第225話 その者、オーガにあらず
四つに分断された空間の二箇所で戦闘が始まった頃、不死騎王ブレイズは一人の男と対峙していた。その者とは背中に大剣を背負った、背丈二メートルほどもある筋骨隆々とした大男……狂戦士バルザックだ。
両者は数メートルほど離れて立ったまま睨み合う。どちらか一方が先に攻撃を仕掛けたりしない。双方共に二メートルほど背丈がある大男が向き合う光景は、それだけでかなり異様だ。
「聞いたぜ……アンタ、第七世界の現地人では最強なんだってな。嬉しいねぇ、そんな大物とやり合えるなんて冒険者冥利に尽きるってモンよ」
バルザックが先に口を開く。不死騎王の実力の高さを人伝てに聞いており、評判に名高い強者と剣を交えられる事を深く喜ぶ。極上の獲物を前にした蛇のように瞳をギラギラさせて、ペロリと舌なめずりした。
『最強かどうかは知らぬが……そう呼ばれた事は確かだ』
狂戦士とは対照的に、ブレイズが冷静な口調で答える。巷で彼をそう呼ぶ声がある事は認めつつも、それが本当かどうかは分からないと念を押す。
『こちらからも一つ聞いておきたい。貴公……鬼か?』
今度は不死騎王が質問を返す。狂戦士があまりに常人離れした体躯をしていた為、聞いて確かめずにいられない。
ブレイズも鎧の部分込みなら同じ二メートルだが、それでも男の体のデカさは見るからに異様だ。髪は虎の髭のように逆立っており、全身の筋肉はゴリラと力勝負で勝てそうなほど発達しており、背中に背負ったバスタードソードは重さ数十キロはありそうだ。
人間種族である事を疑われたとしても不思議は無い。あるいは聖書のゴリアテか、三国志の張飛が目の前にいたら、このような大男であっただろうか。
「生憎だが、俺はオーガでもトロールでも無ぇ……巨人族の血が混ざったりとかもしてねえ。正真正銘、体を鍛えて、肉を食べて、毎日殺し合いをしてただけの、ただの人間さ」
バルザックが不死騎王の問いに答える。彼が常人離れしたガタイの良いマッチョになったのは血統によるものではなく、過酷な環境がそうさせたというのだ。
『そうか……もし気を悪くさせたのなら謝罪する』
ブレイズが無礼な質問をしたかもしれないと詫びの言葉を述べる。
相手を体の大きさで亜人種と決め付けた事が、失礼に当たるのではないかと、そう考えた。
「それよりアンタこそ意外だったぜ……もっと喋らねえタイプの人間だと思ってた」
バルザックが、不死騎王の口数の多さに関心を抱く。見た目の寡黙なイメージに反して積極的に話すタイプであった事に驚きを隠せない。
『何故そう思った?』
ブレイズがそのように感じた理由を聞く。
「ウチのパーティにザムザっていう東洋人の人斬りがいてな……そいつ必要な事以外は一言も喋らねえ。基本、戦闘中以外は黙ったきりだ。おかげで何考えてんだかサッパリわからねえ……ま、そこがアイツの面白ぇとこでもあんだけどな」
狂戦士が、自身の仲間の一人について語る。その者が余計なお喋りを一切しないがゆえに、得体の知れない人物であった事を明かす。
「アンタはそいつと似た感じに見えたから、案外よく喋るんだなって驚いちまったのさ」
不死騎王を第一印象で彼と同じタイプだと思った事、そうではないと知って感心した事実を伝える。
『人里から離れて千年、世捨て人のように生きてきたが……人と話すのはやぶさかではない』
ブレイズが自身の見解を述べる。見る者に寡黙な印象を与える彼であったが、他人との関わりを断っていた訳ではない意思を明確にする。
「そうかい……それじゃそろそろお喋りはオシマイにして、バトルをおっぱじめようや」
バルザックが会話の打ち切りを提案して、戦いの始まりを宣言する。一刻も早く殺し合いを始めたくてウズウズしたようだ。
背中の鞘から一振りの大剣を引き抜くと、両手で握って構える。男の全身から殺気が溢れだし、周囲の砂がブワッと舞い上がる。
ブレイズも左腰に挿してあった鞘から刀を抜いて構える。慎重に相手の出方を窺い、すぐに斬りかかったりしない。
両者は剣を構えたまま数秒間睨み合ったが、やがて狂戦士が口を開く。
「楽しいケンカの始まりだぜ……ミスター・ニンジャナイト!!」




