはり偽者だったらしく霧となって霧散する。
残りの二体はそれぞれ逆の方向に走っていって、アランを間に挟んだ形となって大きく距離を開いた後、前後から挟み撃ちにしようと猛スピードでダッシュする。
(逆方向から襲ってくる二体の敵を同時に斬る方法は無い……ここで選択を誤れば、俺は確実に死ぬ!!)
同時に走ってくる二体の魔王を前にしてアランが悲壮な決意を胸に抱く。この期に及んで判断を迷う猶予は無く、どちらか一体に的を絞らなければならない状況へと追い込まれる。
「そこだぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーッッ!!」
決死の覚悟を決めると、敢えて正面から襲いかかってきた一体に狙いを定めて、大声で叫びながら斬りかかる。
剣を横薙ぎに振って相手を真っ二つにすると、魔王の姿が白い霧となってバラバラに散っていく。
「なにっ!!」
読みが外れた事に勇者が深く動揺する。この重大な局面で選択を誤ったのかと自分を責める声が脳内に湧き上がり、胸が激しくざわついた。背後からの敵に対処しようと慌てて後ろを振り返ったものの、既に魔王が彼めがけて右足によるヤクザキックを繰り出していた。
靴を履いた男の足がドグォッと腹にめり込んで、メリメリと骨がきしむ音が鳴る。腹に湧き上がる激痛に勇者が顔を歪ませた。
直後、彼の両足が地面から離れて体が宙に浮き上がる。
「うっ……ぐああああああああああっ!」
荒野中に響かんばかりの絶叫を発した瞬間、勇者の体が凄まじい速さで吹き飛ばされた。墜落するように地面に激突して砂埃を大量に巻き上げると、ゴムボールのように何度もバウンドした挙句、横向きに倒れたまま止まる。腹を蹴られたダメージが相当大きかったらしく、すぐには起き上がれない。
それでもエクスカリバーは肌身離さずしっかり右手に握られていた。
「残念だったな……『死の選択肢』はどれか一体が本物で、どれが偽者という事は無い。必ず最初に倒された三体が偽者になり、残りの一体が本物になる……そういう仕組みだ。最後に一体が残るまでは、全員が本物の存在として直感的に認識される」
ザガートがアランを陥れた魔術について種明かしする。どれが本物かは後付けで決まるのであり、それまでは全員が本物として扱われるのだという。
アランはどれが本物か真剣に見破ろうとしたが、そもそも四人全員が本物だから見破れる訳が無いのだ。まんまと魔王に一杯食わされた形となる。
「そしてこの技に初見で対応できなかった時点で、アラン……お前の死は確定した!!」
勇者が技の性質を見破れなかった事実を指摘して、魔王が揺るぎない勝利への確信を抱く。
「爆ぜよッ! 汝の身に宿りし力、外へ向かう風とならん!」
正面に両手をかざして呪文の詠唱を行うと、魔王の手のひらに青白い光が集まっていって、ダチョウの卵くらいの大きさの光球が生まれる。光球は発射されるのを今か今かと待ちわびたようにギラギラと輝く。
「……絶対圧縮爆裂ッ!!」
魔法の言葉を叫ぶと、手のひらにあった光弾が勇者めがけて一直線に撃ち出された。光弾はグングン加速していって、音速を超えた速さになる。わずか二、三秒ばかりで勇者の目の前まで飛んでいく。
勇者は極大魔法が飛んできたのを知って慌てて起き上がろうとしたが、彼が体勢を立て直すよりも一瞬速く魔法が着弾する。すぐに自分の死を悟ったのか、手に持っていたエクスカリバーを瞬時に地面に放り投げた。
「しまっ……がぁぁぁぁぁぁあああああああああああッッ!!」
断末魔の悲鳴を上げた直後、勇者の体が墨のような黒一色に染まり、空気を注入した風船のように膨らんでいく。どんどん大きくなっていき、直径五メートルほどの巨大なボールになった瞬間、針を刺したようにバンッと破裂して粉々に弾け飛ぶ。
彼のものであった肉片が雨のように大地に降り注いだ後、粒子状に分解されて黒い砂となり、風に飛ばされて散っていく。後には地面に投げ捨てられたエクスカリバーだけが残された。
(アラン……出来れば会話できる状態で勝ちたかったが、悠長にそれが叶う相手ではなかった)
勇者の無惨な死に様を見届けて、魔王が彼と言葉を交わせなかった事を深く悔いる。彼の過去について聞き出せなかった結末を、それも仕方のない事だと自分に言い聞かせながらも、消し去れないモヤモヤ感を胸に抱く。
後ろ髪を引かれる思いをしながら、勇者が死んだ場所をじっと眺めた魔王であったが……。
地面に置かれていたエクスカリバーが突然、何かの合図を送るようにチカッチカッと数回光る。すると風に飛ばされて空に散っていた、かつて勇者の体だった黒い砂が、自ら意思を持ったように宙を動き回る。
砂は空中をハエの群れのように飛び回った後、地面に降り積もって人の形を取る。カッと眩い光を放って視界が見えにくくなる。数秒が経過して光が徐々に消えて無くなると、そこに五体満足な状態のアランが立っていた。
「なん……だと!?」
アランが生き返った光景を目の当たりにして、ザガートが面食らった顔をする。一瞬何が起こったのか全く理解できず、開いた口が塞がらない。
まるで悪夢のような光景だ。勇者は間違いなく死んだと、魔王はそう確信したのだ。
その勇者が生き返った。
誰かに蘇生術を掛けられた可能性も無くはなかったが、多対一ならまだしも、ここは一対一の閉鎖された空間だ。誰かの横槍が入る事は決して無い。自分で自分を生き返らせる能力でも無い限り、死からの復活はありえない。
勇者が復活した原理が突き止められず、頭が混乱して棒立ちになる魔王を見て、アランがニヤリとほくそ笑んだ。
「さぁザガート……第二ラウンドと行こうか!!」
勇者は不敵な台詞を吐きながら、地面に落ちたエクスカリバーを拾い上げた。




