第230話 狂戦士の過去
俺が元いた世界……神サマの言う第八世界にいた頃、俺はニネヴェという町で生まれた。
ニネヴェは商業的に栄えた町だったが、華々しい見た目なのは表通りだけで、裏通りはゴミの掃き溜めのようなスラム街だった。そこは治安は最悪で、強盗・殺人・誘拐なんでもありのクソみてえな場所だ。浮浪者と麻薬の売人がそこら中を徘徊してて、強盗に殺された死体が転がってんのも珍しくねえ。カラスと野良猫が真っ昼間から生ゴミを漁ってて、腐ったゴミの臭いがそこら中にプンプンしやがる。
俺はスラムの貧民街に物心付いた時に捨てられた。両親の顔も名前も覚えてねえ。ま、それ自体は珍しくも何ともねえ話さ。
そん時から既に『脳筋ゴリラ』とあだ名で呼ばれるほど体が大きかった俺は、盗みを働いて飢えをしのいだ。捕まりそうになった時は暴力を振るったし、殺しだってやった。罪悪感は無ぇ。そもそも俺が育った場所ってのは、そうしなければ生きられない場所だったのさ。
俺は特別な事は何もしちゃいないが、生まれつきのガタイの良さと才能はあったらしい。ただ生きるために奪い、生きるために殺すのを繰り返すうち、俺の名はニネヴェの裏社会ではどんどん知られるようになった。ある時は俺を捕まえに来た町の兵士五十人を返り討ちにしてやったし、ある時は俺に仕返しに来たギャング団のモヒカン百人を半殺しにした。
自称『町最強の剣の達人』と名乗る男が襲ってきた事もあったが、俺が剣を取って斬りかかったら、たった一撃でゴミのように吹き飛んだぜ。
俺は町の有名なギャングどもを、ただ襲ってくるままに返り討ちにしてたが、ある日気付かないうちにギャングのボスを殺しちまってたらしい。
そしたらギャングの手下ども、俺に新たなボスになってくれとお願いして来やがった。
なんでも「アンタより強いヤツはこの町にはいねえ。アンタに付いていきゃ、俺達は一生安泰だ」だとよ。笑えるだろ。
だがまぁ、ギャングのボスになるってのは悪い話じゃねえ。俺は好き好んで悪い事をしたかった訳じゃねえが、悪人の親玉になりゃ、俺の命を狙って次から次へと強者が襲ってくるだろうと、そう考えた。
強えヤツと戦いてえって欲求もその頃に生まれた。ただ生きるために生きてきただけの男に、生きる目的みてぇのが生まれたのさ。
俺は町中に触れ回った。
俺は人類最強の男だッ! 腕に自信のあるヤツは、俺と勝負しろ!
もし俺に勝てたら、俺はそいつの手下にでも何でもなってやるッ!
……ってな。
噂を聞き付けて、ニネヴェの至る所から俺に挑みてぇ戦士が集まってきた。
ニネヴェだけじゃねえ。噂は町の外まで広まって、そこからも猛者どもがやってきた。
世界中の屈強な猛者が、俺が最強かどうか確かめるためにニネヴェに集まってきちまったのさ。そん中にはザムザとツェデックもいたぜ。
最強ってのは敵を集めるためについたフカシのつもりだったが、あながち嘘でも無かったらしい。
俺はガキの頃は何度か負けたりもしたが、二十代になってからは一度も負けなかった。俺に挑んできたヤツの中に俺よりパワーがあるヤツは一人もいなかったし、俺に傷を付けられる相手もいなかった。ザムザとツェデックもそうだ。俺に全くダメージを与えられなかった。
妙な話だが、俺には即死魔法も状態異常も全く通じなかったらしい。
ツェデックは俺が人間である事を疑って、魔法で調べてみたが、結局ただの人間だったとよ。生まれつきガタイが良くて、毎日肉を食って、体を鍛えただけの、とんでもねえガチムチのマッチョになった、ただの人間……それが俺ってワケさ。
どうやら俺が本当に人類最強みてえな話になったんで、俺の名は近隣に轟いた。狂戦士だのヘラクレスだのゴリアテだの、変なあだ名を付けられちまった。三国志という古代史について知ってるヤツは俺の事を『張飛』と呼んだ。
ともかく、有名になった後も百を超える戦士が挑んできたが、一人も俺に勝てなかった。
遂には魔王軍まで俺の存在を脅威とみなすようになった。
最初にオークとゴブリンの大軍が何万も襲ってきたからそいつを返り討ちにしたら、今度は千体を超えるデーモンが襲ってきやがった。そいつらを全滅させたら、今度は百体のザコ竜と、一匹のボス竜からなる、ドラゴンの軍団だ。
百一体の竜との戦いはさすがに一筋縄ではいかなかったぜ。戦闘は三日三晩続いたが、まぁ最終的には俺が勝った。ボスのドラゴンは「お前が勇者だったのか……」とワケのわからねえ事を抜かして息絶えやがった。
こんな筋肉ダルマが勇者のわけねえだろうが。勘違いすんじゃねえ。
魔物の侵攻が途絶えると、今度は勇者アランがやってきた。俺のような筋肉ダルマとは違う、正真正銘、聖剣に選ばれた本物の勇者サマだ。
アランが町にやってきた理由は単純だ。俺に勝ったヤツは俺を手下にして良いというウワサを聞いて、俺を仲間にしに来たのさ。それで戦いを挑んできた。
俺は最初、ヤツの事を完全に舐めてた。俺は当時無敗を誇ってた事もあって、俺に勝てるヤツなんて世界の何処にも居やしねぇと思い上がってた。こんな俺より年下でイケメンの若僧が、俺に勝てるわけねえという思い込みもあった。
その思い上がりはあっさり打ち砕かれた。アイツは俺よりとんでもねえバケモノだったのさ。
俺がいくら剣を振っても、アイツには一撃も当たりゃしねえ。まるで風で飛ばされたビニール袋のようにヒラヒラとかわしやがる。
それだけならまだ良かった。俺が『鮮血鉄鎖』の魔法でアイツの動きを封じると、アイツは力ずくで鎖を粉砕しやがった。俺よりパワーが無いと壊せない鎖を、まるで何事も無かったかのように壊しやがったのさ。
最後は破れかぶれになった俺が武器を捨てて素手で襲いかかると、アイツは一瞬で背後に回り込んで、俺の片腕を捕まえて地面に組み伏せた。俺は地面に押し付けられたまま微動だにできなかった。大人に押さえ付けられた子供のように、自分より大きな力で拘束されたのさ。
しかもアイツ、俺がなかなか降参しねえから、捕まえた腕の骨を折ろうとして来やがった。メリメリ音が鳴って、激痛が走ったぜ。
俺は降参した。自分の負けを認めて、アイツの仲間になる事にしたのさ。
アイツは言ったよ。
「魔竜王ヴェルザハークは俺より強い。そんなに強い相手と戦いたいなら、世界最強である魔竜王と戦えば良い」
ってな。
俺はその挑発に乗ってやる事にした。




