第232話 アランの苦悩
分断された三つの空間で戦闘が始まった頃、この作戦を立案した当のザガートは勇者アランと対峙していた。
互いのパーティの最大戦力でありリーダー格のぶつかり合いは、これが競技の団体戦なら、さしずめ大将戦といった所か。両者も当然それを意識していた。
この場に来てから数秒間睨み合ったまま言葉を交わさない二人であったが、先にアランが口を開く。
「魔王ザガート……お前に恨みは無いが、今度こそ本当に死んでもらわねばならない。俺は俺が元いた世界を救うためにお前を殺す。そうしなければ俺は望みを果たせない」
自分が生まれ育った第八世界を救う事が彼の望みであった事、それを叶える為には魔王を倒さなければならない事実を伝える。
「……それはお前の本当の願いか?」
魔王が数秒間黙り込んだ後、アランの言った言葉を否定する。
彼の話を聞いていて拭い去れない違和感が湧き上がったようで、直に聞いて確かめずにはいられない。
「何?」
魔王の問いかけにアランが驚かずにいられない。自らの主張を否定されるなどとは夢にも思わず、虚を突かれる形となった。
魔王はアランの驚きなど気にも留めず、話を続ける。
「俺と出会ってからお前はずっと悲しい目をしていた。ニヤリと口元を歪ませる事はあっても、心の底から笑った事は一度たりとも無かった。まるで俺を倒しても果たせない望みを胸に抱えたような……そんな者のする表情だ」
アランが思い詰めた表情をしていた事、一度も笑わなかった事、それらの事実を指摘して、彼が胸の内に抱えていた苦悩を見抜く。
「アラン、お前には叶えたい、だが叶わないのだと諦めてしまった本当の願いがあるんじゃないのか?」
他に叶えたい願いがあるが、何らかの理由により断念せざるを得なかったのではないかと、念を押すように問いかけた。
「……」
魔王の言葉を聞いてアランはしばし黙り込む。下を向いたまま苦虫を噛み潰した表情を浮かべたが、反論の言葉が一言も浮かばず、ぐうの音も出ない。まさに図星を突かれた形となり、相手が言うに任せるしかない。
この勇者の目の前にいるザガートという男は、アランが一切過去を語らなかったにも関わらず、彼の胸の内にあるモヤモヤを見抜いたのだ。
勇者は「この男には隠し事できないな」と内心で魔王の観察眼の鋭さに感心する。
しばらく思い悩んだ表情を浮かべたまま黙り込んだアランであったが、やがて重い口を開く。
「……世界を救ったからといって、欲しいもの全てがこの手に収まった訳じゃない」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でボソッと呟く。
「どれだけ手を伸ばしても、掴み取れないものだってある……富も、名声も、他のどれが手に入ったとしても、一番欲しかったものだけは手に入らなかった。でもそれは仕方のない事だ。それが人生なんだ……」
フッと悲しい目をしながら空を見上げると、何処か遠くを見つめながら、叶わない理想を胸に抱いた事実を淡々とした口調で語る。
世界を救ったはずの勇者が人生の挫折について語る様は何とも儚げだ。過去に何があったか直接聞かずとも彼が深い悲しみを背負ったであろう事が容易に伝わる。
「そうか……ならば俺もこれ以上の深入りはすまい。詳しい話は戦いが終わってからじっくり聞かせてもらうとしよう。どのみち俺達は拳と拳で、剣と剣で語り合うしか無いのだから」
魔王もそこまで話を聞かされて、これ以上続きを聞くのを断念する。今この場で全部を話されるよりも、勝負が終わってから改めて聞き出すべきだと冷静に考えた。
「アラン……どちらが真の勝者となるか、白黒ハッキリさせよう!!」




