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第228話 折れた刀

(常人ならば、これで仕留められるはずだが……)


 狂戦士が剣の雨を浴びて煙にまれた姿を見て、ブレイズが物思いにふける。これで勝敗が決まってほしい思いと、相手がこの程度で死ぬはずは無いという現実的な考えがぶつかり、敵の生死の判断が付かない。

 これからどうすべきか迷いながら、相手の方をじっと見ていたが……。


『……!!』


 何らかの殺気を感じたのか、慌てて数歩後ろに下がる。その場に立ち止まって相手の攻撃に備えるように身構える。

 次の瞬間、煙の中からドガァッ! と何かを蹴り飛ばしたような音が鳴り、光の剣が十本以上弾き飛ばされる。そのうち一本はブレイズがさっき立っていた場所に飛んできて、ガランッガランと地面に転がる。

 モクモク立ち込めていた煙が消えて無くなると、五体満足な姿の狂戦士がそこに立っていた。剣は百本以上地面に刺さっていたが、男には一本たりとも刺さっていない。あれだけ攻撃を受けたにも関わらず、体にはかすり傷一つ負っていない。タンクトップすら裂けていない、全くの無傷だ。


面白おもしれぇ技だったぜ……だが虚空閃こくうせんの方が威力は上だったな」


 バルザックが口元をゆがませてニマァッと笑う。自身を襲った技の威力に素直に感心しながらも、最初の技の方が凄かったと口にする。

 彼の周囲に刺さっていた剣はスゥーーッと薄れて消えていき、後には剣で穴ぼこだらけになった地面だけが残された。


(この男……人にして人にあらず!!)


 狂戦士が無事だった姿を見て不死騎王は驚嘆せずにいられない。確かに最初の技より威力は下だが、それでもノーダメージであって欲しくない期待があり、それをあっさり裏切られた事実に心胆さむからしめるものがあった。

 やはりさっき決断した通り、同じ場所を何度も斬る事で突破口を開くしかないのだと思い至る。


『それがし達の戦いに技など、もはや不要……どちらかが力尽き、刀折れるまで戦うのみ』


 今後の方針が決まると刀を両手で握って構える。腰を落とし込んだ姿勢になると、地に足を付いたままジリジリとにじり寄るように前へと進む。


「奇遇だな……俺もそう思ってた所だ」


 狂戦士が男の言葉に賛同する。技の応酬のような派手なぶつかり合いでなく、泥臭い肉と肉の死闘こそ、本来あるべき戦いの姿だと考える。

 一振りの剣を両手で握って構えると、相手と同じように腰を落とし込んだままにじり寄るように前進する。数歩前へと進んだ所でピタリと止まる。


 両者は一定の間合いを保ったまま数秒間にらみ合っていたが……。


『ヌゥゥゥゥォォォォオオオオオオオオオオオッッ!!』

「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーッ!!」


 二人がほぼ同じタイミングで叫ぶと、大地を強く蹴って正面へと駆け出す。近接戦の間合いに入ると、手にした武器で目の前の相手に斬りかかる。


 片方が相手を斬ると、斬られた方も反撃して相手を斬る。

 片方が相手の攻撃を避けると、避けた方はそのすきに乗じて反撃しようとするが、もう片方も相手の攻撃を避ける。

 その単純作業の応酬が延々と繰り返された――――。




 一日か、二日か、十日か……どれだけ長い年月が経過したかは分からない。外では一瞬の出来事だったとしても、この閉鎖された空間内では、気が遠くなるほど長い時間戦い続けた事だけは確かだ。その間二人は一度も休憩を取らなかった。


「ハァ……ハァ……ハァ……」

『……ヌゥゥゥ』


 かなりの日数が経過した頃、二人がほぼ同時にひざをつく。両者は心身ともに消耗しきっており、表情に疲労の色が浮かぶ。剣を握る腕がガクガク震えており、肩でゼェハァと激しく息をする。バルザックは全身びっしり汗まみれだが、汗をかかないブレイズもグッタリ背筋を曲げてうなだれる。

 本来アンデッドは肉体疲労しないはずだが、精神面で疲れた事が、肉体に影響を及ぼしたようだ。


(これまであの男の脇腹を、寸分すんぶんの狂いなく斬り続けた。あと一撃が入れば……)


 ブレイズが今後の戦術について思い描く。膠着こうちゃく状態におちいったように見えた戦いであったが、彼なりの計算があったのだ。


 ブレイズは再び立ち上がると、刀を両手で握ったまま正面へと駆け出す。

 バルザックも相手を迎え撃つべく立ち上がろうとしたが……。


「……ウウッ」


 思わずうめき声を漏らしながら片ひざをついてしまう。やはり生身の肉体である分、消耗の度合いは彼の方が上だったようだ。


(……好機ッ!)


 敵がバランスを崩した姿を見て、不死騎王はこの機を逃すまいと考える。渾身の一撃を叩き込むなら今を置いて他にないと、そう判断する。

 タタタッと大地を強く蹴って忍者のように駆け出すと、バルザックの真横を通り抜けざまに、彼の横っ腹を刀で斬る。そのまま駆け抜けていって、彼から数メートル離れた大地で足を止める。


「グッ!!」


 狂戦士が痛みを受けた言葉を発して顔をゆがませた。タンクトップが裂けてあらわになっていた彼の脇腹にピッと一本の赤い線が入り、そこからツゥーーッと一滴の血がしたり落ちる。これまでどんな攻撃を受けても傷が付かなかった無敵の肉体がダメージを負ったのだ。


 ブレイズは敵の同じ箇所だけを何回も、何日も斬り続けた。気が遠くなるほど地道な作業を続ける事で、いずれ守りを突破できるだろうと考えた。水滴で大岩を削るような根気のる作業が、実を結んだ形となる。


(やった! ついに血管に刀が届いたぞ!! 後は傷が付いた箇所に虚空閃こくうせんを叩き込みさえすれば……)


 想定通りに事が運んだ喜びに不死騎王が胸をおどらせた。間違いなく勝利を得られると、そう確信した瞬間……。




 不死騎王が手にしていた刀の刃の真ん中にビシッと横に亀裂が入る。そこを境目として刀がボッキリ折れて、切断箇所から上の刃が地面に落下してカランッカランと転がる。


 限界を迎えたのは男の肉体だけではない。それと衝突し続けた刀もまた、限界を迎えていたのだ。

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